技術コンサルタントの世界 2005年
技術コンサルタントの世界 2005.12.27.
昨夜アメリカでの、へとへとクリスマス休暇を終えて帰国しました、何しろ4歳の男の子なんてのは無限のエネルギーを秘めたむちゃくちゃロボットみたいなもので、後半妻共々風邪は引くし、お陰で「14-5冊持っていった積読してきた本」を全部読み、置いてくる事が出来ました。
同世代の石原慎太郎著「息子達と私」−子供あっての親達ー幻冬社や、養老孟司著「無思想の発見」ちくま新書、が面白かったです、今年見つけた内田樹さんの「街場のアメリカ論」NTT出版、「知に働けば蔵が建つ」文芸春秋、「健全なる肉体に狂気は宿る」角川ONEテーマ21、「14歳の子を持つ親達へ」新潮新書、は私の3倍くらいの速度で本を読む嫁さんの省子ちゃんに推薦しておきました。
有名なKnott`s
BERRY FARM
というテーマ・パーク(後楽園遊園地をうんと大きくした所)で一日遊んできました、今の子供たちはこういう(人間の脳が生み出した)人工的な所でしか遊べないんですね、私とすれば「自然を代表して、なるべく孫どもに世界の非論理的・不条理ぶりを理解してもらうべく、工夫を凝らす」行動に終始しました。
息子の家はゴルフ好きには有名らしいPelican
Hillの隣の岡にあり、海辺まで7000歩位です、普通は海岸べり観光地やゴルフ場が有名ですが、最近は住宅地が山側に広がってきました、散歩して気がつくのは、高級車が多いこと、太った人を見かけないこと、Knott`s
BERRY FARM に来ている3人に2人の太った人たちと同じアメリカ人とは思
えません。
海岸べりの洗練されたレストラン・ブランドを生み出すアメリカと、過疎の町中のスモール・ビジネスを食いつぶして巨大化してきたウオルマート式の生活様式が、車で30-40分の所に共存しているアメリカという不思議な国ですねえ。
アメリカに関する評価は、評価する人の生まれ育った時代・境遇・飯の食い方によってまったく違うが、私のように満州で生まれて難民的な引き上げ経験者から見れば、有楽町駅からよく見えた歌舞伎座(伯母の家が裏側で薬局をやっていた)と銀座の露店、大学の先生方が洋書を買いこんでは青焼きコピーを量産してよその先生方と融通しあっていた風景、麻布にたくさんあった自動車部品屋の風景、よくも今日の豊かな生活が得られたものだと不思議なくらいである。
日本人にこういう生活を供給してくれたのがアメリカと言う国で、そのためにアメリカ人がむしろ貧乏人が増えた、と言うようなこと(社会主義みたいなゼローサム社会じゃないのだから、アメリカが日本から搾取する因果関係は有るとは思えないのだが、副島隆彦さんあたりの頭脳がそのことを強調するのだから不思議でしょうがない、だってどう考えても日本のほうが豊だもの)なら、私は恩返しを考えないでもない。
帰国した途端に「30日の持ちつき準備」開始です、例年ceaの諸君がたくさん顔を出してくれます、今年初めて参加してみようか等考えている不慣れな人は、最初は気後れするかもしれませんが、あまり遠慮する必要はありません、日本的伝統に従って36-7年休み無く30日には、我が家では餅つきなのです。
伝統行事のよさは、説明不要なこと、あまり考え考え行動する必要の無いこと、世代交代が自然なこと、矛盾しているが変化と言うのは一気にあるので、じわじわ平均的には世の中変化しているわけじゃないこと、子供がみるみる大人になっていることを気がつくなどなど、定点観測的にも面白いものです。
技術コンサルタントの世界 2005.12.18.
18日からロスアンジェルス近郊のニューポートで息子一家とクリスマス休暇を過ごすために、今週は毎日朝から晩まで疾風怒濤の一週間でした。
今週の会合での話題は、どうしても建築データ偽造事件に集中しました、専門分野の技術者としてのことばかりでなく、我々技術コンサルタント業にも身近な話題です、そういった意味では総研・所長の軌跡は研究に値します。
私はどんな商売でも同じとは思いますが今度の事件から、新人諸君に「独立・自営を始めて仕事をものにするのは、人に信頼・信用されることしかない、経歴や知識は控えめにして、むしろ他の人と違う自分の個性と背景のネットワーク(CEAも最近利用価値のあるブランドになってきた)を売り物にする」と言う戦略を話しました。
私はどちらかと言えば、提案したり売り込んだりして仕事をしてきたものですから、あまり依頼などされたことが無いので弱いのですが、今週は仕事を依頼されました、そろそろ引退したいジジイに何で仕事を頼むんでしょうね、半分は嬉しいのですが半分はぶつぶつ言っています、今週は卒論の仲間8人と銀座で忘年会がありましたが、皆が楽しい隠居生活を話してくれるのが少々羨ましい。
会員内の掲示板で触れましたが、企業内技術士というのか、技術士資格を持っている会社員は(シビル関係会社は判らないので別にして)独立・自営の技術士のユーザー・クライアントになることで、ようやく存在価値があるのではないか?
私は、会社員が技術士を名刺に表示しているのを見ると、この人会社の内外の人に「私あわよくば会社を辞めて独立・自営に踏み切りたい」とアピールしているように思われて、立場悪くなるんじゃないかと心配している、現に技術士を合格したがゆえにサラリーマンとしての身を誤った人たくさん居るんだ。
サラリーマンの技術士受験者や合格者諸君は、今回の建築詐欺事件での人間模様が判ってきましたが、資格者と言うのを姉歯建築士の立場をイメージしたことでしょうが、私は独立・自営の技術コンサルタントを目指す技術士は内河総研所長の立場を勉強すべきと思います。
技術コンサルタントの世界 2005.12.13.
師走真っ只中である、妻にはいい加減にしなさいよ、と馬鹿にされつつも忘年会に出かけています、ふと気がつくと何処でも最年長組みになっていて、乾杯の音頭を頼まれます、月日のたつのが益々早くなってきました。
とぎれとぎれに今年を振り返っています、トピックスは矢張り「独立・自営のススメ」を出版したことです、お陰で沢山の知り合い・出会いが増えました、若い独立・編集人小暮周吾君のお陰です。
暮れになってわが町唯一の、小さな本屋さんが火事で改装中なので、定点観測できなくなり、散歩のついでに隣町の大型本屋を覗くようになりました、今年になって日本悲観論的な本が姿を消して、楽観論オンパレードになっています。
私も顧客先の状況から、去年の今頃から上向きになり、今年は絶好調であることは判っていました、勿論これは民間の製造業の一部ですから、タックス・イーターの多い技術士仲間の不景気な話や、地方のまだら模様の不景気な話は気の毒だとは思っていました。
最近の株の値上がりぶりを見ても、国の借金はインフレで解消しようと言う国民のコンセンサスが出来てきたのでしょう、私は元々満州引揚者の筋金入り超楽観主義者ですから、巷間年金問題で若者が年寄りが増えてサポートできなくなる等と危機感を煽る言論がありますが、若者の年金を年寄りが払っていると言う話は良く聞きますし、今の年寄りは皆敗戦後ゼロからスタートしていますから、資産の目減りなんか屁の河童だと言うのが私の意見です。
姉歯構造建築士問題は、どうしても忘年会の主たるテーマになりますね、合理的なビルの建て方の理論的な主柱である総研のトップの人がエンジニア出身でないことが、どうしても気になります、コンサルタントとしてのカリスマぶりは大したものだとは思いますが、基本的な技術者倫理を身につけていないのは、当然と言えば当然ですね、いよいよ我々の主張するまともな技術者が勉強して経営者になることの重要性が世の中に理解されてくることでしょう。
昨夜の忘年会で、星野結子さん(環境)が始めた無農薬野菜の畑の産物を、組合のメンバー有志が買おうじゃないかと言う話が盛り上がりました、故郷に帰ったシニアの友人がたまに送ってくれるが、星野さんは若くていま農業に燃えているので、大いに期待したい。
技術コンサルタントの世界 2005.12.08.
*許しがたい異常者による幼児殺しのニュースが続きます、異常者の再犯は常識なんでしょうから、対策はありそうに思うんですが、事件にならなければ、如何ともしがたいと言うのは納得できませんね。
日垣隆さんがメルマガで指摘しているが本来の本質的な解決は「犯罪者を野放しにしない」ことであって通学路での行動まで徹底的に子供を縛るのは本末転倒だ、しかし応急的には集団登下校や付き添いしかないでしょう。
私は昔のPTA会長だから、家にいるときや散歩の時には、かならず学校周辺をウオッチングしている、近隣に異常者情報も今のところ無い。
*姉葉建築士の事件では、総研というコンサルタントの所長に興味があります、この人の全貌が明らかになったら、総研というビジネスモデルをceaの新規開業研究会の研究テーマとして、誰かに解説してもらいます。
*技術士仲間の集まりでは、数ではシビル関係者が多いので、なべて景気の悪い話が多いが、一般の製造業は完全に景気が回復して人手不足になってきている、だから一部では団塊の世代は定年なし状態になりつつある、私はこういう場合技術士資格を持っているような技術者は、単なる雇用の延長として受けないで、コンサルタントとして契約したら良いと思う。
*今日は午後ひまがあり、愛車を駆って箱根湯元にある露天風呂天山という日帰りの温泉に妻と行ってきました、PRが行き届いているせいか、普通のウィークデイなのに若い男女が沢山来ていてビックリです、新築なのに旧く見せる建物で(擬古的というのかな)縄文時代みたいなサウナや、熊・鹿・猿でも入ってきそうな露天風呂でした。
*呆然とぬるい温泉に浸かりながら、来年のことを考えていました、私には「全面的リタイヤ」から「今年のようなフル回転」の間に、沢山の選択の余地がある。
何よりの条件は健康だろう、もう一つはここ2-3年心がけてきたように脇役に回ることだな、誰か旗振りが出てこない仕事はやらないというのは間違っていなかった。
あと何年かは、遠くて知らない所への旅行を年に1-2回やってみたい、私はシティー・ボーイだから田舎は興味ないんだけどね。
技術コンサルタントの世界 2005.12.02.
*最近私は「天下の大問題(世界や日本)や、世間の動き(マスコミ)に関して、仲間内でいいから喧々諤々議論してみたい」と思うようになりました、敗戦後60年を経て、明らかに世の中が変わってきたな、と実感するからです、なんか違和感があるのです。
例えば、姉歯建築士による耐震強度偽装問題
で国民を敵に回したくないマスコミは、マンションを買った人に関して被害者と位置ずけているが、私には少々疑問がある、一生に何回も無い高価な買い物をするのに、飛びぬけて安い新築の物件を何の疑いも無く買うものだろうか?
格言にある「安物買いの銭失い」の典型的な話じゃないのか、関係者から金が戻りそうも無いと考えて、政府に何とかしろと言う精神はいただけない、私は買った人は気の毒だとは思うが、世の中不条理・不公平なんだ、自分が失敗した、間違ったとは考えないのだろうか?
建築士の評価は地に落ちた、建築士は1級、2級併せて100万人居るそうだが、さぞかし色々な団体があることだろう、私は技術士と言う資格者のマイナーな団体関係者として察するに、建築士の社会的な信用回復は容易なことではないと思う、しかし100万人も居るのだから、自分達が出来る世にゴマンと居る潜在的被害者の救済を含めた信用回復策を本気で考えるべきだ。
*NPO技術経営責任者協議会では、第一回の資格認定のための講習会(12月1日、2日)をやっています、最初ですからほとんどの受講者は関係者達ですが、3人の先生に6時間みっちり講義を受け、へとへとになり帰宅しました、実際問題私のようなロートルには、この「技術経営責任者」という資格は「猫に小判」の類でしょうが、この資格の提唱者の1人として、10年ー20年後に沢山の技術者出身の経営者が活躍できるように、精一杯努力したいと思います。
{特別認定制度]
技術者、研究者としての経験を有するが、経営経験がない受験者については、認定開始後3年間に限り、弊協議会の特別講習会を受講することにより、本資格認定者として認定します。このため別紙のように資格認定の講習会を開催します。
*師走です、先月から始まっていますが例年行事の忘年会なんかに、メンバーの顔がそろうのは本当に嬉しいものです、私は68歳ですが、同年輩の酒の強かった連中も大分弱くなってきていてふにゃふにゃしています。
今月は、アメリカで孫とクリスマスを過ごして、30日には恒例の餅つきもしなくちゃいけません、子供らの嫁さん一家との付きあいも増えました、仕事も年内に一つ仕込があります、それにしても一年経つのが早い。
技術コンサルタントの世界 2005.11.27.
このところ、私の知らない世界の面白い話を聴く機会が続いて、気分が高揚しています、世の中明らかに変わってきましたね、とは言うものの年齢的に私は主役は演じることは出来ないでしょうが、脇役としては結構いけそうな気になってきました、それというのも、今週25日の日本技術経営責任者協議会(JETO)http://www.cea.or.jp/での講演者・TSUNAMIネットワークパートナーズ 代表取締役社長 呉雅俊さんのお話、ワタミhttp://www.watami.co.jp/と言う会社のIPOに関するお話とその後自分でTSUNAMIネットワーク http://www.tsunami2000.co.jp/ と言う会社を始められたいきさつを聞いたからです。
ジャーナリスティックには、ベンチャーやIPOというと、どうしても主役の企業家オーナーや技術者の話になりますが、呉さんのお話は主役を取り巻くチームに関することでした。
26日のニューシビルの会合で、どうしても姉葉構造建築士の話題になってしまいましたが、ゼネコン出身のN
君から衝撃的な発言がありました「昭和57年以前のマンションは、
今 回の危険なマンションと似たような内容である可能性がある、特に大型の(高層の)奴は疑わしい」そうです、現実の起こった地震災害から建築基準法が改正されていくわけで、やむをえないことではあるが、世の中不条理・不公平だなあ。
私のようなドライブ好きには、紅葉を追いかけるのが楽しみです、普通の日の田舎の高速道路は空いていて本当に素晴らしい、唯一の趣味の運動である水泳は、なにしろ空いているのでさくら区のパブリック・プールを愛用しています、新都心にあるアスレチックのプールは混んでいるのであまり行きません、巷間言われている所の税金の無駄使いと言われている施設を愛用しているくせに、政府・役所の悪口を言っているわけです、我ながらいやみなジジイだね。
最近色んな会合・パーティーに若い人を連れてくる仲間が増えてきた、いい傾向だ、どんどん誘ってきてください。
会社を辞めたてなので、名刺が無いなんていう人は、これからの選択が後半生を決めるわけだ、「お楽しみだねえ、羨ましい」と本気で若さが羨ましい。
「独立・自営のススメ」や本ホームページを読んでいます、という人も増えてきた、技術士協同組合での私のボランティア活動は私の趣味でもあるので、参加する諸君も、あまりくそ真面目な建て前は置いといて、気楽に付き合っていただきたいものだ。
技術コンサルタントの世界 2005.11.22.
*「過疎化-都市化」ー田舎に戻った友人達から新鮮な農産物が送られてきたり、近所の知り合いが河川敷に借りた畑で採れた野菜を届けてくれる、本当に嬉しい、私自身は何故かシティー・ボウイの成れの果てなので、農作業は苦手である。
政治は遅れているなあと思うのは、この間の選挙で、ようやく田舎は都会に比べて、遅れていて貧しいという田中角栄的イデオロギーと、ようやく決別できそうになったからである、私の実感では10年遅れている、NHKで最近毎週やっている、「しょうふく亭釣瓶(つるべ)の家族に乾杯」と言う番組があるが、日本の田舎の豊かさを象徴するいい番組である。
私は新都心に隣接するさいたま市に住んでいる、10年前から車の運転が出来なくなったら築地に住んで、毎日銀座を散歩することにしていたが、迷いが出てきている、近くに都市機能が充実してくると、客観的に考えても悪い所じゃない。
特に最近ショックだったのは、アマゾンで初めて古本を買ったことである、最近新しい本もうかうかしているとすぐ見かけなくなるが、このネットの古本アサリは素晴らしいツールである、田舎で困る要素の一つは解消された。
*「先輩に学ぼう」−それにしてもこの一級建築士の態度はひどいもんだねえ、http://www.asahi.com/national/update/1118/TKY200511180220.html わが組合にも構造計算の団体設立に貢献した宮原宏君(建設部門)のような立派な先輩がいるけど、こういう後輩が出てくるとなるとさぞかし腹立たしいことでしょう、ただ私は先輩にも少しは責任あるんじゃないかと思います、このあたりのことは、我々も他人事ではないので来年あたりから、より緊密な先輩ー後輩の付き合いの機会を作りたいと思っています。
我々の周辺には、初心者の諸君に私の長年の眼力によって、太鼓判の押せる御存知3つのNPOのリーダー大塚政尚君(http://www.cea.or.jp/)、原田敬美君(http://www.cea.or.jp/efsca/)、野尻昭夫君(http://www.cea.or.jp/snpo/)以外にも工業技術振興協会jttasの青葉尭君(http://www.jttas.or.jp/)、技術士会のロボット研究会の世話人の黒沢豊樹さん、技術士会で電気電子部門から情報部門を分離独立させ、システム・ブレインと言うソフトウェアの会社の創立者でもある橋本義平さん等多士済々である。
最近、急速に仲良しになった畔上統雄さんもその1人で、ゴミ処理・循環社会というような公共事業の業界では、知らない人は居ないくらいの業界有名人である、その畔上さんが私の献本した「独立・自営のススメ」に共鳴して、協同組合の諸君と共に仕事をしようと提案してくれた、独立・自営業者の協同組合は畔上さんの年来の構想であったらしい。
*「PEからCEへ」−来年06年から、私は30年来の持論であった「企業内技術士、年金技術士は独立・自営技術士の潜在的な敵である」と言う持論を180度転回して、「潜在的な仲間である」という方向に転回をします、具体的な方策・提案は徐々に顕在化していくのでウォッチしてください。
技術コンサルタントの世界 2005.11.17
11,12日はJETOのハンドリング・委員会の名目で伊香保グランドホテルに大塚、田吹、高堂、根本、野本君達と一泊、久しぶりにカラオケで歌いました、世代が違うと歌が違うことと、皆それぞれかなり元手がかかっている印象でした。
次の日のドライブでは、草津に行く途中の吾妻渓谷の紅葉は天候にも恵まれ絶景でした、草津では大塚君所有のリゾートマンションのPH-1.4の風呂に3分間入れてもらいました、皮膚が溶けるらしくつるつるになっています。
13日(日)の夜後楽園のシビック・センターでの副島隆彦さんの時局講演会に、ceaの宇都宮、島田、藤原、近藤、菅野君達を引き連れて出かけました。
堺屋太一さんの命名だったと思うけど、現代は工業社会から知価社会へ移行中という切り口があって、ホリエモンのようにその頭脳力を金儲けにフルに発揮している人もいれば、副島さんのようにそのずば抜けた頭脳の力を「歴史上(といっても今日ただ今を含んでいるのだが)の真実を暴くこと」に傾注していて、400人のほぼ20-40歳代の若い男の子達の前で、鎌倉時代の日蓮のように、幕末の松下村塾での吉田松陰のように吼えまくっていました。
16日(水)は、銀座の交恂社で畔上統雄さんに大塚政尚君を紹介、お互いのこれまでの自己紹介だけで3時間ぐらい熱烈トークがありへとへとになりましたが、今後のceaの活動にこの二人が協力してくれると、強力な追い風が吹くことになりそうです。
休むまもなく、本田尚士事務所での三水会に出席、根本、近藤、河面、高堂、大塚、平野、吉田、岡の諸君にそれぞれ来年から始めたいceaの新しい試みをお願いしました、帰路新橋駅近くでは「一杯飲まざるべからず」だねえ。
技術コンサルタントの世界 2005.11.11.
「なんたって信頼されるかどうかがキーなんだ」
今日ある会合で独立希望の若い人から、彼のプレゼンテーションの説明を受けていました、私のコメントは「私は別に君の潜在的顧客(ポテンシャル・カスタマー)じゃないけど、第一印象・自己紹介・(受け売りじゃない)コンテンツ・提案のプラス面とマイナス面・ユーモアと雑学・等についてまったく考えていないとしか思えない。
先日の日韓技術士会議の第5分科会で余先生が、第一印象を訂正するのに40分かかると(根拠がわからないが)その重要性をレクチャーしてくれました。
技術士資格を持っているような人が、勉強家で専門知識があることぐらいは会う人は誰でも判っているはずで、あとは仕事と言うことになれば信頼してもらえるかどうかに尽きるわけです。
私は自分でも制御できない「思っていることをすぐ言ってしまう」性癖があり、若いときから喧嘩っ早い損な性分と自覚していますが、これが案外独立・自営に適しているようです、結果的に長いこと付き合ってくれる顧客に恵まれました。
技術コンサルタントだから専門分野のところだけで人と付き合うなどと考えるような幼稚な人は居ないと思うけど、サラリーマンを長くやりすぎた人には、そんな風な印象を受ける人がいるねえ。
技術コンサルタントの世界 2005.11.06.
30日(日)には近所に住む後輩の田原君が来宅、大手の化学会社を定年後優雅なシニア・ライフを満喫している、畑を借りて野菜を作り、シニアの同好会の雑誌の編集長をやり、年に何回か外国旅行をしている。
会社員の頃は優秀な技術者だったと思うのだが、私の前ではあまりその話題には触れたがらない、組合の会合に来ている定年技術士の諸君が自分の専門にこだわった定年後のシニア・ライフを目指しているのと好対照である、不思議だなあ。
4日は一日中顧問先の機械メーカーのアジア各国から来ている代理店の社長達との会合があり、市場が国境を越えて大きく広がっていることを実感しています。
5日(土)午前中はceaの定例会・兼独立支援研究会、最近技術士会報でのPRが行き届いてきたせいか、新人が6-7人様子を見に来ています、本気で独立・自営に踏み込むのは多分この中の1人くらいでしょう、私よりは若そうだけど定年親父ばっかりだ。
午後からは3-4年前から若くして独立した内田君を中心に島田君、松井君、私が協力して本の企画を練る第一回目の会合、今週は若くして始めた前坂君から元気なメールをもらったし、私は今週はご機嫌である。
技術コンサルタントの世界 2005.11.01.
「独立・自営のススメ」が11月号の技術士会報の会員の著作紹介に出ました、5月に申し込んでいたのですが混んでいたのでしょう、この記事が出たら出版記念のパーティーをやろうと約束をしているので、スケジュールを考えます。
あらためてこのホームページのカウンターを見ていると、平均して200人/日の人が見ていますね、技術士会員が一万人で資格者五万人いるという時代に、100人のceaメンバーはネグりジブル・スモールグループであり、もともと独立・自営を志向するということと、組合のように徒党を組むということは論理的には矛盾しています。
独立・自営を長年やってきて、それなりに業績を残してきた仲間が一番気にしているのが「自分が若いときとと同じようなことを考えている次世代の育成」であることはあまり知られていませんが、私は何年か前に気がつきました。
それを具体化したのが、大塚政尚君のJETO・技術経営責任者協議会であり、原田敬美君のけいみ会・地域と行政を支える技術フォーラムです、それぞれ株式上場を果たした経営者、東京の港区・区長の経験を生かしたコンサルタントとして、ceaのメンバーが中核となって運営するNPOを発展させてくれるでしょう。
私は益々独立・自営に興味を持つ人にしか興味がもてなくなってきています、サラリーマンと独立・自営に関して論争・説得をする気もありません。
上記二つのNPO以外にも、地道な勉強会がなかなか面白くなってきました、独立・自営の才能はサラリーマンの能力とは可なり違う所があるとはいえ、誰にでも備わっているもので、先輩や仲間を観察する所から学ぶことが多いはずです。
くどいようですが、このホームページは「独立・自営に興味ある技術者」のために運営されています、その気のある人はネット・会員になって下さい。
技術コンサルタントの世界 2005.10.26.
「日韓技術士会議」
24日(月)韓国の全州市riviera hotel
で第35回の日韓技術士会議があり、日本側からは100名を越す出席者があり、盛大な会議でした。
前日には両国の青年技術士懇談会メンバーによるサッカーの試合があり、ceaでは平野、高堂、青葉の諸君が出場しました、写真や報告が会員内の何処かに報告されるでしょう、御愛嬌です。
私と稲垣君(応用理学)が長年の実行委員としてのボランティアを表彰されました、会場の写真や表彰額は後ほど会員内のページにアップされるでしょう。
さて私にとって今回の大会の最大の収穫は、私がここ数年来日本側の座長を務める第5分科会で、これも長年韓国側の座長・余浩栄(Yeo
Ho Young)さんの発表した「One’s first impression is everything !!」というレクチャーでした。
かいつまんで言うと、(人間同士の)コミュニケーションの最も重要なファクターは「First
impression」である、ということで、これを変更するには40時間かかると主張しています。
そして、factors determining first impression としては、
・eyes, sight,voice,facial expression,correct posture・conversation(acceptance,sympathy,my
thought),
3Y(yes)1N(no)・appearance,vision,passion,positive thinking,spirit・health,maturity
があると分析している。
続いてこのfirst impression(第一印象)をupgradeする方法とか、good impressionのtrainingだとか、意表をつく創造的な方法をレクチャーしてくれた、
詳しい内容は後ほどceaの会員のページにアップしてもらいます、
情報の技術士がここまで突っ込んで人間のコミュニケーションを研究しているのは素晴らしい着眼だと思いませんか?
橋本義平さん(情報工学)や田吹君が余さんと今後何か一緒に仕事をしようと考えているようなので、日本に来た時にはceaで何か喋ってもらいましょう、
とにかくこの余さんはクリエイティーブな人ですから、今後が楽しみだなあ。来年は沖縄です。
技術コンサルタントの世界 2005.10.22.
22日(土)には、久しぶりに技術士会のロボット研究会に出席してみた、現在黒澤豊樹さんが世話役をやっている、ご多分に漏れずメンバーが老齢化してきたので、若い人に出てきてもらうために苦心している、今回11-2人で新しい人も来ていた。
この分野については詳しくないが、なかなか独立・自営は難しいということです。
私の下の弟は11歳違うが、昨年独立して3軒のドイツのポンプ・メーカーのマーケッティング・コンサルタントをやっている、貿易商社にならずに、コンサルタントに留まっているのは、私のビジネス・モデルに感化されている。
ヨーロッパの会社と付き合っている人を何人か知っているが、皆さん長い付き合いだし、あまり転々として職を変える人がいない、アメリカ相手と全然違うような気がする。
自動車に象徴されるような機械ものの競争は、ドイツと日本に絞られてきたんじゃないだろうか、底力が違うんだろう。
21日には、群馬IPO研究会で、東京のJETOの会合でお話いただいたレコフの藤原部長に再度M&Aの講義を聞いたが、中身が違う話をされて大変面白かった、この業界は急成長を遂げているし奥が深い。
19日の三水会では、技術士会での若い変わり者達の話で盛り上がった、1970年に資格登録以来35年になるが、一言で言うと全員変わり者というか個性的な仲間達であると言っていいだろう、経験的に「なるべく一緒に仕事をしないほうがいい」とか、「仲間内の(相互)評価は世間の評価より辛辣かつ意地悪である」とか色々あるが、私は個性的な技術士仲間が好きである。
23,24と日韓技術士会議です、日本から100名行くんだそうです、すごいでしょう、私は長年お付き合いしたお陰で表彰されるらしい。
技術コンサルタントの世界 2005.10.16.
大学を卒業して45年にもなるのに、気がつけば早稲田のOBとの付き合いが多い、有名な話では宮沢喜一元首相が「名刺交換をするときに、君は東大法学部の何年卒業?、とそれ以外の人は人間扱いしない」と言う逸話があるくらいで、一般の人でも学歴にこだわる人が多い。
私は本音の所でも、まったく学歴無用と信じているので、付き合ってしばらくして何かの機会に、へーあんた稲門だったの、と言うようなことがしばしばある、これまであまり同窓会や稲門会のような活動には興味が無く、人並みにつかずはなれずのお付き合いをしてきました。
15日には、稲門OBの団塊世代の岡、久保利、田吹、根本の技術士諸君が、大隈会館に学校関係者をお招きして正式に技術士・稲門会を発足させました、出席者は4-50人だったと思います、ハイライトは芳野重正先輩(98歳)の乾杯の音頭で、ここでは私はあまり「年寄り顔」は出来ず、おおむね中二階組です。
「独立・自営のススメ」を芳野先輩に差し上げようとした所、「若い人にあげなさい、タイトルでススメなどとぬるいこと言わないで、タタカイと変更しろ」と提案されてしまいました、パーティでは料理をパクパク食べるわ、ビールをがぶがぶ飲んでいるんです、いやー参りました、まだ顧問料払っている会社があると言う噂です。
懐かしい顔では、深野宏之君(生産管理)が来てました、私とは青年技術士懇談会や組合の仲間です、その頃技術士会の理事選挙に出て当時の年寄り会員と大喧嘩をしたあげく、会活動から遠ざかっていましたが、何時の間にか工学博士を取得して名古屋の大学教授になっていました、「俺は商売には向かない」と早めに己のことを(客観視して)見切れるかどうか、深野君に教えてもらっている生徒は運がいい。
来年はどういう年になるか、と言うような本が出始めました、大方楽観的な観測が多いような気がします、私の関係している会社筋によると、去年くらいからその兆候があり増収増益です、旅行で垣間見る程度のことですが、おしなべて言えばヨーロッパやアメリカより日本はいい線いっているんじゃないかと思います。
最近の村上ファンドの話や楽天、ライブドアの話で良くわかってきたことは、金融の世界での彼等の役割の違いやリスクを考えると利回りが年に2−30%稼げるプロジェクトというのは世界中そんなにあるものでなく、日本はバブル破裂後15年経って
次のステージに移行する変動期と見られており、稼いでくれそうな所にお金が回って来そうな状況なんでしょう。
我々が関係しているグループ、技術経営責任者協議会JETOのIPO(上場)研究会や、地域と行政を支える技術フォーラムのPFI研究会は技術者の立場からではあるが、金融の世界にも踏み込んだ活動を始める必要がある。
単なるエキスパートの域を超えた経験者である大塚政尚、原田敬美の両君のNPOに加えて、健康復活間近の畔上統雄さんをサポートするグループを編成したいと思っています、皆さんの協力をお願いします。
技術コンサルタントの世界 2005.10.11.
秋の長雨と言いますが、実質的な衣替えの季節に入り、今年は久しぶりで東北の紅葉狩りもいいなあと思案している所です。
さて先週お邪魔した畔上統雄さんからのメールを下記に紹介します、畔上さんについては技術士会の古くからの会員は、その活躍ぶりを知っていますが、新しい人たちはその業界の人でないと知らないかもしれませんね。
おいおいcea会員のページに畔上さんの自己紹介をアップする予定なので予備知識を得てください、その畔上さんがあやまって階段から転落し、脳挫傷になりながら最近復活して、歩けるようになりリハビリ生活をしています。
私が技術士協同組合や技術経営責任者協議会、地域と行政を支える技術フォーラムの現状をお話したところ、畔上さんが年来考えてきた独立した技術者・資格者の連合体にほぼ合致するので、協力してもらえそうです。
まだ体力回復途中の様子なので、鎌倉の畔上さんとの連絡窓口として、近所の島田君と若くて環境問題に取り組んでいる根本君の二人にお願いします。
以下、メールの貼り付けー
森田裕之様
本日貴メール拝受しました。過日の諸兄のご来訪についき貴方から先にお礼のご挨拶を頂きましたが、私の方こそ”久しぶりの技術士各位とサロンミーテイング”の機会を頂いて感謝し、何の御構いも出来ませんで失礼の段お詫びしなくてはなりません。実は先日お出での各位にサインしてお渡しする筈で準備していた「自己紹介文」を手元に残して有ります。数日中に森田さんにメールにクリップして送信しますので先日の自己紹介のほそくとしましょう。森田さん宜しくお取り計らい下さい。
ところで、先日の印象ですが、既に皆様にご紹介したとおり”異業種コンサルタント集団の誕生に乾杯!”
したい気持です。微力ながらも私のお役に立てる幾つかの課題について次の機会にご紹介しましょう。
1.仮称「J−コンサルタント業実践者組合」をテイクオフするマネージメントコンサルタント契約提案。
2.MIWDACS、URECS、UMECS、ELFECS、SORECS、SMECS、などのプロジェクトビジネスティームに関するテクノロジートランスファー&マネージメントコンサルタント契約提案。
3.国際コンサルタント組合シンクタンク構想のフィージビリティースタディープロジェクトの提案雑駁ながら私の自己紹介はひとつすませたとして、次の機会があれば上の3点で話題提供しましょう。
そして、次の機会に私としては現政権トップクラス人物に「第三のコンサルタント業組合」を提案出来るかその可能性条件を各位との協議を通じて模索したいと思いますが如何?。
皆様に宜しく、ではお元気で、
畔上 統雄
技術コンサルタントの世界 2005.10.06.
「エキスパートとコンサルタント」
技術士資格を取る様な人なら誰だって「建て前上はエキスパート(PE)とコンサルタント(CE)の違いを知識としては知っていることになっている」はずである。
昨日(5日)有志6人で鎌倉の「畔上統雄」さんの仕事部屋に訪問してお話を聞きました、帰路途中で昼飯を食べながら感想を述べ合ったのですが、橋本義平さん曰く「沢山のエキスパートを使って仕事をした畔上さんこそ技術コンサルタントである」と言うことだった、我々はなかなか「その職業を血肉化したような人にめぐり合う機会が無い」から、感動しました。
そのうち畔上さんの健康が回復したら協同組合CEAのみならず、技術士に関心ある諸君にも、その謦咳に触れるような機会を作りたい、グループ世話役の皆さんお願いします。
「他力本願ーその3」
図書館の本ですが、五木寛之の対談集「生きる言葉」幻冬舎、に法華経の立場から石原慎太郎、禅宗の立場から玄侑宗及とそれぞれ対談しています。
私が自分の経験からいってそうじゃないかなあと理解したことは、「自力でやっているうちはある段階までしかいけない。それが自力ではもう限界だという段階まで達した時に、突然、他力の風が吹いてくる」と言うフレーズと、「言葉でたどりつける範囲の世界とそれを超えた世界があると思うんです。言葉で理解できる範囲をことをおそらく自力と言うのではないか。そこを超えると言葉が及ばない世界が訪れる。それを禅でも浄土門でも他力と呼んでいいのではないかという気がしています。」
このあたりのことは、あまり宗教心のない私にも実感として判ります、宗教と言うのもなかなかおもしろそうですが、今のところあまり深く突っ込むつもりはありません。
学生の頃、大学教授が死ぬ1週間前に突然キリスト教の洗礼を受け、教会でのお葬式の受付を手伝ったことがあり長年の疑問でした。
最近その教授のお弟子さんの名誉教授にお目にかかる機会があり、お聞きした所矢張り謎は謎のままでしたが、後日談として、代々のお墓があるお寺から埋葬を拒否されて、ひそかに遺族だけで再度お寺での葬式をしたんだそうです。
技術コンサルタントの世界 2005.09.30.
「他力本願ーその2」
お彼岸にお寺で聞いた他力の話に心引かれて、早速図書館で「他力」100のヒント、五木寛之著、講談社。を借りてきました。
この13章「いま<他力の風>の気配を感じて」を書き写してみます。
引用開始ー
「<他力本願>とは、安易な<他人依存>とは根本的にちがいます。国家や、憲法や、政府や、病院や、学校や、企業や、世間の良識や、マスコミや、銀行や、その他のすべてに頼ることを捨てるところから発する、真の自力の確信こそ、<他力本願>の姿です。
そして、その自立の勇気をもたらしてくれる見えない力が、<他力>であり、大きな宇宙の生命力である<本願>だと、私はいつからか感じるようになりました。
神であれ、仏であれ、また、キリスト教であれ、ヒンドウ教であれ、イスラム教であれ、道教や儒教であれ、各地先住民達の固有の宗教であれ、自然崇拝であれ、あらゆる目に見えないものへの交感は、すべてこの<他力>へのひそかな共鳴が潜んでいます。
それを「宗教」というか、「精神文化」と呼ぶか、人によって受け止め方は異なっても、なにかそのようなものを背後に自覚していない社会は、透明で希薄です。
<市場原理>や<自己責任>といった露骨な言葉の背後にも、<見えざる神の御手>と<個人と神の契約>の影がさしている。それなくしては個人のアイデンティティーさえも見出すことは難しい。
私達日本人は、よく無宗教の国民だと言われたりしますが、それは大きな間違いです。社会的慣習としての宗教行事が目立たなくなってきただけで、心の深いところには強い宗教的感覚が豊に眠っている。それに私達自身気がついていないだけのことでしょう。私達日本人は、どの民族にもまして濃密な自然と宇宙との共感を抱いて生きてきました。それが見えなくなったのは、ほんの5-60年の最近のことに過ぎません。
いま、大乱世ともいうべき時代を前にして、あらためてそのことを考えてみる風潮がきざしています。それこそ、まさに<他力の風>が吹き始めた、という気がするのです。」
引用終わりー
どうです?、実際に独立に踏み切った経験のある諸君は、思い当たる気がするでしょう、この「頼ること捨てる」から「自力の確信」と言う経過を経験した人だけが、私の言う独立・自営業者なんだよね。
これかの日本は(世界は)大乱世で「他力の風」が吹いてきたと五木さんは説いています、この人は50年位前から時代の風を捉える風見鶏として有名な文学者ですね、どんな時代でもベストセラーが書ける人というのは、ある種の天才なんでしょう、私は五木さんについては若い頃読んだ時期がありますが、最近はこういう啓蒙書を書いているんですね、とんと御無沙汰していました。
昨晩はDBJ関係者の皆さんによるカーブアウト研究会の立ち上げに、CEA関係者8-9人と一緒に参加、その後の飲み会で、若いエリートサラリーマン諸君と話す機会がありました、たまたま一冊持っていた「独立・自営のススメ」をその内の1人の若者にあげたら、若い会社員諸君の潜在的独立願望に関する議論になりました、そういった意味では五木寛之さんの言う所の「他力の風の気配」を感じた夜でした。
技術コンサルタントの世界 2005.09.25
「他力本願」
気象の起伏がここ2-3年はげしくなってきて、特に夏の東京は昼ま出歩いていると耐え難い気分に陥ることがある、今年はお彼岸の連休のお陰で大分元気回復して、買い置いた本を読んでいます。
「靖国問題の精神分析」岸田秀X三浦雅士、新書館、岸田さんの国家を人間と見立てて精神分析するという方法は、非常に魅力的な方法で、すべからく自閉的共同体の病理として分析されます。
名著「官僚病の起源」では、役所や会社という閉鎖的共同体が自分の共同体以外に対する権力を持つ、そして国民の生活を左右する。ところが役人達は、その第一の目的を、彼等自身の利益と福祉と幸福のために置く、ということになる病気に罹る、という精神分析が書かれていた。
靖国問題については、国家といえど自閉的共同社会と考えれば、中国、韓国はどう考えるか、アメリカはどうだろうと精神分析されている、日本国内は相反する二つの意見に分裂しており人間で言う所の分裂病の症状を呈している。
昨年から、妻の家の墓守も引き受けたお陰で、23日には浄土真宗のお寺の法話を聞きに出かけました、2回目ですがなかなか面白い、今回は京都女子大の教授でもある徳永道雄さんという僧侶の方のお話でした、煎じ詰めて言うと「親鸞さんの主張する仏教は、修業(苦業のようなことも含めて)すればレベルが上がるとか、いいことがあるとか言うことは無い、お布施を沢山すればいいことがあると言うことでもない、お釈迦様や阿弥陀仏におすがりすれば見返りがあるわけでもない、あなたが何でも自分でやっていると思っていることは、阿弥陀様があなたを世の中に生かして動かしてくれているんだ、これを他力本願と言うのです」と解説してくれたように思う。
私は仏教はまったくの初心者であるが、私がおぼろげながら考えていた他力と正反対の親鸞さんの他力本願の考え方は、大いに気に入った、60歳でのバイパス手術以降の私の気分はそれ以前の私とはちがう何者かに動かされてきたうえに、肉体的にもやたらと以前より元気になっている、不思議だと思っていた。
そういえば、私はこれまであまり読んだことは無かったが、親鸞と言う人は余程魅力的な人だったらしく、沢山の作家が彼を取り上げていますね、それにしても妻の家の墓守という俗っぽい所から親鸞の話を聞いたと言うのは、縁が出来たと言うことかもしれないので、ぼちぼち読んでみますかね。
技術コンサルタントの世界 2005.09.19.
「隠居願望」
振り返ってみると、1971年に技術士会にはいって以来、若くして独立したせいか当時の高田事務局長を含めた先輩方には随分可愛がってもらった、76年の協同組合設立の時は私が多分一番若かったと記憶している。
現在たいていの会合で最年長グループに位置して、パーティーでは、しめの乾杯・音頭の役割になってきました。
最近、契約更新の書類を送ってもらい2-3日考え込んでいました、これまでに無いことです、有り難いことだと思う反面、「お前さん本当に役に立っているのか、隠居してもいい歳だぜ」と言う声が聞こえるような気もします。
「隠居学、おもしろくてたまらないヒマつぶし」加藤秀俊著、講談社、を読みました、昔文化人類学の先生だったと思うが、この先生の本を沢山読んだ記憶があります、しばらく御無沙汰していたと思ったら、ご隠居さんとしてすごくおもしろい本を書いてくれました。
興味のおもむくままに仕事をしてきたと言う意味では、私だって加藤先生に負けてはいないと思うが、本物の「知識人」が隠居するとこうなるんだと言うことが良くわかり、私もしばらくのモラトリアム期間を経て自分流の隠居になってやろう、有り難いことに組合には、初代の組合長の和田忠太先生ほか先輩方がまだお元気なので、御隠居さんのモデルには事欠かない。
ついでに図書館で「ボケかた上手」東海林さだお、赤瀬川原平・対談、新潮社、を借りて読む、この人たちは漫画家・作家という自由業者だから、私のような自営業者に近いしほぼ同年輩なので、共感・共鳴することが多い、うんざりするようなテーマも朗らかに笑い飛ばすユーモアのセンスが年寄りには必要なんだね。
技術コンサルタントの世界 2005.09.14.
「ウォーターフロントの危険性」
ニューオーりンズの災害は、台風のエネルギーがここ数年来、これまでの観測史上の数倍に達することを明らかにした。
地震による津波の災害も、そのメカニズムが明らかになるにつれて、巷間考えられてきた「海辺に住む」という快適なイメージが急速に変化してきた。
現在東京湾沿岸ににょきにょき立ち並ぶ高層ビルは、一連の最近の地球的な変化を織り込んでいるのであろうか?
初代の組合理事長・和田忠太先生と電話で1.5時間も議論したのだが、償却とかコストという枠組みの中で成り立っている近代の技術には耐用年数とか繰返し応力の限界が設計上必ず織り込まれており、最近では800人乗りの飛行機開発には否定的な論調が出てきているそうです。
関東地方の古地図を見ると、古くからの人間の住んでいた所は、「府中、国分寺、一ノ宮」と言うような地名でわかるように、丘陵から平地に到る中間の河のほとりである、というのが和田先生のミニ・遷都論です。
私は、最近我々の「独立・自営のススメ」関連の会合に大量に出現してきたシビル・エンジニア諸君(建設・土木、上下水道、衛生工学、環境、−−−)に提案したい、理由は定年であれ、会社の事業縮小であれ、諸君が会社でやっていたような仕事は諸君には無いと考えたほうがいい、しからばどうするか、私は先輩から「独立した技術士の主たる仕事は、技術士を取得するために修業した会社のユーザーにある」と言う鉄則があると教えてもらった、この意味が判らない奴は何時までたっても食っていけない。
ゼネコンのお客さんは建造物のオーナーだと言うのは判りやすいが、税金を使ったとたんに「役所がお客さんだ」と普通の技術士は考えていると思うが、私なら納税者・市民を客にした仕事を開発してみたい。
技術コンサルタントの世界 2005.09.09.
「私に悪口言われたぐらいでひるんでどうするんだ」
たいていの会合で最年長の立場に立つことになってしまいました、それにつれて「理性による抑制」が減ってきていることは否めません、昔なら自己嫌悪に陥っていたような状況をとぼけて切り抜けることもたびたびです。
先週は若手の高堂君、根本君に「初対面の人にもう少し優しくしてください、怖くて来なくなってしまうじゃないですか」と言われたし、昨日の富士通研究所の見学会の後の麒麟麦酒での飲み会では、最近よく顔を見かける機械部門の吉田君も「森田さんは定年技術士とシビル技術士が嫌いなんでしょ?」と質問されました。
私は個々の技術士仲間のことを言っているわけではなく、マスとしての定年技術士やシビル技術士に恐怖を感じているのです、日本のGDPでせいぜい8%程度の官公需に依存しているシビル関係者が技術士会を占拠しているのは誰でも知っていますし、中でも定年後の暇つぶしに技術士の看板を利用している年寄りが多いのも、世の中の人たちは、担当の役所を含めて、良く知っています。
本気で定年後の諸君がコンサルタント業をやりたいと言うのなら、私に一寸ぐらい罵倒されたぐらいでひるんでどうするんだ、と言いたい。
「先輩(私)は意地悪である」
毎月一回第一土曜日の午前中は、新規・開業支援研究会と称して、独立・自営の先輩が新人のために経験談を語ってくれる、組合始まって以来の定例イベントで、ここ何年かに独立・自営を果たしている10−20名の諸君も独立の前後に必ずこの会に出てきているはずだ、最近は毎回新人が数名現れて、会の終了直前に自己紹介をすることになっている。
本日(9月例会)で気がついたことを書いてコメントする、
1.最近急に新人が増えているのは、ほとんどシビル関係者である、余程の工夫が無い限り、厳しい淘汰・脱落がこれから始まるとしか思えない。
2.独立・自営業と言ってもグループ活動の重要性、下働き・仲間の役に立つ、好かれる・お呼びがかからない、等の会社員時代と違った神経の使い方が判らない人は、消えていく。
3.先輩(私)が見たわが業界のエリートは、20-30歳代で会社から飛び出した人だ、次は少なくとも定年の何年か前に自分の意思で会社を出て始めた人、わが業界での困ったチャンは、定年を向かえ、再就職・転職を優先しているが、お呼びが無いので技術士事務所という看板を出した人である。(最近ではとっくに辞めた会社の肩書きのまま、名刺を配っていた人が居たそうだが、論外だ、やめて何年もたっているのにわが社は、なんていう奴も、似たようなもんだけどね。)
4.我々としては、関連グループ活動は会員内の勉強会をはじめ、組会員が主として運営している別法人が4つもある(ホームページの左側の欄を参照クリックしてみてください)
本気で独立するなら、どれかに参加して、下働きからはじめたら良い。
5.業界も斜陽だし、年齢的にも今更独立・自営はしんどい、お金もまあまあ大丈夫なので、技術者仲間と楽しい付き合いがしたいという向きに、近藤信竹君が4つある別法人の一つ、JTTASで工場見学会・飲み会を始めました、今でも私が昔作ったプラスチック・グループのコンペックスの会は講演・見学・飲み会として、業界のシニア・エンジニア(技術士ばかりでありません)がつどう、大勢のグループ活動をしている。
技術コンサルタントの世界 2005.09.01.
8月26日、JETO(技術経営責任者協議会)の小委員会が西新橋の事務所である、推進メンバー(ハンドリグ委員会・ステアリング委員会とも言うね)というのが「自然に決まってくる」と言うのが面白い、大塚君(理事長)は自分が体現・経験しているものだから、技術経営責任者という資格を世に問いたいと言うテーマと、IPO・株式上場と言うテーマを結びつけることを、このNPOで実現しようと自信満々・張り切っている。
私はCEA(技術士協同組合)の独立・技術士がこのNPOにかかわることによって、専門の技術者というマーケットから少し広い経営者というマーケットに着目・進出してもらいたいと念願して、力を入れている。
スイスで大嵐にあって早く帰ってきたら、日本も台風が来ていました、私は最近まで晴れ男で有名だったんだけどね。
27日はけいみ会(地方と行政・技術フォーラム)、技術問題調査会、ニュウ・シビル研究会、と一日中会議、終わって前日に続いて飲み会でした。
掲示板にも書いたが、CEAの仲間内だけの会合から、発展的に毛色の変わった人たちが参加できるような会合に発展・進歩していくことが望ましい。
アメリカでは、新しい色んな資格が生まれているが、その推進者は独立・自営のPE(proffesional
engineer)であることが多いと聞いている。
28日には懸案の(5年前になくなった)故・高橋利衛早大教授(私の仲人)を偲ぶ会を2006年8月にやろうと言う準備会をリーガ・ロイヤルで70-80歳台の先生方を含めて14名集合、ありきたりの追悼文集ではなく、戦後の早稲田の機械科の歴史が展望できるような記念誌を作ろうじゃないか、と面白くなってきた。
お酒に強いわけでもないのに、3日連続で飲んで喋り捲り、いささかへとへとになり、29日は新都心のプール、30日は桜区のパブリック・プールで泳ぎ・歩く。
30日は技術士・稲門会の諸君と一緒に技術士会の畠山常務理事の紹介で早稲田の副学長・水間さんという偉い方と面談した。
31日は日韓・技術士会議のステアリング委員会、私は親の遺言で中国・韓国とはお付き合いしないことになっているが、この会合だけは、技術士会の地方から出てくる諸君と仲良しになれる楽しみで出ている、それも来年の沖縄大会までやって引退の予定ですが、新潟の中山さん、出雲の藤井さん、北海道の市村さん等地方の人との交流は続けたいなあ、またまた酒を飲んでしまいました。
技術コンサルタントの世界 2005.08.26 森田裕之 Yuji Morita
17日からローマーミラノースイスと遊んできました、いつもなんか仕事がらみのせわしない旅行しかしたことが無かったのですが、今回は妻の同級生でミラノ在住のアニメ作家、湯崎さんの御招待でスイス・山岳ドライブを楽しみました。
湯崎芙沙子さま、
昨夜(25日)無事成田に帰国いたしました。
早速グーグルで湯崎さんを調べてみましたが、日本語での紹介はhttp://www.geocities.co.jp/SilkRoad/1326/itajou/itajou-/yumei.htmlか、又はhttp://onefineday.seesaa.net/article/3291406.html ここに湯崎さんのフアンの日記が有りました。
NHKの衛星放送での「海外で活躍する日本人シリーズ」の放映以来、日本でも知る人ぞ知るフアンが居るんですね。
依頼された弟子入り希望者とのコンタクトも、その内始めます、私も差し上げた本にも書きましたが、後進の育成を本格的にやるつもりです、我々はもうそういう歳回りに入っているんです。
今回の旅行計画は総て妻がパソコンと首っ引きで作ったもので、ローマでの3日間も中央駅の近所の小ぶりで粋な4つ星ホテルに陣取って(これが90ユーロと安いんですね)毎日18000−20000歩も歩き回りました。
ミラノからスイスがあんなに近いとは知りませんでした、有機野菜のレストランのおかみさんが、アルプスの少女ハイジがそっくり50歳くらいのオバサンになったような人だったのには笑いました。
生まれて初めて氷河に作られたトンネルを歩いたのも、2700メートルにある人工湖の島のホテル(元・修道院)の宿泊も素敵な経験でした。
後半には台風の襲来があり、貴女の風邪引き・かげんが悪くなったこともあり、折角の絶景もそこそこに帰路に就き、車が私の日本での車と同じ車種だったので、運転させてもらいました、イタリア人も結構ぶっ飛ばしますねえ。
アニメのスタジオでは若い助手4人に囲まれて張り切って好きな仕事をしているせいか、普通の68歳の女性とは思えぬほど若く見えます、そうは言っても今回はからずも調子の悪くなった貴女と2−3日付き合いましたが、体力・免疫力は歳相応に衰えていると思います。
折角の馬主(障害レースに出る)でもあるのですから、仕事を減らしてでも、馬に乗ったり、散歩・水泳をすることを提案します。
来年2月の日本、8月のヨーロッパで又一緒に遊びましょう。
技術コンサルタントの世界 2005.08.15.
「暑中お見舞い申し上げます」
電車で東京に出かけると、こちらが老いぼれてきたせいか、昨年くらいから世の中暑くなってきたこともあり身体にこたえます。
散歩する気にもならず、せいぜいプールに出かけています、家のリフォームも完成近く大工さんがお盆にも来てくれるので、遠出も出来ません。
昔から60年で世の中変わると言われてきましたが、要は覚えている人がいなくなると言うことなんですね、それでも敗戦を語り継ぐと言った使命感を持った人たちが、私が子供の頃よりは沢山居るし情報も溢れています、私の子供の頃の年寄りは昔のことをそんなに語らなかったように記憶しています。
私がサラリーマンの頃、独立志望の仲間を6−8人引き連れて、独立・自営している先輩10人の自宅を訪問するプロジェクトをやりました、技術士会での会合では判らない諸先輩を大分理解できたような気がしたものです。
今考えてみれば、あの頃私より一回り上の諸先輩達が日本の敗戦後の技術コンサルタント業の開拓者達だったんだと懐かしい、事務所なんか構えるよりは銀座・交恂社クラブで人に会いなさいと紹介してくれた先輩、狭い業界だからマルチ・クライアント方式が出来ないからアブセンス・フィーと言うコンセプトを考えたんだと教えてくれた先輩、顧客先の商社と機械販売の成功報酬契約をしたら、その会社の社長よりも収入が増えてしまって少々困っていた先輩、どうしてもハードの設計・試作から抜け出せず帳面上はお金持ちのはずだがいつもお金に困っていた先輩、明らかにM資金と言われる詐欺に引っかかった先輩、サインペンの発明でお金持ちになり何時でも後輩には1000円しか払わせなかった先輩、新宿2丁目の花園神社近くのビルに陣取って何十人もの弟子を独立させ、表面処理の業界では神様扱いされていた橋本肇先輩、TBSラジオで無着成恭さんと子供電話相談室の回答者を長年やっていて、TBSの地下にあったトップスでよく御馳走になった和田忠太先輩など思い出します。
私の家はめぐり合わせで、私の家系は浄土宗、妻の所は浄土真宗の両方の墓守になっている、作法は若干違うが歴史を聞くと、京都・大阪に本社のあるフランチャイズ・ビジネスみたいで、面白い。
最近はバブル崩壊の後遺症から製造業がいち早く復活してきたと言うこともあり、「日本人はもの作りの民」説でcea掲示板も盛り上がっているが、あまり話を一般化して浅薄な日本人論を述べる奴が出てきて白けている。
今心ある世界の人が心配しているのはGM・フォードの崩壊である、アメリカのほかの分野は絶好調だから、日本系、韓国系、ドイツ系、フランス系いずれの会社になろうが、アメリカに工場がある限り案外アメリカ人はへっちゃらかもしれない。
「マーケッティング」
JETOの一周年記念講演会で大塚君が会社を作ったときに徹底的なマーケッティングが必要で有り金全部つぎ込んだ、と話していた。
技術コンサルタントだって同じことで、最近若い高堂君、根本君とだべっていた時に私の経験を話しました、かいつまんで言うと;私の会社経験は2年の川鉄のメンテナンス部門、10年のプラスティック機械メーカーでした。
これまでの顧客は、成形メーカー(プラスティック機械のユーザー)、成形工場の成形機以外の機械メーカー、プラスティック・メーカー(各種原材料)です、判りやすいでしょう?、
簡単に言えば、メーカーの出身はユーザーと周辺技術分野がマーケットです、仕事を覚えた出身分野には私程度の後輩がひしめいていてお呼びじゃないのです。
ポテンシャル・カスタマー(仮想顧客)が判らずに試行錯誤している若い諸君の話を聞いていると、余計なことを言いたくなるが、ここに書いておけばいちいち差し出口を利くこともあるまい、専門分野にこだわるのは当然だが、その周辺・境界に技術コンサルタントの仕事があるんです。
17日ー26日ミラノに出かけます、妻の友人の招待です。
技術コンサルタントの世界 2005.08.10.
「もの作りの民」
日本人がどうやら「もの作りの民」らしいのは、自由時間を得た友人達の趣味を見聞して実感している。
最近古田君から木工機械を買い揃えて、3メーター以上もあるアルプ・ホルンを作り、スイスにまで出かけて曲がふけるようになったという以下のようなメールをもらいました、会員内に貼り付けてあります。
「各自手作りしたアルプホルンを抱えた30名余りもの日本人一団が、スイス音楽の研修に一週間も滞在するのは地元では奇異、つまりニュースで、新聞やテレビが取材に来ました。私へのインタビューがテレビニュースーーーー」
そりゃ奇妙な人たちですよね、道具としての楽器を(如何なる伝統も無い日本国内で)作ってから、羊飼いの通信道具としての道具から楽器に発展したスイスに、なんと30人も押しかけてきたと言うんですから、先方の驚きは察して余りあります。
木工機械と言えば、松本俊次君も箱根の別宅に一式買い揃えて、日曜日には色々作っています。
もともと機械エンジニアには絵が描ける人が多くて上手です、陶芸やっている人も多いね、日本の大きな展覧会例えば日展などは、外国に比べて異常に工芸部門が大きな印象があります。
足利にある栗田美術館を丸一日見学すると伊万里焼に堪能できますが、200年前当時の世界的商社東インド会社によってdesigned
by China,manufacutured by Japanの製品(チャイナと呼ばれて
はいたらしいけどね)がヨーロッパ文明社会を席巻した歴史も理解できます、矢張り日本人はここでも「もの作りの民」として抜きんでいたそうです。
エチオピア人は長距離駆け足の民らしいし、アングロ・サクソンは喧嘩好きの民と言っていいだろうし、清潔症(クリノフォービアー私の造語)でもある日本人は今しばらくは「もの作りの民」として世界をリードするに違いない。
技術コンサルタントの世界 2005.08.04.
「たいていのことは歴史・先輩に聞いたほうが良い」
最近、久保君の投稿で教えてもらったフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』での技術士に関する記事は、各方面からの世間の見方が並んでいて、興味深かったが、おおむね「想定の範囲内」と言える。
私の家は現在リフォーム工事中で、私と同じ歳の大工さんに依頼したが、この人が総てに采配を揮い、自分が壊し、建て増しを息子とやってくれたが、合間には電気屋、水道屋、キッチンユニット工事屋、内装(昔で言う左官屋)が突然現れて仕事をこなしていく、見事なものだ。
この人たちは総て会社の形式をとっているが「自営業者」である、家族と友人などによるファミリー・カンパニーと言う「自由な民主主義社会で基盤を構成している人たちである」、会社が上場される前段階では、何十人、何百人の会社になっても、おむね創業者が「自営業者」であった頃の伝統が残っている。
旧くて大きな会社で半生を過ごしてきた技術士資格を持つ諸君が独立・自営を試みて、一番苦労するのは最大のマーケットである「自営業者的マインドの日本の中小企業者の心がつかめない」ことだろう、この件について青葉尭君が繰り返し述べています。
理屈(論理的)は簡単なことで、自分自身が1人の独立・自営業者として中小企業の仲間入りをしたと言う自覚を持つことだ、
そして、沢山の先輩方が自分と同じような境遇である時期頑張ったはずである、5年ー10年と業者として生き残っている先輩に話を聞くことだ。
新しいと思うマーケットに関しても、先輩を調べればたいていの分野の経験者が存在している、本当に面白いと思ったら「自分がやるしかない」、最近の掲示板で海外での仕事、教育の仕事に就いての匿名の意見が出ていたが、本気で独立するなら、こんな思いつきに惑わされること無く、自分で自分自身のマーケッティングをするしかない、それに百科事典的な世間の見方などは、知っていても悪くは無いが、何の意味も無い。
自由な民主主義社会では、どんな商売でも「ピンからキリ」がある、私は自分の資質から言っても好みから言っても、技術コンサルタントという商売が性にあっている、ほかの商売(と比較する人が多いが、意味あるのかね)を羨ましく思ったことが無い。
技術コンサルタントの世界 2005.07.29.
「イベント・会合・年回り」
昨日(7月28日)の技術経営責任者協議会(JETO)の1周年記念パーティーは盛会でした、ざっと見て130−150人くらい来ていたんじゃないか、霞ヶ関ビル33階という見晴らしのいい第一級の会議場も良かった。
大塚君の主張する技術経営責任者という個人の資格と、IPO(株式上場)という会社の社会的な資格を結び付けるコンセプトが斬新で、各方面の関心を呼んだと言うことだろう。
ceaの大勢の諸君が世話役としてボランタリーに参加・運営してくれたことは感謝するが、相変わらず人見知りの諸君が知り合いの顔見知りとばかり話をしているのはいただけない風景である、私でさえ6−7枚名刺交換をして初対面の人と話をしました。
パーティが始まったら、受付でうろうろしていないで、話し相手が居なくてぽつんとしている人を見つけて会話をするというのも主催者側のサービスなんだよ。
私の仲人だった故・高橋利衛教授の7回忌が来年の(2006年)8月に来るので、「偲ぶ会」をやることになりました、多分何百人か何千人居る教え子の中で、こういうイベントを企画・実行することになるというのは、考えてみれば不思議なことで、「年回り・めぐり合わせ」と思わざるを得ません、高橋先生は早稲田の機械科の名物・教授で50,60年代大きな影響力を持っていました、研究室60年卒の生き残り8−9人が下働きをすることになっています。
日韓技術士会議に田吹、平野、高堂の諸君が参加することになり、27日に顔見世会議と飲み会になりました、この会議のよさは地方から出てくるメンバーとの付き合いです、良い人が居ます。
技術士会の専務理事の畠山君は、稲門出身の会計畑・商社OBで、だんだん技術士会の年寄り連中の扱いに慣れてきた様子です。
私は畠山君には「技術士の会社員はPEで、定年で会社を辞めたらCEだ」と言う間違った定義だけは信じてはいけないと、再三再四口説いています。
「独立・自営のススメ」早月堂書房、の反響は好意的です、問題は実際に影響を与えたい若い世代に読んでもらうにはどうしたらいいかです、JETOの会合にも来ていた小門先生(キャリア・デザイン、法政大)あたり副読本にでも使ってもらえないかなあ。
本屋にはほとんど置いてありません、西新橋のJTTAS,技術士養成講座の橋本良昭君に2−30冊預けてあります、必要な人は利用してください。
技術コンサルタントの世界 2005.07.24.
「未来予測」
今日はLAから来ている孫娘をつれて(日曜日)品川駅の地下駐車場に車を置いて、駅前のフリー・マーケットに行ってきました。あまり収穫(私は帽子かネクタイ)は無かったのですが、なかなか面白いものが置いてあります。
帰宅後散歩していたら、浦和祭りとかで御神輿が出て大いににぎわっていました、雨が降ってきたので本屋さんで雨宿りしたので久しぶりに沢山の本の表紙を見ることが出来ました。
新刊を何冊か買いこんで散歩を中止して家に帰りました、最近の本は明らかにリベラル系の「このままでは日本は大変だ」式の系統と、コンサヴァティーヴ系の「日本は間違っていない大丈夫だ」の系統に分かれてきている、私はブログでもリベラルのhttp://night-news.moe-nifty.com/とコンサヴァティーヴのhttp://spaces.msn.com/members/mikerosstky/を愛読している。私は学生時代から周りが9割がたリベラルな連中の中で暮らしてきた保守反動の男であるから、最近の保守の優勢振りは悪い気はしないが、歴史上保守がヘゲモニーを握るとろくなことにならないので、あまり浮かれては居ません。
若い頃はラジカルな左翼だったという、私の大好きな副島隆彦さんの最新刊税務署と闘う本が出ていたので買ってきました、大増税があるぞと言う副題もついています。この先生税務調査を受けただけでこれだけの本が書けるのだから、凄い頭脳をしていますね。
一般にリベラル系というか左翼系の人は、日本の悪い所を指摘して、読者をして「日本式を反省しろ、グローバリズムを引き受けろ、しっかりしろ」と叱咤激励してくれます、一方保守派の人は、「日本は悪くない、悪いのは外国だ、日本の伝統・和の精神を世界に広めよう」と言っています。
こういう色分けは、物事を理解する上では不可欠なような気もするが、私はあまり重要なことじゃないと思います。
閑話休題、私は最近気がついたのですが、結局世の中で一番強いのは「飯が食えてるself-employer自営業者」じゃないかと思います、技術士会には色々な立場の人が居ますね、日本社会の縮図みたいなもんです、サラリーマン、失業者、年金生活者、会社の社長等が居ます、それぞれの「お立場」は時間と共に変わりますが、私のような自営業者は35年間まったくかわっていません、「お立場」の替わる人たちは大変ですね、あるとき賛成していたことを、反対することを余儀なくされるのですからねえ、5年間には技術士をCEからPEにすることに賛成票を投じた人が、最近実は私は反対だったと広言しています、私にはどういうことか理解できません。
さて私は昔から未来予測が好きで、この類の本は沢山買って、沢山捨てています、私は予測が当たらないことにはまったく腹を立てません、世の中は何億人もの人たちの思惑で動いているので、誰かさんの力や意思、陰謀などで動いているとは思いません、まあ占いの本と似たようなものです。
先日、帰宅途中の電車の隣の席の30歳の若者と会話が始まり、「脳に毀損があり、ある季節におかしくなり入院したりするので、正業に就けず福祉の仕事をしようと勉強中だ」と言ったので、「勉強又は修業して占い師になったら」とアドバイスをした、「私の友人の故・宇野史友吉君のお母さんは夫を失ってから、有名な占い師になり、政財界の大物が門前に列を成したことを覚えている、確か脳に毀損がある方だった。(電車では隣に高堂彰二君が乗っていたけど、ビックリしただろうね)
技術コンサルタントの世界 2005.07.19.
「教育は成果」
バブルの後始末=デフレの時代もいよいよ終わったのかなと思わせるような本が本屋の店頭に並んでいます。
「質の経済」が始まった。日下 公人
著 PHPソフトウェア・グループ 版
2005年05月 発行 ページ 227P サイズ 四六判
1,470円(1,400円+税)
敗者の論理勝者の法則。増田 俊男 著 プレジデント社 版
2005年07月 発行 ページ 221P サイズ B6
1,470円(1,400円+税)
期せずして両著とも、日本では「人事は日本的じゃなきゃ駄目よ」と言う最近判ったことと、これから「役所を当てにしないで、役人をとことん減らそう」という、両著者年来の主張を繰り返している本です。私はこのお二人の考え方は世界中どこだって(先進国なら)正しい主張だと思います。
話は変わりますが、役人が教育に過剰に干渉して困ったもんだと思います、とっくに日本は発展途上国状況は卒業しているのですから、役所も役人も要りません。文部科学省以外の役所も業界を教育的指導をすることが仕事だと思い込んでいるようですが、余計なお世話です。
御存知の吉田松陰は生きている時は、ハチャメチャな評価の定まらなかった人のようでしたが、教え子によって「偉大な教育者」に祭り上げられています。同様にいい学校と言うのは「いい先輩が沢山社会に活躍している」学校のことをいいますね。
「教育システムの問題じゃない」と言うことがいいたいのです、技術士の制度をコンサルタント・エンジニアからプロフェショナル・エンジニアの制度に変更して何かいいことありましたか?、アメリカのPE制度の真似をして技術士を擬似・PEにしてしまった役人とその案に迎合した技術士会・執行部の諸君は、今何を考えているんだろうね、旨くいったと考えているんだろうか?
時代はここ2年くらいの間にデフレからインフレに変わるらしい、我々個人もBS・PLのうちバランス・シートを改善する最後のチャンスとも考えられる、バブルに手を出して痛手をこうむっている諸君は無理だろうが、これからひと働きしなくてはならない若い人は経済・金融の勉強をしてください。
技術コンサルタントの世界 2005.07.11.
「休暇ーその3」
ラスベガスからセドナhttp://www.experiencesedona.com/にドライブしました、アリゾナでもグランド・キャニオンの南にある赤い岩山の美しいリゾートです。
3−4年前に、私がグランド・キャニオンから、息子一家がLAからドライブしてきて待ち合わせたのですが、私が近道を見つけたつもりで道に迷って、舗装の無い山道を白いレンタカーで走って、着いた時は赤い車になっていたと言う、土埃りまで赤い所です。
ホテルはヒルトンhttp://www.point-travel.com/sedona/hilton-sedona-resort-spa.htmに泊まりました。
今回、改造ジープによるオフロード駆け巡り観光ツアーを経験しました、もうじき4歳になる男の孫が、運転手の説明に一から十まで反応して漫才状態になり、とても面白い経験をしました。
子供が赤ちゃんから子供に変わる頃に「人の指図を受けない」という主体性?が芽生えてくるのか、しまいには「俺に命令するな」と言ったときは、大人達は大笑いになりました、すると又「笑うな」と怒り出すのです。
妻が「おじいちゃんとそっくり」と言ったので考え込んでしまったのですが、私もこの4歳児と同様に「人に指図されるのが嫌いなんです」、この性格のお陰で独立・自営をせざるを得なかった、と言うのが本当の所です。
しばらく前に、あるハイレベルの研究者から「森田さんの行き方は、我々にalternative(方向性の選択の余地と言う意味でしょう)を示唆してくれる」とお褒めの言葉?を貰い、「そういうもんかなあ」と思った時期もありましたが、今ではあまり会社員というかサラリーマンの言うことを信じなくなりました、会社を辞めてしばらくしたら付き合ってやるよ、と言った気分です。
偶然ですが、たまたま持っていった本の中に「橋本治という行き方」朝日新聞社・があり、そこの192−193ページに、日本人について、ー「人の指図を受けない」と言う主体性が発揮されるのは、いたって狭い趣味的な範囲だけで、そこを外れると、平気で他人任せで、「難しい問題ですね」の判断保留で、結局の所は、成り行き任せの他人任せになってしまう。
だから、他人任せの末に何か問題が発生してしまったら、「一体その問題はどこから発生したのか?」のフィードバックが出来なくなる。出来なくなっても「毅然として」と言う言葉だけあると、そこで、成り行き任せの他人任せは安心して可能になる。
大体、「毅然として」と言うのは、危機に追い込まれた絶体絶命状態の中でこそ必要になる言葉で、だから「毅然として」は、「毅然として打開策を探す」にもなる。
「毅然として」のままだったら、「絶体絶命に身を任せる」になりかねないが、どうも、今の日本人は、知らず知らずにそういう使い方をしているような気がする。
今の日本では、「どう考えたら良いのか」と言うその後の方向性を問わない知識や情報ばかりが氾濫しているような気がする。「どう考えたら良いのか」を問われない受け手は、「主体性を放棄した」と言われても仕方が無い存在だと思う。
嫌がられるのを承知で「どうでもいいことを言って、終わってしまえばそのまま忘れられる、それを職業とするのはとても悲しい」ーと橋本治は書いている、これは痛烈な文章ですね。
「休暇ーその4」
5日間はLAの息子一家の家でぶらぶらしていました、newport
coast(別名ペリカン・ヒル)と言う所で、今全米土地の値上がり4位というバブルな所です。
土地と言えば、三井不動産の西海岸での活動は撤退して日本に帰ってしまったよ、と知り合いの弁護士が言っていました。
製造業はしぶとく頑張っていますが、それ以外はパッとしないみたいです、私の息子は昨年の暮れに日本の会社からドイツの会社に転職しました、日本の会社は馬鹿ですねえ。
技術コンサルタントの世界 2005.07.09.
「休暇・その1」
6月28日出発で、ラスベガスにてLAの息子一家と合流し、大噴水ショウで有名なベラッジオに泊まりました。
私は賭博にはまったく興味はないのですが、何故かラスベガスが好きで、数十年前に顧客先のオーナーに連れられてトレジャー・アイランドというホテルに泊まり、そのホテル前の道端の大きな池に浮かぶ海賊船によるショーに度肝を抜かれ、以来バクチ抜きでザ・ミラージュ、シーザース・パレス、フラミンゴ、アラジン、MGM,ルクソール等に泊まって町中歩き回るのが趣味で、昨年はマンダレー・ベイと言うホテルに泊まってうろうろしました。
ラスベガスは、昨年来名手さんが近くのゴルフ場にある住居を手に入れて一年の半分くらいを過ごしているということで、真面目なコンベンションの街という一面を紹介されていますが、私は日本の大自動車工場見学と同じように、4−5000室あるホテルが10数箇所ある、毎日10万人以上の観光客がごった返している、この巨大な街を歩いていると元気になります。
私の場合、静かな、のんびりした温泉に浸かっても元気回復しますが、巨大な太鼓腹のおっさんや大きな胸・お尻のおばはん達を見ているのも大好きです。
来年あたりに全面完成しそうなウィルと言う新しいホテルも見てきました、毎年新しい趣向の物が見物できなければ、私のようなリピーターは来ませんから、経営者達の客寄せアイデア競争は激烈のようです、大手は4つ位に合併・連合してきたらしく、むき出しの資本主義競争がまた野次馬にはこたえられません。
「休暇・その2」
アメリカのホテルは例外なくプールがあり、私は水泳道具(パンツ・帽子・ゴーグル)持参で旅行するので、散歩か水泳は欠かしません、どこにも健康オタクは居るもので、朝早くでも夜遅くでもクラブハウスには老若男女・人が絶えません。
図書館で借りて持っていった本「こころから言葉へ」吉本隆明・北山修(戦争を知らない子供達と言う歌の作者)の対談・弘文堂、の対談で吉本隆明が1993年だから丁度今の私くらいの年のときに、ー吉本「もうひとつ実感ということで言うと、年をとってくると、老人達は意識的にからだを動かすこと、つまり体操をしたり、散歩をしなければ、だんだんからだがきかなくなります。
自分が動いていると言う心のイメージと、実際の体の動きとが食い違ってきて、ギャップが大きくなります。そうすると、老人は誰でも同じような心理状態になると思うんですが、「これはいかん」ということで、意識的に毎朝、十分とか三十分とか早足で散歩したり駆け足したりして、自分の体の状態を実感する、と言うことがありますね。そうしないと、自分の身体を動かしていると言うイメージと本当の自分の動きとのギャップが広がり、老化が進むことになるんでしょうね。
ところがそこで何が問題かというと、もし、実際の筋肉やからだの動きと体の動きのイメージのギャップが現れるのを出来るだけ遅らせようとします。みんな密かにそういう努力をするわけです。筋肉をできるだけ動くようにするのが生の目的なら、どんどんやろうとします。すると、ある日、雨が降ったり、起きられなかったして、やれなかったときは、その日は何か重要なことをやれなかったという深刻な心理状態になってしまうわけです。
こうしたことを克服しようとして、老人は又、実際の動きとイメージを合致させること自己目的化してしまいます。それが達成されると、自分ではそうなるつもりはなくても、疲れてほかのことが出来ない状態になります。そういう老人をいっぱいみかけますね。こういう老人を見ていると、ただ身体を動かしたり、駆け足したりすることが目的で生きているようで、何かおかしい倒錯じゃないか、これが生きていることだろうか、と言う疑問が生じてくるんです。ですから、できるだけこだわらないほうがいいぞ、と思うわけです。
そこには、ひとつの境界線、あるいは閾値があるはずです。身体を動かさないと、確実に老化は早くなる。だから、とにかく動かさなくちゃならない。こうした感覚は自分にもあるんですけど、誰にでもあるんですね。マラソンをしている途中に心臓麻痺かなんかで、かつぎこまれて死んでしまう。一面から見るととてもいい死に方だと思うんですよ。寝たきりになるわけでもなくポックリといっちゃう。でも一方では、そこまで追い込まれてしまっているんですね。昨日寝込んでいたのに、今日、又早起きして駆け足したら、心臓を悪くすることはありうることなのに、それがやめられない。それは一面から見れば、結構なことかもしれないが、又一面では異常な強迫行為でもあります。
老いはともすればそういうふうに追い込まれてしまうことだと思います。ですから、その辺の境界線がはっきり決められれば良いのですが。」ー
ー北山(精神科の医者でもある)「医者の仕事の立場からみると、そういうふうにおっしゃて来られた人の場合には、「そりゃ大丈夫ですよ、それは異常でも何でもありませんよ」と言う判断をことは、ケース・バイ・ケースですがよくやります。−以下略
私も、この吉本さんの言う「異常な強迫行為」の罠に嵌りかけていたのを反省、少なくとも「散歩や水泳の距離のエスカレーションをストップして、老化を受け入れる」ことにしましょう。
技術コンサルタントの世界 2005.06.27.
「標準化(マニュアル)と差別化」
土曜日のけいみ会は、主として役所関係の技術士諸君がグループを形成しているが(技術経営責任者協議会では、技術士は製造・大企業出身の人が多いのに対して、参加企業は大方中小企業である)、そこに始めて参加した、10年前から独立して役所の仕事をやっているT君が自己紹介で「今後は民間の仕事もやっていきたい」と抱負を述べたときに、同じ技術士と言っても、役所がらみの技術士と民間の技術士では、技術の中身や目指すところがかなり違うことに、今頃気がついた。
私は100%民間のお客さんと付き合って来たので、役所との付き合いは全然わからないし、これからもその気は無いが、技術士仲間とのお付き合いから、その仕事振りを垣間見たところ、技術の内容は「標準化、マニュアル化、保守的ー既にどこかで実現している実績のあるもの」らしい。
一方民間での技術士の役割は、私の場合は「業界の同業者との差別化、どこでもやっていないネタの仕入れや創造に役立つこと」である、見事に正反対ではないか。
お役所仕事を民営化したり、いわゆるシビル分野の仕事が減少するであろうことに異論を唱える人は、技術士仲間の会合でも居なくなった、冗談交じりに大地震を待望しているシニアが居るけどね。
そこで上記のT君のような若い人でも、民間の仕事をやらなくちゃと考えるのは当然のことだろうが、私はなかなか難しいよ、と言いたい、世の動きはその逆である。
そういった意味では、技術士合格者5万人はバブルであるといったら言い過ぎであろうか?
技術コンサルタントの世界 2005.06.21.
「新グループ誕生」
近所に住む、河面英則君のイニシャティーブで、「NPO法人さいたま技術士ネットワークの設立総会兼バーベキュー大会」が6月18日の夜、我が家の庭で開催されました。
大方は顔見知りの諸君ですが、近所に一回り、ふた回り若い独立・自営の人達が10人も居たのかと、感慨無量です。
我がさいたま市(旧浦和)には、技術士会よりも古くからあったと言われていた、関東技術士協会という団体がありました、メンバーの老齢化その他の理由で消滅しました。酔っ払った私は、パーティーのあいだじゅう、このたびの「河面君のNPOは、関東技術士協会の生まれ変わりなんだ、伝統の力というのは、こういうふうに、死と再生を繰り返すものなんだ」と言う感慨に浸っていました。
昨年来、cea技術士協同組合の関係者による、大塚政尚君のNPO技術経営責任者協議会http://www.cea.or.jp/、野尻昭夫君のNPO産業技術活用センターhttp://www.cea.or.jp/snpo/、原田敬美君のNPO地域と行政を支える技術フォーラムhttp://www.cea.or.jp/insp/、が誕生しました、こういった動きは大きな背景から考えてみると、数年前(社)技術士会が看板をConsulting
Engineer(CE)からProffesional
Engineer(PE)に書き換えたことに、一部
の会員が具体的な答えを出し始めた、と考えられます。
河面、大久保、前坂、内田、渡辺、野本、日下、田澤、江本,高堂の諸君は、それぞれ上記のNPOのコア・メンバーでもあるので、仲良くやって下さい。
それにしても、梅雨の合間の星空の下のバーベキューは、爽やかにして快適でした、又やりましょう。
20日(月)同じ頃独立した、高橋宏太郎さんータイ国で60人の従業員を抱えて、かんずめ工場を経営するオーナーです、もともと製缶技術のコンサルタント業で独立ー、と松本俊次さんー国際的なリスク管理のコンサルタントとして著名、沢山の著書があるーと久しぶりに昼飯を食べました。
私の最初にして最後であろう本を献呈してコーヒーで乾杯、よくまあ35年も長きにわたって独立して生き延びてきたねえ、とあらためてお互いの健康を祝しました。
内部の掲示板に載せました、技術コンサルタントの世界 2005.06.18.
「本音を言えばーーー」
最近、本ホームページの主張提言、技術者コーナー、掲示板などに青葉さんが資格、技術士、技術者教育などに関して「建前の重要性」を繰り返し述べている。
何故繰り返し、彼が言わねばならないのか?、私が感じている危機感・違和感を思いつくままに書き留めておく。
*例年のことであるが、定年前後の諸君が新規開業研究会に続々と姿を現し始めている、この研究会の主旨は独立・自営であるが、定年諸君は明らかに再就職優先である、まともに独立・自営を志望する人は稀である。
*会社に居たときの先輩を見ていて、専門分野の技術士では食えないから、綜合部門を受験するとか、中小企業診断士を取るつもりだとか、違う資格に挑戦するつもりと言う人が多い。
*働いたつもりだけど、お金にならなかったので、ボランティアをやっている、と称する人が案外たくさん居る。
*技術士という資格は、世の中に知られていない、「一体技術士って何ですか?」と聞かれた、(ここから後は私のカングリ)だから、とても私は独立・自営など出来そうもありません。
こんなことを言う人が次から次に現れるのにめげずに、組合サイドが何故毎月200回以上も、こういう会合を開いて、新しい人を呼び寄せているかと言えば、単純なことで「独立・自営の技術コンサルタントの同業者団体とすれば、新しく若い世代が参加してくれないと、グループが老齢化して滅びてしまう」と言う危機感からである。
そういった意味から、折角独立・自営の業界団体として、対外的には、お互いに切磋琢磨しているとか、倫理要綱を持っているとか、最近で言えば、創業して上場して会社を売却、世界に数台しかないベントレイに乗っている大塚政尚君の話や、港区区長を4年間やって再びコンサルタントに戻った原田敬美君の大活躍の話は、もう少し技術士関係者に知ってもらいたいニュースではないか。
どんな商売だって、旨くやっていく人と、駄目な人が居るでしょう?、同じ条件の保険を売るセールスの人でも沢山お客を捕まえる人と、駄目な人には天地の差があるのは、誰でも知っているはずなのに、何故か商売できないのを「技術士制度や日本社会」のせいにする人が多い。
我々先輩としては、上記のような定年前後の情緒不安定な諸君のニーズは、一喝・一蹴したい所だが、これが際限なく湧き出てくるのである、この人たちに先輩達が営々と築いてきた技術コンサルタント業を壊されないように、今しばらくは「憎まれ口」をたたくつもりである。
技術コンサルタントの世界 2005.06.12.
日曜日の午前中、竹村健一さんのTV番組に、長野県知事の田中さんが出演して「公共工事」と言うテーマで話をしていました。大変説得力のある話で、GDP5%から3%に縮小する市場と言うのは、想像を絶する厳しい淘汰が進行していることでしょう。 他人事でなく、技術士会の名簿を見れば一目瞭然、技術士会に入っている会員の80%はこの公共工事・業界の人たちで、特に地方の技術士会員の知人達は、大方苦難の時期を過ごしている。
今後10年くらいの間に、シビル関係者の比率は80%から、常識から言えばシビルの人数が減ずるか、それ以外の部門の人数が増えて、25−30%位に落ち着くに違いない、名実共に日本を代表する技術者の団体を標榜するなら、一大変動期が近い。
「独立・自営のススメ」の出版は、私にとって思わぬ反響があり、心から笑うと言うよりは、苦笑のほうが多いですね。私の昔を知る私の業界の老ジャーナリストは、「森田さんは技術コンサルタントとして、若くからやっていたけど良く生き残りましたねえ、消えた人たくさん居るのに」と言う読後感をくれました。 実際に独立・自営の人たちは、おおむね共感してくれました、ただ実際に独立・自営の人たちはあまり大声を上げない人たちですね、自力で飯が食えるようになると、色んな会にも出てこなくなる人が大半です。 だから技術士会に来る人は、会社員で時間に余裕のある人、定年後の年金生活者と言うことになります。 現在の65歳以上の年金生活者は企業年金もたくさん貰っているらしく余裕があるから良いが、団塊の世代以降の人たちに余裕があるのか?、疑問です。 それでも今の所、年金が何とか生活できるくらい出ているから、元気のある人は善意のボランティアやパートの仕事を、元気のない人は名刺・肩書きだけの技術士事務所ということでうろうろしています、 技術士会の事務局の人(世間の人より技術士のことを良く知っていると思われる)が、「会社を定年になったらCEですから森田さんの仲間でしょう」と、悪意の無い顔で言われたことがありますが、案外最近の技術士は本人もそんな気分なのかもしれません、あきれるより参りましたと言う気分です。
最近若くして会社を飛び出して苦労している人が増えています、正直な所私はこういう連中におせっかいをしたい、「定年以降の生活に困らない諸君のニーズ」とやらに、お付き合いする余裕は無いけど、「一緒に遊ぶ」んなら付き合います。
1年ぶりくらいに、シンガポールに住む若いメタノール・化学のコンサルタント Mark
A.
Berggren君が来日したので、3人の友人達と交恂社で食事つきの話をしました、原油価格が50ドル/バーレル位に上がると、メタノールの天下になるそうです、プリンストン出のエリートですが、悠々と妻子と共にシンガポールあたりで中国・日本を睨みながら、一発狙っているのは、夢があって良いですねえ、日本にはこういう豪傑居なくなっちゃた。
九州から出てきた福崎君(独立・自営10年、技術士補)と半日付き合い、ceaのメンバーをたくさん紹介しました、地方の人との交流は、30年来の日韓技術士会議メンバーとの長年の交流以外ありませんでした、良いものですね、上京してもらうだけでなく、こっちからも出かけるべきなんでしょう。
技術コンサルタントの世界 2005.06.08.
10年以上前から蔵書を持たないことに決めた私は、最近図書館で借りた吉本隆明著「余裕のない日本を考える」1995年出版の23−27ページ「乳児期の心の欠落」には感銘を受けた、豊かになってきてからの日本人が、それ以前と変わってきたとすれば、この吉本さんの仮説のとうりなのでしょう、慣れないことですが「手スキャン」してみます;
ー吉本さんが男と女の問題、性の問題に関しておっしゃっていることの中で2つほど伺ってみたいことがあります。一つは人の一生は幼児期の母親との関係で決まってしまうんだと言う点、もう一つはー中略ー
「吉本」 誤解が無いように言えば、すべてが決まると言うのでなく、心の輪郭のようなものが、言葉が喋れるようになるまでの一歳未満で決まると言うべきでしょう。人間は心のほかにも、理性とか意思とか感覚とか、色々なもので精神をこしらえて生きています。それらは、もちろん、成長に従ってさまざまに体得されていくものですが、心映えとか心のもち方というのは、胎内から生後一年くらいの母親との関係の中で宿命的に決まってしまいます。このことは疑えない事実だと思います。
ー生まれてから一年の間に何が起こるのですかー
「吉本」 サルを含めてほかの動物は違いますが、人間の赤ん坊だけは、本来ならもっと母親のおなかに居るべきなのに一年早く生まれ出てきてしまう、というのが生物学の定説です。これが問題なんです。つまり、動物と違って、赤ん坊は生まれて一年間は母親または母親代理がいなければ生きられない。だから、この一年間に、母親から精神が安定するような授乳のされ方皮膚を接した愛され方をして親和関係がもてたかどうかが重要になります。このあいだに人間の「心」を決定するほとんどすべてのものがすりこまれてしまう。
ーそのときの「心」と言うのは?−
「吉本」 実はボクも、「心」の定義ができるようになったのはつい最近のことで、三木成夫さんという解剖学者の本から教えられたことなんです。つまり、「心」というのは主に内臓の動きの表出なんです。たとえば胃が悪くなれば憂鬱になる。ビックリした時は「ハア、ハア」と呼吸が乱れる。精神を集中させる時は「ウッ」と息を止めたりする。これは感覚と違います。感覚とは目で見たとか、鼻でかいだとかいう外界との五感の反応です。「心」はそれと違って内臓と関係ある精神の動きです。この「心」のありようが、一歳未満の母親との関係で決まっちゃう、と言うのが僕の理論です。
「太宰治や三島由紀夫はもともと生きることが無理だったのだ」−具体的にはどういうことですか。−
「吉本」 たとえば、皆さんよく御存知の作家で言えば太宰治や、三島由紀夫は、この母親との関係が異様な形でしかもてなかった人だったとおもいます。−中略ー
僕にいわせれば、これで「生きろ」とい「心」をもつのはまったく無理な話です。太宰にも三島にも、母親から可愛がられて、肌を接触して育てられたと言う記憶が無いわけです。「私は平凡な母親だけど、お前を心から愛しているよ、お前は、よその人からみたら平凡な子供だろうけど、私にとっては大事な子供だよ」という「個別化」の過程が欠けている訳ですね。「唯一性」と言ってもいい。自分は母親にとって、この世で唯一の存在なのだ、という唯一性ですね。唯一性が一歳未満の核になって一歳未満でその人が決まっていく。ただ、現れ方は違います。三島の場合はその心の欠陥を理性と論理で克服しようとして論理を鍛え、身体も鍛えちゃった。心に欠陥があっても人間には理性もあり、感覚も発達するから、欠陥を乗り越えようとする。
それを太宰の場合は、反対に弱弱しい自分と言うものをパアッと出すことでやっていったということです。ところがこれが三島は気に食わない。どうして女々しいことばかり書いて、俺みたいに鍛えないんだ、と言うわけです。だけど心の中では、お互いに親しみを持っていたと思います。僕にいわせれば、この二人の心の欠落の状態は「これは、ひでえもんだ」というしかない。
だから結局は、もう駄目だ言うことになって死んでいく。でも、よくあれだけ生き続けることができたな、と僕はおもいますね。やっぱり二人ともてんさいてきないしりょくをもっていたということでしょうね。
同じ一歳未満の心の欠落でも、三島や太宰のようにそれを乗り越えようとして偉大な仕事をする人は別だけど、そう出来ない人もいっぱいいる。そんな人は精神分裂症になったり、うつ病になっちゃう率が高いんですね。一歳未満の母親との関係が悪いと総て分裂病やうつ病になるとは限りませんが、そうなっている人はすべて母親との関係に問題があった人です。これは100%そうです。それほどひどいわけではなくとも、私達は多かれ少なかれ、欠落を持っています。生まれてから一歳までに100%の育児が出来たと言える母親なんて居ないでしょう。「私はよくやったわ」と言う母親でもせいぜい60%くらい、だから、あとの40%の欠落部分の補償を何十年かたった後で求めるようになります。これは総ての人に共通の心理だと思いますね。もし「オレは100%満たされた乳児期を過ごしたから無意識にもまったく不満が無い」と言う人が居たら、そもそも結婚しようなんて思わないでしょう。結婚したいと思うこと自体が、その満たされなかったものの補償なのです。
以下女性、フェミニズムに関する言及があるが省略する。
しばらく前だが、自らも精神を病んだことがあるので、カウンセラーの資格を取って、技術コンサルタントであることと併せて仕事していると言う若い技術士に会ったことがあるし、副島先生も若者の10人に2−3人は精神を病んでいると言われている、
もしかして哺乳瓶でミルクを飲んで育った人たち(母親のおっぱいへの欠落感から)によって、おかしなことが起こっているのかもしれない。
技術コンサルタントの世界2005.06.04.
ホームページhttp://www.cea.jp/巻頭エッセイ2005.05.30.について九州の福崎さんから下記のようなメールをもらいました。
東京でも本日(6月3日)JETOのステアリング委員会http://www.cea.or.jp/の終了後、高堂君の呼びかけで、根本、田吹、菅野、青葉、橋本、大塚の諸君と、「世の独立・自営を志望する技術者諸君に、どうやったらコンタクト出来るのか」と言うテーマで、喧々諤々やってきたばかりです。
本の売れ行きに関しては、3000部売れれば、出版社に義理が果たせます、いざとなったら買い取ってやると言う腹を決めてはいますから、この本を売るためのプロジェクトと言うことは考えないで結構です。
むしろ、福崎さんの提案のように、この本が全国に居るはずの潜在的な独立志望者や下記のメールに名前の出ている原さん、福崎さんたちとの出会いを作るための手段として利用されれば、著者冥利に尽きるところです。
今の所、はなはだ常識的ですが、技術士受験生、補、合格者、登録・技術士会員にDMやイベントを通じて、コンタクトをしていくしか考えられません。
10月頃に、イベントをやってみようと言うことだけ決めて、本日は解散しました。
貼り付け
技術士協同組合理事長
技術士(機械)
森田裕之様
いつも大変お世話になっております。九州(佐賀)の福崎でございます。
先日はホームページに私のことを掲載下さりありがとうございました。
文面を拝見させていただきました。正直びっくり致しました。
過分なお言葉を頂き恥ずかしい気持ちで一杯ですが、森田様にご迷惑のかからないように、研鑽(キャリア)を積んで行きたいと思います。
以下、長文になりますが、ご容赦下さい。
森田様の技術コンサルタントの世界 2005.05.30.「技術者の自己表現について」に次のような文面がありましたのでお言葉に甘えさせていただき以下大先輩である森田様のことを森田さんとお呼びするご無礼をお許し下さい(森田先生とおよびするのが妥当とおもわれますが...)。
もしお気に召さないようでしたら、次回よりあらためます。
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私は「組合員諸君の上司・指導者・先生ではない、ただの先輩の1人である」のです。
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技術士「独立・自営のススメ」は私にとっては心強い、待望の書であります。
内容が、一般的でなくお飾り的に書かれていない。具体的で言葉がわかりやすい。素直におもしろい。というのが率直な感想です。
私が言うまでもなく技術士という資格は技術者の最高資格と言われている国家資格ですが、司法書士、弁護士、税理士、行政書士などのようには一般に知られている職業資格ではありません。(技術系でも知らない人がいるくらいですから...技術士?(=マイナーな資格))なおさら、日本においてサラリーマンが多数を占める中にあって独立・自営者は20%に満たないといわれている現状があります。
したがって、『技術士 独立・自営のススメ』という(ウルトラ・マイナー?な)
タイトルの本が自費出版でなく、出版社から出されることは思っても見ないことでした(内容が良くても一般受けしない...?)。
森田さんの本は、「会社に帰属しない、雇われない生き方」について色々な視点に立って提言されていて、独立・自営でやってきた一技術者としては、大変参考になっています。
素直に多くの人に読んで欲しいと思い、私の知り合い(若手技術士とその予備軍)にメールで呼びかけている最中です。SOHOの主宰にも案内しました。
明日(6/4)は神戸で、若手技術士と技術士を目指す人との集いがありますので臭くならない程度に森田さんの本をアピールしたいと思います。
この集いは主催がNet-P.E.J(なおNet-P.E.JpはNet Professional Engineer Japanの略で技術士 原氏が率いる若手機械部門技術士のネットワークの仲間で構成されています。詳しくは下記ご参照下さい)
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森田さんの『技術士 独立・自営のススメ』の販売促進第2弾として
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関東地区、九州地区等で技術者向けの講演が企画できないか検討してみることはいかがでしょうか?。
経営コンサルタント会社はよくやっていることですが、私も九州(長崎・福岡)で地方講演をしたことがあります(下記にサンプルを添付します)。
集客をどうするか等、課題はありますし、費用対効果等考えなくてはならないことは多いですが、販促企画をして「非営利団体、学校関係運営者」によびかけるだけでも効果はあるように思います。
少なくとも、何もしないより良いと思います。
九州地区は私でよければ活動させて頂きたくお願い致します。
《九州地区にて講演が決まった場合》
森田さんの「東京⇔九州」の旅費・交通費(宿泊費)はシグマテック(負担)とさせて下さい。
記
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ちなみに、現在 九州地区にて技術士原氏(ボランティア講演)企画実施中
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技術士受験生向けに本を3冊出され、広いネットワーク(Net-P.E.Jp)をお持ちの KEI こと技術士 原 圭吾さん(Net-P.E.Jpの中心的人物)をご紹介致します(原さんには森田さんの本を購入いただきました)。
これまで原さんは情報の少ない機械部門技術士の受験生に対し大変熱意ある活動をされてきました。また機械部門の技術士受験生向けに はじめて本を出版をされたパイオニアでもあります。
若手技術士で、人間的にも大変素晴らしい有能な人です。
原さんは約4年以上前からインターネット等を通じてほとんどボランティアに近い活動を地道にやってこられています。
このことは彼のホームページを見ていただけるとその一旦を垣間見ることができます。
私自身、技術士資格が広く世間に知られていないこと、九州地区においても知ている人が少ない現状をどうにかできないものかと憂いておりました。
私はこのような原さんの趣旨に賛同し、微力ながらお力添えをしたいとの考えから、九州地区の無料講演の実現に向けてを現在、企画し、各方面(非営利団体、学校関係者)にアタック中です。
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原 圭吾様の簡単なプロフィール
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《現在の職業》
1)中国職業能力開発大学校
生産電子システム技術科 助教授
《主な資格》
1)技術士(総合技術監理/機械部門)
2)中小企業診断士
《主な著書》
1)技術士第1次試験演習問題機械部門100問
Net-P.E.Jp (編さん) 単行本 (2004/05) テクノ
(なおNet-P.E.JpはNet Professional Engineer Japanの略で原氏が率いる若手機械部門技術士のネットワーク仲間)
2)技術士第一次試験「機械部門」専門科目過去問題解答と解説
Net‐P.E.Jp (著) 単行本 (2004/06) 日刊工業新聞社
3)「技術士<補>大全 2005年度版」株式会社テクノ発行
定価:5000円(税込み) H10〜H14全部門過去問題CD-ROM付き
監修 : 原 圭吾
編集 : テクノ技術士研究会
《原氏のホームページ》
「機械技術者のためのチャレンジ技術士」主宰
http://www.kikaipe.com/
貼り付け終わり
技術コンサルタントの世界 2005.05.30.「技術者の自己表現について」 森田裕之 Yuji Morita
「独立・自営のススメ」出版の反響がぽつぽつ出てきました、近くの顔見知りの諸君からのメールは、管理人によって会員内のヤリトリに収めてもらいますが、ここに九州の福崎さんからの私信メールを貼り付けます(機械部門の後輩と言うことで、それに引っ掛けて喋りたいことがあるので、福崎さん勘弁してください)。
貼り付けー
大変ご無沙汰しております。九州(佐賀)の福崎でございます。
今年の年賀状にて貴重なアドバイスを頂戴し、ありがとうございました。
私のことを覚えてくださり、また、大変お忙しい中、私のためにお時間を使っていただいたことにあらためましてお礼申し上げます。
森田様の「技術コンサルタントの世界のサイト」をたびたび拝見させて頂いております。時間の都合でまだその全てを見ておりませんが、大変興味深く読ませて頂いております。
遅くなりましたが、技術士「独立・自営のススメ」ご出版おめでとうございます。
店頭(ジュンク堂・福岡天神店)に並んでいましたので、早速、購入させていただきました(二度、拝読致しました)。
独立・自営で約10年やってきた者のひとりとして、納得する部分が多く心ある人には是非紹介(啓蒙)したいと思っております。
森田様が技術士の名称のPEではなくCEにこだわられるのか、私なりに理解しているつもりでおりす。
人を会社の名前や肩書きで判断することが多いように感じますが、森田様のように本質で人や物事を見ようとする人が技術士協同組合理事長というお立場に立っておられることに大変勇気付けられております。
今後ともご指導のほどよろしくお願い致します。
貼り付け終わりー
福崎さんは、機械設計の、それも新しい機械の構想・基本設計を請け負って絵・設計図が描ける、技術者として力のある人です。
私の10年間の機械メーカー勤務での経験からも、技術士の先輩・故柴田勉さんのロボット業界での業績からも、これまでに無いものを絵に出来る能力は希少価値があります、羨ましいくらいの能力ですね。
それはさておき、技術者の自己表現は「製品」にあると思いませんか?最近文系の言論人を志す若者達と議論していて気がついたのですが、技術者は「寡黙」になりがちですね、意見が無いわけじゃないと思うのですが、私は言語能力を駆使して自己表現するよりも、自分の関係した物・製品で自己を表現するのが技術者なんだとおもいます。
さてここから、私の技術コンサルタント・論になります、私は独立後5年くらいまでは、普通の機械屋のように機械の図面の描いたり、機械の修理・メンテナンスの仕事をしたり、機械のハードウェアにかかわる仕事は何でもやりました、アメリカに進出した日系の会社の仕事で、デトロイトの自動車関連メーカーと付き合っていた頃、エド・フィッシャーという技術コンサルタントに色々な局面で出会い、観察した結果、私は「自分は物・製品に関しては顧客の技術者に任せる(自己表現を諦める)、そのかわり自分はもう少し大所高所から大きく動く」ことにしました。
以来30年間、何とか飯を食ってきました、一つのビジネスモデルを提供しています、ただ私が繰り返し書いているように、これから独立・自営を始めようとする諸君は、自分のやり方を試行錯誤(飯を食いながら)せざるを得ないでしょう、技術士協同組合は、そういう場を提供しているわけであって、唐突に且つくどいようですが、私は「組合員諸君の上司・指導者・先生ではない、ただの先輩の1人である」のです。
もともと「独立・自営のススメ」の本の企画自体、なるべくたくさんの先輩の生き方を後輩に示そう、ということで始めたものでした、本が出来上がってみると、私としては本当は大いに嬉しい(私は結構自己顕示欲が強く、60歳を過ぎてから、ネクタイに凝リ、最近では帽子までかぶるようになり、何とか目立とうとしています、年とともに、恥ずかしいという感情が摩滅してきたのでしょう)のですが、原稿を書いたのに削減された諸君に申し訳ないと思っています。
この本が、20歳−40歳台の若い世代に見てもらえないかな、とはかない期待を抱いています、大分前にR・K君という研究畑のエンジニアから、「森田さんは技術者にalternativeを示唆してくれる」と言うようなことを、言われたことがあります。
業者としてやっていくには、なるべく早くから方向を決めないと、商売として確固たるものになりませんよね、技術士会事務局の某君が、「技術士会はPEの会になりましたが、会社勤めを定年になった会員はCEですから、−−−−」と凄いことをシラットした顔で言われたのには、唖然としました、参ったなあ。
技術コンサルタントの世界 2005.05.25.森田裕之 Yuji Morita
公取委の刑事告発は、東京都発注の水道メーター談合(03年7月)以来、約2年ぶりになるそうである、「橋梁談合http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20050523it01.htm」事件には、さぞかし各会社内技術士の諸君にもたくさんの関係者が居るんでしょうね。
談合の話は、私としてはもうあまり話題にしたくない、私が35年も前に技術士会の青年技術士懇談会で話題にして以来、シビル関係者は突きつめて言うと「談合して何が悪い?」と必ず開き直り的発言でお終いになる。
まあ、私達は大人ですから「他人の信仰・信念については、あまり言及しないことで、仲良く暮らしている」わけだから、日本では神代に時代からやっているなどと講釈されると、これまでは思考停止していた。
最近「けいみ会」のhttp://www.cea.or.jp/insp/活動から生まれたNPO法人「地方と行政を支える技術フォーラム」のコンセプトである、事前監査つまり計画・設計・施工それぞれの段階に、首長をサポートする外部の中立・専門家によるチェックをするという主張である。
もう一つは、PFI(private financial initiative)民間投資資金の公共事業への参加である、民間投資家は最大の利回りを得るためには、簡単には談合を許さないだろう、何しろお金が税金からだとなると、関係者が「返却は他人事」の気分になることは、私でさえ経験がある。
5月20日の夕方、副島隆彦さんのお弟子さん、中田安彦君(ハンドルネーム・アルルの男ひろし)の初出版「ジャパン・ハンドラーズ」をお祝いする会がありましたhttp://snsi-j.jp/boyakif/diary.cgi、 出版社の編集者や副島さんのホームページ http://www.soejima.to/の掲示板ではおなじみの若者達が12−3人集まり、談論風発楽しい会で、私の本も話題にされました。
中田君は自分のブログhttp://amesei.exblog.jp/で今回の談合事件を取り上げており、属国論の一環として談合を潰すことの背景にアメリカのジャパン・ハンドラーの意向があると言う持論を展開しています。
今の所、 その程度のことしか頭に浮かばない、今度の事件だって必ず犠牲者が出て終わりが来る、そしたら又談合が始まるだろう、酔払い運転の罰を強化しても事件が減らないのと同じことだ、我々は度し難い「阿呆」である。
技術コンサルタントの世界 2005.05.19森田裕之 Yuji Morita
「未来を語らず」
ここ一週間の会合のことを反省してみると、全部これからのこと、未来のイベントや計画の打ち合わせでした、当たり前と言えば当たり前か、そういえば一つだけ会社の再生(生還)祝いの会があったけど、直ぐ、これからどうすると将来計画の話になりました。
私は、若い頃から、いわゆる未来予測と言うのが大好きで、年末にたくさん出る次の年の予想本は、たいてい読んでいます。
ここ何年も前から、アメリカの崩壊というテーマが繰り返されてきていて、世紀末あたりから、毎年2003年だ、2005年だと言う本が繰り返し出てきました。
私はこの手の本を含めて、あまり本をとって置く習慣が無いのと、読み返さないし、検証するなどと言うことは暇もないし、意味も無いことだと思います。
歴史から学ぶ(ローマ帝国の内部崩壊)とすれば、中国の共産主義体制が崩壊するまでは、アメリカ帝国の覇権が完成されないので、崩壊の萌芽は認められるかも知れないが、今しばしアメリカは崩壊しないんじゃないかなあ。
我ながら不思議なことだが、そんなに未来のことが気になる性格の割りには、先延ばしの達人とも言われています、今結論を出さなくてはならないぎりぎりまで、あまり考えないでほっておく事に決めています。
年をとってきて判ってきたのですが、8割くらいのことは、なるようになって、私があまり前もって心配しなくても良かったのです。
今日の三水会で、2回りは若い友人の平野君と議論していて気がつきました、よく言えば「年の功」、悪く言えば「ずるい年寄り」というのは、こういうことだったんです。
どうしてそういうことになるのか、考えてみると、「明日をも知れない世の中」だからと言うのが正解じゃないのでしょうか?
世の中、論理的・計画的に動いてないんですよね、我々を取り巻くものがすべて人工物(人間の脳が作り出したもの)だけならいざ知らず、自然(犬、猫、女(男)子供、気候、地震、山・川・森等)は非論理的・不条理に明日以降変化するでしょう?
あまり先のこと心配しない、と言う意味判ったかい?平野君。
技術コンサルタントの世界 2005.05.13.森田裕之 Yuji Morita
「解答不能ーというかanti-solution」
まだ本屋さんに並んでいませんが、我々仲間内では一部執筆者に送られてきた献本により、いち早く読了後のメンバーもいるので、色々な議論が出てきていますhttp://satsukido-p.com/junkbusiness/content/dokuritsu.html。
技術士受験者を対象に、組合の名前で受験講座を開催している橋本良昭君のところで、合格者向けに「独立・自営のための講座」をやろうじゃないか、と言う意見が大勢を占めています。
今回の「独立・自営のススメ」と言う本の企画は、もともと第一土曜日の午前中に技術士会の会議室で開催されてきた、200回以上やってきた独立・支援研究会の新規出席者が急増してきており、この人たちのために毎月色々な分野の先輩方を口説いて、貴重な経験談を語ってもらってきたが、こういう人たちのために、なるべくバラエティーに富んだ沢山の執筆者の本を教科書として作ろうと言う主旨であった。
自費出版でという話も有ったが、小暮君という若い編集者が企画書を出版社に営業始めた頃から、様子が変わり、私のホームページ内に書き溜めたショート・エッセイが、大半を占める本になってしまった。
それはともかく、「独立・自営のための講座」の企画は、講師はこれまでに話をしてくれた先輩がたを組み合わせれば、30台で独立企業を起して上場した大塚政尚君みたいな人から、60数歳になってもしぶとく一年契約で会社や団体を渡り歩いているM君のような人も居るので、幅広く誰にでも役に立つ講座が作れる、と言うのが骨子です。
私が、最初に挨拶をすることになるらしいが、私の喋りたいことは簡単である
「我々には諸君に具体的な身の振り方に役立つ機能はありません、過去にこういうことをしたという先輩の話は用意しました、諸君の未来は解答不能ーというかanti-solutionが、私の本音です」。
世の中にはsolution
businessと言うのがあるくらいですから、問いをインプットしたら答えが出てくるような錯覚を持つ人が多いことが、気になっていました、何事にもマニュアルを作れと言うニーズがあることは、よく知っています。
頭のいい人は、過去を調べることで、未来を予測しますね、私はこれまで随分色々な人に相談を受けてきました、私の予想はたいていの場合間違います、矢張り未来と言うのは予測できないものなのでしょう、考えても無駄だと言ってもいいのかもしれません。
今週は、私の個人企業も組合も決算のためそれぞれの会計士さんにレシートの束を渡して、複式簿記を作って貰います、昨年来の2つのNPO http://www.cea.or.jp/、http://www.cea.or.jp/insp/は、まだ始めたばかりなので、お金の動きはありません、両方とも今年は大いに飛躍するでしょう、凄いプロジェクトが色々企画されています。
私の2男洋平は、去年から広告デザイナーとして自宅で独立しました、私の個人企業を利用しています、お陰で私は徐々に消えることが出来るので大助かりです、先輩を見ていると旨く閉鎖するのは結構大変らしいですからね。
「独立・自営のススメ」のタイトルと装丁は森田洋平の作品です、皆さん彼に広告デザインの仕事を見つけてやってください、彼がバンバン稼いでくれれば、私は楽隠居を楽しめますので、よろしく。
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[334] 解答不可能? 投稿者:森田裕之 投稿日:2005/05/15(Sun) 13:10
副島隆彦さんが、ホームページhttp://soejima.to/の有料サイト(皆さんにお勧めします、面白いよ)内で、属国論に触れて、読者から「じゃあ日本はどうしたらいいのですか?」と聞かれると困ってしまうと、正直に告白している。
真面目に答えれば、属国論は学問であって価値中立なのだから、親米(帝国)、反米の論者が利用できる理論であると言えるが、私はもう少し俗っぽく言うと、世の中の8割がたの事には答えが無いのじゃないかと思っている。
だから、あわてて結論なんかを出さずに、ほって置くと何時の間にか解決していることが、如何に多いことか。
年とって気がついたことは、何事も一刀両断にイエスかノウかを決めるディベート等を好む連中は、浅はかなバカだと言うことである。
技術コンサルタントの世界 2005.05.08.森田裕之 Yuji Morita
「連休」
のんびりと過ごしました、2日に静岡の由比に桜えびのお寿司を食べに出かけたくらいで、貯まっていた本をかたずけ、花粉症とおさらばし、2000メートルの水泳か18000歩の散歩と、健康的な休日でした。
生まれて始めての本「独立・自営のススメ」が出版元の早月堂書房の花立副編集長から送られてきました、早速和田忠太先輩や先輩・先生方に、お送りして置きました。
月初めの土曜日恒例の、独立・支援研究会には早速回覧して、本屋さんで買ってくださいとお願いしておきました。
その独立・支援研究会ですが盛況です、5人も新人が顔を出しました、バラエティーに富んだ背景の人たちで、やはり技術士は、技術者の中ではエリートなんだなあ、とは思います。
矛盾していると思うのは、大企業に勤めている余裕のある技術者は技術士は取れるのですが、中小企業を知らないので、宝の持ち腐れになりがちなんでしょう、もったいないような気もしますが、私には解決する力がありません。
「パンツを脱いだサル」栗本慎一郎著、現代書館。が面白いですよ、栗本先生は6年前に脳梗塞で倒れたのですが、自分の身体で、ミミズの成分から作り出した血栓症のためのサプリメントを作り出して、回復してしまった。
私は、この先生の経済人類学など一連の著作が好きでしたが、まさか病気、それも私と同じ血管関係の体質で、克服してしまったと判り、益々尊敬してしまいました。
新刊の新潮新書4冊読みましたが、矢張り、内田樹先生の「14歳の子を持つ親達へ」が一番でした、この中に「人間は祝祭が必要だ」と述べていますが、昔栗本さんも同じようなことを「蕩尽する」と言うような表現を使っていました。
溜め込んで一気に使い果たす、これは忠臣蔵のように、我慢に我慢を重ねて、一気に復讐する、というような日本人の原・気質(高倉健のやくざ映画もそうだし、アメリカへの真珠湾攻撃なんかも、そんな気がします)にかかわることかも知れません。
我々も日頃は、つつましい会合や飲み会をしていますが、年に何回かは理由をつけて、パーティーをやることにしましょう。
技術コンサルタントの世界 2005.05.02.森田裕之 Yuji Morita
「専門分野と市場」
最近、我々ceaのグループとある会社のグループが会議をするため、「自己紹介」をしたときにハタと気がついたことがあります。
技術士はエキスパートとしては専門領域を表示する義務があるが、コンサルタントとしては隣接する領域にマーケットがあることをしっかり認識して、商売しているのか、後輩諸君?と言う疑問である。
私の例で言うと、私は10年間勤めた時の経験である、産業機械ープラスティック成形機械が私の専門領域であった、私の30数年間の顧客筋は、プラスティック成形機械のユーザー、プラスティック成形機械の周辺機器メーカー、プラスティック成形機械のコンポーネントメーカーの三つのカテゴリーに分類される。
勤めていた成形機械メーカーと同業者とは一度もお付き合いがありません、当然と言えば当然のことですね、どんな同業会社にも、私程度のエキスパートは雇っていますものね。
「独立・自営のススメ」がいよいよ発売されます。
連休に入ったというのに花粉症が長引いています、今年はマスクだけで頑張ってみましたが、朝起きてからの1時間ぐらいがぐずぐずして気分悪いですね。
週末には、けいみ会http://www.cea.or.jp/insp/や大久保君の技術問題調査グループ、高堂君のニューシビルグループの会合がありましたが、大阪のJR事故の話は出ませんでした、なんか技術問題以前の事件のような気がして、嫌な感じです。
15年くらい前に、独立・自営を目指す後輩のために、「技術コンサルタントの世界」と言うタイトルの小冊子を100冊作って配りました、昨日久しぶりで出てきた、高木育巨君が開業した頃読んだ記憶があるそうです。
独立・自営のやり方・形式はそれこそ千差万別・各人各様で、なるべく色々な先輩方のやり方を観察して、自分の個性を最大限に生かすやり方を自分で創り上げなくては、自他共に面白くないわけで、そういった意味では先輩方は後輩どもに対して、まったくそっけない存在で、自分のビジネス・モデルを積極的に公開する人は居ません。
その上、私も世の中では「少数派」であることを、骨身に沁みて自覚してきましたから、独立・自営に興味ある人のための本を作ろうと言う話が持ち上がった時は、なるべく多くの業界・先輩方の行き方サンプルを提示しようと考えました。
独立・編集人の若者小暮周吾君は、企画書を色々な出版社に持ち込んで、売り込んでくれたのですが、中身が段々修正され下記の様な内容の本になってしまいました。
連休明けには本屋さんに並ぶそうです、私の周辺は独立・自営に興味ある人ばかりですから、面白いと言ってくれますが、私はあまり売れるような気がしません、皆さん本屋で買ってください。
森田裕之・ほか21名の技術士著
この本は、独立したいけどなかなか踏み切れない人達の背中を後押しする本です。目次を全て載せたかったのですが、このスペースには収まりませんでした。詳しくは書店でお買い上げください。
[目次]
まえがき 自立せざるをえない時代
基調は少数派
技術士協同組合とは
われわれのビジネスモデル
第1章 技術士ほど面白い世界はないよ
若い独立自営者が増えてきた
大局観のない人は消えていく
就職先や会社なんてどこだっていいのさ
複数のネタを同時に進める人が生き延びる
オンザジョブでしか教育はあり得ない・他
第2章 独立・自営者を見直そう
独立・自営者とはなにか
技術士資格へのチャレンジが独立・自営者の第一歩
技術士は厳格な倫理規定をもつ
成熟社会の避けられない現象「転職」
新しいシビルエンジニアリングの胎動・他
第3章 日本の技術者が国際化に対処する道
日本技術士会は本来、コンサルティング・エンジニアの会である
独立・自営者が集う技術士協同組合の各種グループ活動
技術士試験合格者諸君へ・他
第4章 仕事・就職に悩む若者へのアドバイス
独立・自尊の意識が強いアメリカの技術者
プロとノンプロの違い
独立するには、管理職経験者のほうが有利
日本とアメリカの両方で通用する人材になる・他
第5章 契約するまでが仕事
独立するとなにが違ってくるのか
岐路における選択のポイント
独立・自営者の進路・他
第6章 シニア技術者の活躍場
シニア技術者の世界
今後はシニア技術者が技術コンサルタント業界を拡大する
年を取っても好奇心旺盛な尊敬する先輩たち
シニア技術士の役割・他
第7章 日はまた昇り、友集い、動く
若い技術士からのメール
技術者よ、独立心を持て!
本場イギリスのサー(Sir)の迫力・他
あとがき 私のお勧めビジネスモデル
技術コンサルタントの世界 2005.04.26.森田裕之 Yuji Morita
大塚政尚君提案の、22日伊香保のグランドホテルでのcea関係者拡大世話人・温泉会義での、私にとって一番の収穫は、群馬IPO研究会の御当地・世話人の丸橋さんと、しんみり話し合えたことです。
丸橋さんとは、JETOの群馬支部活動の月例会で一年近く御一緒していました、同年輩、稲門、本好き人間と言う共通点がありましたが、お互いにこれまで嬉しかったことを振り返ってみた時に、私が「全部稼ぎに関係有るので恥ずかしい話ですけど、最初は本屋に言って読みたいと思う本をちゅうちょ無く買えるようになった(財布を気にしないで)と気がついたときは、嬉しかった。
同じように食べ物やで、値段を気にしないで注文できるようになったと気がついたとき、海外旅行にも行きたいと思えば、いつでも行ける自由があることに気がついたとき、とてつもなく嬉しかったです、その後60歳の時にバイパスをやって心機一転、余生は同業者・次世代の後輩育成に絞っているつもりです」と話した所、丸橋さんは共感されて「私も世のなかに、お返しする年になったことを自覚しています」といいました。
今後JETOとけいみ会の両NPOの運営に参加いただいて、都市/地方、大企業/中小企業の違いを埋める色んなプロジェクトの相棒として、お付き合いしていこうと思います。
25日にハワード ヒューズhttp://homepage2.nifty.com/awesomevegas/Howard%20Hughes.htmの伝記映画「アビエイター」を見ました。
飛行機の製造会社ヒューズ エアクラフト、航空会社TWAのオーナーで、映画の製作プロデューサー、ラスベガスの住人,ばい菌を恐れた神経症患者などで有名な人です、早速飛行機大好きな先輩、和田忠太さんに見に行くように電話しました。
和田さんは今78歳ですが、5年位前までは、毎週調布の飛行場から自分で運転して、あちこち日本の空を散歩してきたパイロットでもあります。
26日には、大塚君の紹介で三浦雄一郎さんに代々木の三浦さんのオフィスでお会いしました、テレビで見るとうりのお元気な方で、なんと最近野本優人君がいろいろ考えている、林野庁がうち出した「里山管理」の大きな団体の看板に三浦さんが担ぎ出されそうなことが、後でわかりました、役所もバカじゃないですね、野本君もね。
技術コンサルタントの世界 2005.04.21 森田裕之 Yuji Morita
18日の午後一番には、大宮の税務署前での、副島隆彦さんの2時間近い大演説会を聞きました。
私の散歩の北限である、氷川神社=大宮公園のはずれにある税務署は、住宅街の中にあり、建物の玄関や駐車場での演説を拒絶された副島さんは、道路で喋り始めました。
最初の10分くらいは、自分の経験を話していましたが、段々「教師魂」を発揮してきて、税金、税務調査、税務署職員、税理士など、あまり我々の知らない話を沢山してくれました、自分が調査を受けた経験を本にして近日中には出版するそうです。
ちゃんともとの取れる人は羨ましいですね。
聴衆は約60名、大半は出版社や新聞社などのジャーナリスト達で、副島塾の若者は7−8名でした、月曜日の昼間ですから、色んな意味で大成功と言えるでしょう。
19日にはNPO産業技術活用センターのセミナーhttp://www.cea.or.jp/snpo/を聞きに行きました、虎ノ門の金毘羅さんの庭に立ったビルの22Fで、菅野、大久保、近藤君達が運営していました。
私は、1年前に銀行を辞めて、パテントファイナンスコンサルティングと言う会社を始めた、32歳の日野慎二君という若者に着目しました、やっぱり勤め人と「説得力と迫力」が違うね、我々技術屋ばっかりの集団は、こういう文系の元気のいい人に、利用してもらう必要があります。
20日は、けいみ会のワーキンググループ、原田、高堂、田吹、根本の諸君が、大塚君の紹介で公職研というhttp://www.koshokuken.co.jp/
地方自治職員研修の専門会社を訪問しました。
午後には、三水会の見学で京王線の聖蹟桜ヶ丘駅前にある、パシフィックコンサルタンツのCEミュージアム訪問しました。
このミュージアムは同社の専務、宮越堯さんが日本における、コンサルティングエンジニアの歴史資料を丹念に沢山集めて、ミュージアム式に展示されています。
本田尚士夫妻、和田忠太、黒澤豊樹の先輩方、青葉、橋本(養成講座)君、最近の人中村君、若い人高堂、田吹、根本、野田、平野君が出席しました。
技術士会の中にCEグループを作るには、宮越さんのような方が格好の中心人物といえましょう、このところ技術士をCEだと信じきってきた技術士会・会員が会に寄り付かなくなってきたのは、周知の事実ですから、とりあえずは歴史に興味のあるシニアの会からスタートしたらどうでしょう、それにしても会社としては技術士会をPEに変えることに邁進した(役所に協力したと言うことかなあ)のに、社内の有力社員は技術士はCEだよ、と主張していたとは、わからないものですねえ、私は当時は「会社は総て我々CE個人事業者の敵である」と決め付けていたのです。
技術コンサルタントの世界 2005.04.16.森田裕之 Yuji Morita
10日帰宅、さすがに沢山のメールがたまっているので、時差ぼけを利用して深夜・翌朝までかけて雑務処理、なんか気分がハイになってきて寝る気になれない、それにしてもジャンクメールが沢山来ますねえ、菅野・管理人殿どうにかならないのですか?
11日、いつもやる時差ぼけ調整法の桜区パブリック・プールに泳ぎに出かける、50分で2100メーターのペース、へとへとになって、新都心のQBハウスという1000円・3分の床屋で3mm/6mmにカットしてもらい、夕方は群馬県太田市のぐんま産業高度化センターでのJETO(技術経営責任者協議会・群馬支部IPO研究会)のステアリング委員会に出席、ここは45歳の独立志望の技術士山本君・工学博士田島君が段々仕切ってくれるようになってきた、センター社長の斉藤先生、地元有力者の丸橋社長、それに大塚君と私が大体ここ半年くらいでメンバーとして固まってきました。
JETOの活動も一周年を迎えるので、実際に興味を持って動いてくれるメンバーに理事等の看板を書き換えること、単純に拡大志向はとらないこと、パーティーや旅行会などの会員同士の仲良くなるイベントを取り混ぜていくことを考えましょう。
13日、お台場に金型展を見に行きました、毎年見ているので、2時間も見れば大体の変化が把握できます、日本が世界一の分野です、顧客先のエンジニアとばったり出会ったり、いくつになっても関係業界のことは気になります。
14日、JTTAS(工業技術振興協会)の青葉君の呼びかけで園遊会・小石川後楽園 涵徳亭に出かけました、組合のシニア組から久しぶりに石川君(水道部門、ただし親父の作った会社を富士通に売却したことで、仲間内には有名人)が出てきて、新しくシニアになりたてで、最近まで居た会社のことを引きずっている吉川君、高橋君、中村君あたりが、槍玉にあがってからかわれていました。
なんと、けいみ会 http://www.cea.or.jp/insp/ の原田敬美夫妻も出てきてくれて、大いに盛り上がりました、後楽園にこんな素晴らしい庭園があったとは、ついぞ知らなかったし、シニアの会復活の第一回会合としては大成功だったと思います、世話人の近藤信竹君には感謝。
15日、朝久しぶりに氷川神社に散歩、万歩計約16000歩(10km位かな)、お昼には高堂、野本、根本君達を乗せて、群馬のIPO研究会の講演「まさかの時に頼りになるノンバンク」というテーマでセンチュリーリーシングの深津さんのお話を聞く。
私には、もやや間に合わない話かもしれないが、これからの技術者はこういう人たちとも仲良くしていかないといけないね。
16日誕生日、昼飯は日高にあるサイボク・ハムのレストランで、前から食べてみたかったトンカツをたべた、これは旨い、お勧めである、http://www.saiboku.co.jp/、そこから299号線を秩父へ、「満願の湯」でのんびり、ここは堀内君の愛好する温泉で、彼は多分ここの水も愛好しているはずである、帰宅してもなお足がぽかぽかしている。
技術コンサルタントの世界 2005.04.11.森田裕之 Yuji Morita
花粉から逃げる思いで、LAの息子宅経由、妻と孫娘を引き連れてニューヨークに行ってきました。
77st.ですから、セントラルパークの真ん中あたりがホテルだったし、リーボックの靴を履いていったので、歩き回りました。
万歩計持参の記録によれば、連日2−3万歩(朝の公園散歩を含む)プラス地下鉄です。
今回、目新しかったことは、歩いてわたれる橋を3本ぶらぶら歩いてみたこと、現代美術館(MoMA)が改築新装なって、益々沢山のコレクションが見れたことです。
沢山のコレクターの部屋別に展示されているので、有名作家と言うのは、如何に沢山の作品を世に出しているかが良くわかります、最近映画で見たばかりのジャクソン ポロックの絵が、ここにも沢山ありました(グッケンハイム美術館のたぶん創始者であろうグッケンハイム夫人?がスポンサーで月給貰いながら、展示会に出した絵が売れずに、グッケンハイム夫人に全部取られていたと言う映画でしたが、−−)、ピカソやゴッホも沢山アメリカの金持ちに買われているんですね。
食べ物では、今ベーグルがはやっていると言うことなので、あちこちと食べ比べましたが、53st.のエッサ・ベーグルというのがおいしかったです、昔確かポーランドで毎朝食べた記憶がありますが、あごがくたびれるくらいの硬いパンで、魚や野菜のみじん切りをはさんで食べるんです。
行く前に「水源」の藤森かよこ先生http://www.aynrand2001japan.com/index1.htmlに教えていただいていた、42st.の中華料理Phenix
Gardenは、名物の北京ダック、ふかひれスープ、えびのから揚
げ、餃子、大量のほうれん草(らしき鮮やかな緑色の野菜)炒め、デザートも食べて3人で110ドルと言う安さでした、これは感激。
前の週までは冬だったと言うことで、ニューヨーカーは相変わらず、真っ黒な服装で、颯爽と早足で歩いています、私なんかの倍の速度ですっ飛んでいると言う感じです。
セントラル公園の朝の運動も、ほとんど駆け足の人ばかりで、歩く人は走るのがくたびれたからと言う印象です、私なんかよりももっと年とったよれよれの爺さんも、走っていました、アメリカ人は元気ですねえ。
副島先生などは、今年か来年はアメリカは金融崩壊すると言う本まで出していますが、街の印象は元気でした。
TVはローマ法王死去のニュースばっかりですね、ヤッパリアメリカ人は信心深いんでしょうか、ブッシュを当選させたのも、キリスト教右派(保守派)と言われてますし、私なんかには理解しがたい所です。
沢山持っていった本のうち、
「はじめたばかりの浄土真宗」インターネット持仏堂1.2.内田 樹、はたまたま昨年妻の母親が亡くなり、私が妻の一家の墓守も兼ねることになり、そちらが浄土真宗なので、私の家のほうの浄土宗と色々作法が違い、勉強中なので面白く読みました。
あとは、養老孟司先生と、玄有宗久さんの対談「脳と魂」、佐治晴夫さんとの対談「わかることはかわること」、テリー伊藤さんとの対談「「オバサンとサムライ」はそれぞれ面白かったし、「オレ様化する子どもたち」諏訪哲二、は恐ろしい話で、キリスト教無しに(天皇に代行させて)近代化した日本の末路と言う書き方で一寸救いがない。
「独立のススメ」の本が連休ごろには本屋に出ることになりました、皆さん買ってください、成熟先進国はサラリーマン率50%なのに対して、日本は80%、これから会社や役所は手を変え品を変えて、サラリーマンを減らさざるを得ないでしょう、個人は自立・自営せざるを得なくなるのです、損得とかベキダ論を言ってる場合じゃないのです。
技術コンサルタントの世界 2005.03.31.森田裕之 Yuji Morita
「年度末」
今週、藤森かよこ先生から、ご自身が一部寄稿されている「リバタリアニズム読本」森村 進編著をプレゼントしていただきました、リバタリアニズムに関する網羅的な小事典です。
私は数年前に、初対面の副島隆彦先生に「リバタリアン技術者の森田翁」と分類・定義されて以来、気になって色々勉強してきたが、その歴史・思想は難しいので、もっぱら副島さんの名著「ハリウッド映画で読む世界覇権国アメリカ」(講談社)を頼りに、リバタリアンな映画から理解を深めようとしてきた。
藤森先生については副島さんの講演会でお会いして以来、先生の翻訳されたアイン・ランド「水源」を頂いたり、そのサイトhttp://www.aynrand2001japan.com/index1.htmlを愛読している、特に「アキラのランド節」は本当に面白い、お勧めします。
私がこれまで如何なる局面においても、少数派に属していて、多数派になると落ち着かないという性格を我ながらもてあましてきたが、リバタリアニズムを知ったお陰で、正々堂々と生きていけるようになったのは、有りがたい事である。
60年1サイクルと言う波動があると言うことが、実感する出来事が続いていますね、社会保険庁や道路公団のめちゃくちゃ振り、西部やダイエー三菱ブランドの凋落、世界一になったトヨタ、いずれをとってもエポックメーキングな出来事です。 若い友人の小暮周吾君が私の本サイト連載の技術コンサルタントの世界を編集して本にしてくれました、昨日その前書きを書いて送りましたが、今でもこんなマイナーな分野を辛うじて生きている連中の本を買って読んでくれる人が居るのかどうか、自信が有りません、皆さんもその内本屋で見かけたら一人10冊ぐらい買って、友人達にプレゼントしてください。
技術士協同組合も来年は多分創立30周年くらいになるはずです、新人も入ってきたことで世代交代が進むことになります。
組合員はネット会員とどう違うんですか、などととぼけたことを聞かないで、沢山出来た分派活動の先輩方に習って、自分から組合を利用してください。
ようやく年度末の始末も完了したし、花粉症からも一時退避する意味もあり4月1日ー10日まで、妻とLAの孫を引き連れてニューヨークに行ってきます、読みたい本も沢山たまっているし、散歩向けの新しい靴も一緒に担いで行ってきます。
技術コンサルタントの世界 2005.03.25.森田裕之 Yuji Morita
「工場見学は楽しい」
SME(society of manufacturing
engineers)の日本支部は200名位の小さなグループであるが、長いこと工作機械業界周辺のエンジニア達によって運営され、主たる活動は毎月「工場見学と講演会のセット」があり、メンバー以外のエンジニアにも参加できるように工夫されており、私のようなシニア・エンジニアはいつも大いに楽しませてもらっている。
連休の21日には、プログラム委員会が箱根の小涌谷にある金型組合保有の温泉ホテルで開催、委員の見学したい工場を各自が説明して年間計画を作るのが、恒例のイベントになっています。
委員が10数名居ますから、バラエティーに富んだ訪問先が提案されることがお楽しみの一つで、少々遠方でついでに温泉一泊などと言う計画は、大いに人気があるし、新聞を賑わすような話題の工場も、大学の先生のコネで見学可能になるなど、思いがけない楽しみも有ります。
エンジニアなら誰でも、「現場で大抵の事は教わった」と言うことを骨身に沁みて知っていますから、現場を見れば、各自それなりにその会社を知ることになります、会社もIR活動(株主に会社を知ってもらう)や公共の福祉のためにも、可能な限り一般の人にも公開するような世の中になってきました。
組合には、高嶋直一さんという今年90歳になる大先輩がいます、三菱油化の常務を引退された頃からの引退生活を垣間見てきたのですが、色んな学会のイベントに参加して、面白い研究を見つけては、研究者を励ましていました、私はよく高島さんに最近の面白い研究発表を教えてもらったものです。
見学会やイベントの時には、2−3日早めに現地の近くに旅行して、俳句を作っては何年か溜め込んで私家本として、親しい人に贈呈されていました。
会社のOB会の重鎮でもありますが、プラスチック業界のオピニオンリーダーでもあり、付き合いの狭い定年技術者の多い技術士関係者の中では、傍から見ても図抜けて楽しそうなシニア・ライフをおくっています。
私は早くからの独立・自営組ですが、自営者にも勿論定年が有ると確信しています、会社員は言ってみれば無理やり定年を受け入れざるを得ませんが、自営組は自分で決めなければいけませんから、どうしても自分に甘くなり、世間の見る見方との間に5年くらいのギャップが生まれがちです、これは先輩方を観察した結果ですが、引き際が一番難しそうです。
そんなこんなで、私の今年からの最大の関心事は、「楽しいシニアの生き方」であります。
技術コンサルタントの世界 2005.03.20.森田裕之 Yuji Morita
「変化の年」
年度末の道路工事は相変わらずだし、仕事も年度末と言う人が沢山いますね、ここ10日位の花粉症のひどさも例年並なので、世の中変わりないともいえるが、私の「山勘ーヤマカン」によると、2005年は変化の年になるでしょう。
長年の「女時ーメドキ」に終わりを告げ、憲法改正近しですね、最後の幼年学校生である、我等の大先輩本田尚士さんも、生きて元気な内にその成果を見ることが出来そうですね。
中国、韓国の日本に対する態度が明らかに変わってきましたね、嫌日教育の成果ですから、当分続くことでしょう、私は満州引揚者の中では、変わり者で(幼児の頃の記憶を抑圧している為か)独立・自営の当初から、中国、韓国とは仕事をしないことに決めて今日まできています、何回か遊びには行きましたが、好きになれません。
戦後のマスコミ・言論を占拠してきた、左派・リベラル諸君達もいよいよ拠りどころをなくして、消える寸前にあります、朝日新聞・岩波に象徴されるリベラル派の論客は、例外なく豊かな白髪の痩身と言うのは、不思議ですね。
今週、我が家の小さいほうの車を買い換えました、同じ鈴木のMRワゴンと言う奴です、近所を乗り回すのはこれがベストで、10年間に14万キロ乗り、よく働いてくれました。
早速新車を乗り回してみましたが、これが凄い、本当に進化しているのが、良くわかりました、世界一の軽自動車でしょう。
昨年の暮れにリニューアルなった銀座の交詢社(クラブ)は、私は独立・自営開始以来の30年来のメンバーですが、リニューアル後会員申し込みが殺到しているそうで、御紹介は半年に一人にしてください、と当分遠慮せざるを得なくなりました。
老人パワーの炸裂と言うのは、恐ろしいと言うのが実感です、たしか2000人の会員で平均70歳くらいのはずです。
建て替え前は、ジリ貧状態で、事務局から懸命に会員を紹介してくれとアプローチされてきたのが、うそみたいな話になってきました。
私は、前にも書いたと思いますが、自宅と別の事務所を開設するよりも、交詢社のようなクラブのメンバーになるほうが、良いと後輩に薦めています。
西部の堤さんの逮捕というのも時代の変化を象徴していますね、戦後の復興を支えた土地本位制・資本主義が崩れたと言うことなんでしょう、それにしても暴かれてみると、封建領主そのものの社長に何万人もの社員が、私達と共に何十年もこの社会に生きてきていたのだと思うと、不思議な思いに駆られます、私はそういえば、西部の関係者に知り合いが全然いないんだなあ。
ライブドアの堀江さんへの評価を聞いてみると、その人の人生観や背景が良くわかるという面白いことに気がつきました。
こういう破天荒な若者が日本にも出てきたことは、明るいニュースであり、この人が成功するか失敗するかなどと言うことは、たいしたことではないというのが私の意見です。
我が組合の周辺でも、若い人がどんどん出てき始めました、理由は色々ですが、社会の背景としても、就職しないとか、簡単に会社を辞める、とか一つの会社を勤め上げた年寄りが眉をひそめて心配するような時代ですが、私はこの変化は悪くないと判断しています、今年は若い組合員がかなりの数誕生しそうです。
この人たちは、どちらかと言うと、技術士会設立以前の「野武士の会」あたりに先祖帰りした諸君で、現在の技術士会のマジョリティーとは、全然違う人種であると言ってよいだろうと、私は喜んでいる。
技術コンサルタントの世界 2005.03.13.森田裕之 Yuji Morita
「小委員会での大議論」
11日(金)のJETO・小委員会(運営委員会と言ったり、ステアリング委員会と言ったりしていますが、会のイベントを企画したり、いわば会の推進母体=どんな会も半年、一年すると、なんとなく自然にメンバーが出来(ボランタリーにと言うか)あがってくるのは、不思議だ)で、大議論がありました。
それは、日本の普通の会社の株式上場(IPO)というのは、煎じ詰めれば「社長(オーナー)の事業継承・相続が目的なのではないか」と言うテーマです。
世の風潮からして、子供に会社を継承させることが、あたかも悪であるというような論調があり、私の大好きな副島隆彦さんでさえ、最近の船井幸雄さんとの共著「日本壊死」の126ページに「みなさんには申し訳ないが、皆さんが会社を潰したくなかったら、息子さんの首を切れ。息子に跡を継がせるな」と講演しています。」
私は、この件だけは副島先生に反対です、会社を従業員のものだと言う考え方と、株主・オーナーのものだと言う考え方の違いともいえますし、会社を社会の公器と考える社会民主主義者と、会社を株主のものと考える資本主義者との違いとも言えるでしょう。
12日(土)には、けいみ会(地域と行政を支える技術フォーラム)の小委員会があり、NPO法人のパンフレット作りや提携先を議論しました。
ここでは、我々が主張しようとしている「事前監査」とか「未来会計」と言うような言葉が、監査と言う言葉自体に出来上がったもの=過去のニュアンスがあり、言語矛盾ある言葉は使えない、という指摘があり、これまた大議論になりました。
簡単に諦めないで、やろうとしている仕事の内容にふさわしい言葉なら、主張を込めてこの言葉は残しておいても良いんじゃないかと、私は思います。
12日の午後、菅野君が連れてきた、商社の石川社長のリクエスト、インドの会社の要請する、プラズマディスプレイ製造ラインの技術者募集の話に、典型的に対応した専門技術者の諸君に、私が議論を吹っかけました。
私は、日本の会社が、外国に工場を作るので、個人の技術者に協力を求めるのには、個人が応じて大いに結構だと思いますが、外国の会社がその国に工場を作るのに、個人の技術者がこれに対応することには、賛成できません。
理由は簡単で、その個人の技術者側に問題があるからです、会合の時にさんざん喋ったので、聞きたい人には後で教えてあげます、これは商社の石川社長の問題ではありません、我々の問題です。
それにしても、議論するのはくたびれますね、皆もう少し小委員会、ステアリング委員会、推進委員会というような小さな会合でグループ活動をすることを勉強して欲しいね、独立・自営業を一匹狼などと、気取っていてはいけません。
技術コンサルタントの世界「新規・開業支援・研究会」 2005.03.08.森田裕之 Yuji
Morita
技術士協同組合は設立当初から30年近く、第一土曜日10時から2時間「新規開業支援・研究会」という会で、比較的若いときから独立・自営に踏み切った先輩の話を聞く、というプロジェクトを続けてきた。
経験からしか学ぶことが出来ない、と言う意味では、なるべく沢山の先輩達の経験談を聞いて、お付き合いいただいて、自分なりに試行錯誤するしか、一人前の独立・自営業者は出来上がらないのです。
自分や家族をとりまく状況や、自分自身を客観視すること、自分の専門分野の社会的状況、勤めていた会社以外の付き合い等は、至極冷静に考えるべきでしょう。
さて、昨年来この会に新しい参加者が、毎回3−5名出てくるようになりました、私は発足当初から欠かさず出席してきましたが、明らかに時代が変わってきたことを、実感しています。
今月話をしてくれた鐘ヶ江君は、20年位前にこの会に出てきて(その頃はピカピカの日立の研究者でした)、しばらくして独立、今ではコンサルタントを経て会社の社長業(リバーベルhttp://www.rvbell.com/Japan/index.htm)を兼ねています。
これまでの参加者の大半は若い人たちでしたが、社会情勢を反映して定年前後の人も急速に増えてきました、一寸見たところでは判りませんが、実は定年寸前です、などと自己紹介されると、(自分が年をとったからでしょうが)こんな若い人まで定年と言うのはもったいないなあ、と思ってしまいます。
そうはいうものの、若くて、家族を養うためにも、うんと稼がねばならない世代の諸君と、定年後の余裕のある諸君とは、自ずから独立・自営のための対応は異なるものになるでしょう。
技術士という資格の有り難いところは、実態はともかく技術士事務所という看板を上げられることです。
我々の仲間にも、定年後技術士事務所の看板を上げて、シニア生活をエンジョイしている諸君が沢山居ます、5−6月頃から、タイトルの新規・開業支援研究会を、若くして始める人向けと、定年後に始める人向けに分けて運営してみようと計画しています。
技術コンサルタントの世界・ 「若い会社員の独立希望者へのお説教」 2005.03.03.森田裕之 Yuji
Morita
「手っ取り早い独立は、勤めていた会社の下請けから始める、どっかの時点で複数の客の仕事を同時進行させる位にならなくては、本当の独立・自営とはいえない。
従業員の数がいくら沢山有っても、顧客が1社じゃ独立してるとはいえない、ただの下請け。」
「技術評価なんてPRするけど、出来るのか?、出来るのは技術解説、技術調査くらいの表現が無難じゃないのか」
「徒党を組んで悪いか?、雑談中にK-先輩から、君(森田)は若い頃から群れるのが好きだったよな、と言われた、一寸だけむっとしたが、世界中どんな業界だって、同業者は徒党を組んで飯を食っているんだ、独立・自営が一匹狼だなんて素人の幻想だ。」
「身銭を切れ、たとえ小さいことでも投資してみろ、資本主義社会では投資のない所にリターンは無いものと思え、何時までも日当稼ぎを追いかけていては、長い目で見ると食っていけない。」
「経営は直観力が勝負、技術コンサルタントだって、500万人いるという世の中小企業経営者と同じさ、経営者は世の中の不条理を知るがゆえに、信心深くなったり、オカルトにのめりこんだりするのさ、これを馬鹿にしてはいけない。
世の中には、計画により予測可能だという幻想がはびこっている、だが人生は結局ハプニングとイレギュラーの連続だ、直観力を磨こう。」
技術コンサルタントの世界 2005.02.26.森田裕之 Yuji Morita
23日には、群馬の大田にある、ぐんま産業高度化センター(JETOの仲間の斉藤勝政北大名誉教授が社長をしています)で、技術経営責任者協議会の第2回・IPO研究会の講演会があり、大塚政尚君がベンチャー立ち上げ、上場に至る丸秘・裏話をしてくれました、ごく普通の技術者が悪戦苦闘しながら、上場への試行錯誤を乗り越えた話は、これから上場に興味を持つ経営者にとって、とても役に立つと思います。
実際にこの地区では、上場に興味を持つ会社が数社現れたので、熱がこもり、非常に面白かったと評判でした。
24日には、青葉君が理事長の工業技術振興協会JTTASの総会があり、10人くらいの仲間が集まりました、終わった後の雑談会で、私はこのところ頭から離れない「定年技術士はどうしたらいいのか」と言うテーマを持ち出しました、答えが無いのは判っていたのですが、我々としては「楽しい雑談の機会を設けるー品のいい場所で立食パーティー・定例会」を企画することになりました。
副島隆彦さんが、著名な経営コンサルタント船井幸雄さんと共著「日本壊死」と言う本をビジネス社から出しました、特に
「公務員七割削減論」は衝撃的な提案で、そうでもしないと日本は生き残れないと言うのは、説得力あります。
我々の提案する、「役所をサポートするけいみ会の活動」とも根本的には、まったく矛盾しない考え方で、皆さんにも読んで欲しい本です。
最近、散歩の範囲を拡大してみて気がついたのですが、我が家は北5キロに武蔵一ノ宮氷川神社、南5キロに氷川女体神社が、芝川という運河沿いにそれぞれ位置しています、年とったら都心に引っ越そうと長年考えてきたのですが、最近歩いて15分くらいの所に、新都心と言う、映画館が11軒、紀伊国屋と言う本屋、スポーツクラブも2つ出来たし、散歩も楽しいので、考えを変えつつあります。
技術コンサルタントの世界 2005.02.20.森田裕之 Yuji Morita
「私には解答(ソリューション)がありません」
組合設立以来、5−6年前まで、シニアの会という楽しい会合が、初代理事長の和田先生を中心に銀座の交恂社で毎月開催されていました、覚えているメンバーも居る筈です。
私は当初から世話人を引き受けていましたが、自分自身をシニアと思っていなかった割りに、先輩方の話が面白くて、和田先生があまり出られなくなったり、交恂社が建て替えに入ったこともあり、自然消滅していました。
昨年の暮れに、交恂社が新装なって銀座に戻ってきたことをきっかけに、シニアの会を再開したいという願望が沸いてきました、理由は私自身がシニアを自覚せざるを得なくなったことです。
同窓会を含めて、同年輩の友人達との付き合いからも、家族、なかんずく妻の態度や孫の成長からも、私は名実共にシニアの世代を生きていることを、実感しています。
もう一つの理由は、これも組合設立以来毎月続いている「新規開業支援研究会」に、会社の定年退職者の参加が増えてきたことです、この人たちは、実質的には若いし、働く意欲は満々でも、勤めていた会社からは「貴方はシニアなるがゆえに、必要ありません」と出されてきた人たちで、実際こんな若いシニアが会社を離れて、そのエネルギーが活用されないのは、社会の損失じゃないかと、心配したくなります。
この若いシニアを日本の社会にうまく適応させるというような大命題は、それこそ私にはソリューションがありません。
ただ私はこの定年退職者の諸君と、若くして独立・自営の道を選択してきた諸君とは、はっきりと区別して付き合いたいと考えています。
さてこのシニアの会の構想を、松井君に話をした所、大いに共鳴・賛成してくれたので、19日の午後、土曜日の所為かがらすきの交恂社で、昔のシニアの会のメンバーだった上条君と3人ワインを飲みながら、計画することになりました。
第一回目ですから、松井君とは争点のほうが多くて(シニアの会と言うタイトルが良くないと言う議論も出ている)、まとまりませんが、今後は、青葉、奥野の両君も賛意を表しているので参加してもらい、何回か会合して、夏ごろには多分、組合(cea)主催だけど、技術士には関係ない一般の技術者の成れの果て・シニアの生き方を模索する、開かれた(仮)シニアの会を発足させる予定です。
技術コンサルタントの世界 2005.02.15.森田裕之 Yuji Morita
「本の一冊くらい書けそうな気がするが、作家として飯を食べていくのは難しいと、御存知Q
さん(邱 永漢 (きゅう・えいかん)が質問に答えているが、技術コンサルタ
ント業というのも、似ているような気がする」
貼り付けー
普通の人が本を読んで、
自分もこれくらいのものは書けるんじゃないか
と考えがちですけど、それは錯覚です。
文章書きをやりたいと思っている人は
日本の国に大体十万人くらいいると思います。
そして実際に文章だけでメシの食える人は、
大学の先生や新聞記者を兼任している人は別として、
百人ぐらいでしょうね。
ですから十万人の一人であるあなたが
プロの百人と同じ本の作り方が出来る
と思うのは間違いであります。
またジャーナリズムから認められていない人が
本を出そうとする場合は、自費出版が原則です。
ー中略ー
おかげでやっとその百人の中に入れてもらうことができましたが、
ものを書いて認められるのはそんなに楽なことじゃありません。
売れない文章でよごれた原稿用紙は
何も書いていない原稿用紙よりも値打ちのないものなのです。
貼り付け終わりー
ベストセラーを連発している副島隆彦先生も、大学教授(常葉学園)を辞めていないし、最近では経営コンサルタント業に関心を示している、私は副島さんは立派なコンサルタントになれると、期待している。
何事にも「専業」というのが難しい世の中になってきているのかもしれない。
技術コンサルタントの世界 2005.02.09.森田裕之 Yuji Morita
「先生はえらい」
内田樹(たつる)先生の、最近中学・高校生向けの新書シリーズに書き下ろした、「先生はえらい」ちくまプリマー新書を一気に読み終わり、再読、私にとってしばらくぶりの二回読み、もっとも新書版174頁の小ぶりな本です。
いやーいい本ですよ、少々抜書きしてみますと;
「この本は、貴方が偉いと思った人、それが貴方の先生である、と言う定義から始まるわけですから、「先生はえらい」というのは、本が始まった瞬間に既決事項なんです。 残る総てのページは、「人間が誰かを<えらい>と思うのは、どういう場合か?」という「えらい」の現象学のために割かれることになります。」
「誰もが尊敬できる先生」なんて存在しません。一部略、はじめから存在しなかったのです。
先生はあなたが探し出すのです。 自分で。 足を棒にして。目をさらにして。」
「学ぶというのは創造的な仕事です。
それが創造的であるのは、同じ先生から同じことを学ぶ生徒は2人といないからです。だからこそ私達は学ぶのです。
私達が学ぶのは、万人向けの有用な知識を習得するためではありません。 自分がこの世界でただ1人のかけがいのない存在であると言う事実を確認するために私達は学ぶのです。私達が先生を敬愛するのは、先生が私の唯一無二性の保証人であるからです。」
「私達が学ぶと言うことを止めないのは、ある種の情報や技術の習得を社会が要求しているから、そういうものがないと食っていけないからとか、そういうシビアな理由によるのではありません。勿論、そういう理由だけで学校や教育機関に通う人もいますけど、そういう人たちは決して「先生」に出会うことが出来ません。 だって、その人たちは「他の人が出来ることを、自分も出来るようになるため」にものを習いに行くわけですから、資格を取るとか、ナントカ検定試験に受かるとか、免状を手に入れる、そういうことは、「学び」の目的ではありません。 「学び」にともなう副次的な現象ではありますけれど、それを目的にする限り、そのような場では、決して先生に出会うことは出来ません。
先生というのは「みんなと同じになりたい人間」の前には決して姿を現さないからです。」
きりが無いので、この辺で止めますが、若い人で、これから独立・自営なんか面白そうだな、チャレンジしてみようか、なんて考えている人に、私が手を変え品を変えて、ここ何十年も主張・説得してきたことが、この本に詰まっています。
私は経験的に、技術コンサルタント業を志すなら、できるだけ沢山の先達・先輩から学ぶしかない、とここ20数年間毎月第一土曜日の10時から「新規開業・支援研究会」と看板を立てて、独立・自営の諸君に経験を語ってもらっている。
師匠と弟子の関係について、内田先生は、この本のおしまいのところで;
「師が師でありうるのは、師がいかなる機能を果たすものであるかを、師は知っているけれど、自分は知らないと弟子が考えているからです。
弟子は、師は私の知らないことを知っているはずだと想定したことによって、何かを(しばしば師が教えていないことを)学んでしまいます。そして、何ごとかを学び得た後になって初めて、その学習を可能にした師の偉大さを思い知るのです。
学ぶのは学ぶもの自身であり、教えるものではありません。 「それが何であるか言うことが出来ないことを知っている人がここにいる」と「誤解」したことによって、学びは成立するのです。」
独立・自営も独立・起業もまったく同じことです、誰かとおんなじことをやっていては業・会社にならない、技術士なんていう資格が災いして独立できない人も居ます、内田先生みたいな哲学者はすごいね、私なんかが何十年もかけてようやく「言語化」できそうな気分になったことを、やすやすと中・高生に判るような本にしてしまうのだから、脱帽。
技術コンサルタントの世界 2005.02.06.森田裕之 Yuji Morita
「映画大好き」
ご隠居さんになった友人達から、旅行記のメールを貰うと、いいなあ行きたいなー、と一時思いにふけるのだが、なかなか計画が立てられない、これでも結構忙しいのである。
妻が、「全11泊すべて5つ星ホテルのスペシャルトルコ13日間」などという新聞広告の切抜きなどちらちら見せてくれるが、団体旅行をしたことのない、協調性ゼロの私にも魅力的な企画である、出来ればいってみたい。
今すぐは旅行に行けそうも無いので、映画で我慢することにする、最近我が家から歩いて15分の所に(新都心のコクーン)11箇所の映画館が出来た、有り難い事です。
「イブラヒムおじさんとコーランの花たち」、私と同年輩のオマー・シャリフという懐かしい名優(アラビアのローレンスに出ていた)が、孫みたいな子供とパリからスイス、アルバニア、ギリシャを回り、トルコ(彼の故郷)に行くまでのロード・ムービーだった、スペイン、トルコにはそのうち行ってみたい。
「TAXI NY」 私の大好きな車の映画で、フランス映画の「タクシー」(こっちのほうが面白かった)のリメイク版、黒くて太目のお姐さんがドライバーで可愛かった。
「オーシャンズ12」 これは1年位前のオーシャンズ11の続編らしいが、情けないことにストーリーが飲み込めない、年とって来ると単純な話が良くなる、2回見るのも癪なので諦める。
「ネバーランド」 ピーター・パンを作り出した作家のジェームス・バリとモデル一家のの話で、永遠に大人にならない子供と言うイメージは、最近裁判が再開されたマイケル・ジャクソンの自宅が確かネバーランドと言っていて、彼の少年愛・症候群の象徴になっている、私にはあまり面白くない映画だった。
「ハウルの動く城」 御存知、宮崎駿(はやお)の最新作、これも残念ながらストーリーが飲み込めない、でも私はこの人の絵が好きだし、倍賞千恵子の声も好きなので大いに楽しんだ、去年孫を連れてスタジオ・ジブリも見学している。
こうやって書いてみると、結構見ているでしょう?、50年近く前の学生時代に戻っています、私は映画が好きだったお陰で、ソ連万歳にも毛沢東万歳にも染まらないで済んだのです。
「技術コンサルタントの世界 2005.01.31.森田裕之 Yuji Morita
「技術者の自立」
独立・自営の技術者は数少ない、これはもう事実として認めるしかない、ごく最近まで3−40歳代で独立始めた人は、大方会社が潰れたり、左前になったので、やむを得ず始めた人であった。
業界で一人前の技術者として認められるには、会社で10年くらいon the job で勉強する必要がある。
一人前の技術者に仕上げるには、会社はかなり元手をかけているのだから、簡単に辞められては元も子もないので、十二分に働いてもらうように環境を作り、保護するのは当然である。
こういう環境から、飛び出してきて自立した人には、これまであまりお目にかかったことが無かったが、2年位前からぽつぽつ出てくるようになった、組合に参加したかどうかは別にして10人位の顔が直ぐ浮かんでくる。
何故自立が難しいかに関して、最近読んだ橋本治さんの『ああでもなくこうでもなく3』に、面白い視点が書いてあったので紹介する。
「クロートというのは『技術』によって成り立っていて、その『技術』とは仮面のようなものである。(…)クロートというのものは、自分の技術で『自分』を覆い隠してしまう。だから、クロートには『自分』がない。有能な技術者が家に帰ったら『無能なお父さん』になってしまうことがあるのもそのためで、有能なクロートの専業主婦が、ときどき『私の人生ってなんだったの?』と悩んでしまうのもそのためである。しかし、それでいいのである。クロートにとって『自分』とは、『自分の技術』という樹木を育てる土壌のようなもので、土壌はそれ自体『自分』ではないのである。一本の樹木しかないことが寂しかったら、その土壌からもう一本の樹木を育てればいいのである。それを可能にするのが『自分』という土壌で、土壌は、そこから芽を出して枝を広げる樹木ではないのである。だから、クロートは技術しか問題にしない。クロートの自己表現は技術の上に現れるもので、技術として昇華されない自己は、余分なものでしかないものである。(…)
ところがしかし、シロートは技術を持っていない。技術を持っていないからこそシロートで、そのシロートは『自分』を覆い隠すことが出来ない。すぐに『自分』を露呈させてしまう。ただ露呈させるだけではなく、露呈させた自分を問題にしてしまう。『自分とはなんだ?』などと。
クロートはもちろん『自分とはなんだ?』なんてことを考えない。それは、シロートだけが考える。クロートは、考えるのなら、『自分の技とはなんだ?』と考える。『自分のやってきたことはなんだ?』という悩み方をする。クロートが『自分とはなんだ?』と考えてしまうのは、自分を成り立たせて来た技術そのものが無意味になってしまった廃業の瀬戸際だけで、そんな疑問が浮かんだら、時としてクロートはそれだけで自殺してしまう。」(橋本治『ああでもなく、こうでもなく3 「日本がかわってゆく」の巻』、マドラ出版、』2002年、347-8頁)
こうみもふたも無くさらけ出されてしまうと、小気味いいようなもので、専門分野にこだわればこだわるほど、自立が困難になると、この賢人は見通しているのだろうか?
話は変わるが、最近リストラによって業績を回復した会社に反省が生まれたとか、日本的経営[雇用の長期安定]の底力を指摘する話題が出てきた、私は昔から会社の経営に日本的もアメリカ的も無いと思っているので、まともに取り合うつもりは無い。
それよりも今日は「人間[技術者]は群れる」と言う論点を取り上げてみたい、最近近所の河面君との雑談で、彼が「日本人は群れるんですよ、企業内組合と職業組合の違いでしょう」(日本の会社について議論していた時)と言った時、私はとっさに「アメリカ人だろうがシナ人だろうが群れるんじゃねえか」と反論した。
後から考えてみると、欧米人はクラスで群れて、シナ人は家族・親類縁者で群れるんだなと思った、日本人は特色あるとすれば、非常に現実的[現世利益的な宗教がはやる国だもんね]というか自分の目の前、身の回り(職場、一番時間を潰す所)で群れるんじゃないだろうか。
独立・自営する技術者が一匹狼だなどというのは嘘っぱちだ、土曜日のニュウシビル勉強会に始めて参加した若い[30歳代]独立5年目の野田君の自己紹介を聞きながら再確認した。
私は、日本の学会や業界での同業者の付き合いのよそよそしさや、同業他社への就職がほとんど不可能な日本の村意識は「親の仇」である、何とか打破する方法は無いものだろうか?
見学会の案内に「同業者お断り」と慣例句があるが、学会や業界の集まりで仲良くなったら、自分の職場を先輩・後輩に見てもらったら良いのである、会社での付き合いなんてのは明日をも知れないが、業界の先輩・後輩とは、その道で飯を食っていく気があるのなら、一生の付き合いになるのだ。
目先のことばっかり追っかけているから、定年で会社を辞めて業界や資格者の付き合いに顔を出しても、相手にしてもらえなくなるのである。
技術コンサルタントの世界 2005.01.27.
「仮想敵の存在」
私は、 友人達に指摘されるまでもなく「口が悪い」、7−12歳位の時の環境に作られた性格らしく、我ながらいやみな爺である、論争好きと言って良いだろう。
小学生の頃は、満州引揚者の子供として、親父の田舎で、東京からの疎開者達と共に、多数派の土着の子供達と張り合っていたし、浦和に住み着いてからは、高校時代も、多数派のソ連・中共万歳の連中に対抗して幼稚な保守反動主義者として張り合ってきた。
就職して10年で独立、大学の友人がほぼ全員サラリーマンやっていたので、大いに対抗意識を燃やしてきた。 技術士会に入ってみてビックリしたのは、大方がサラリーマンの現役か定年後の人たちであることだった、ここでの35年間は(今でも)会社員や会社のOB意識の強い連中に、大いに対抗意識をかき立てている。 これまでの私の立場は常に少数派である、年がら年中意識してきたとは思わないが、多数派に対して闘争心をかき立てて生きてきたと、いえるかもしれない。 私は戦っている人が好きだ、副島隆彦さんは最近税務調査を受け、猛 然と闘いだした、私にはその中身については判らないが、副島さんの強みは、その経過を本に書くことが出来る、だから羨ましい。
「定年(年金)技術士」
数年前に技術士会が役所の計画に乗ってCEからPEに看板を変えてしまったが、その時の推進の中核はいわゆる会社員・及びOBの連中である、私だけじゃなく独立・自営組は大反対をした,以来、私にとって心情的には会社員とそのOBのグループは、仮想敵である,ところが最近若い人に混じって、定年後に自営の看板を出したいと言う人が激増している。 最近ceaの会合に出て来る人は、定年とはいえ、私の弟の年代なので私は若いと感じてしまう、事実今の60歳は若いし、どう考えても、まだまだ働けるに違いない。 心細そうな顔をして自己紹介などする若い年寄りを見ていると、とても仮想敵として闘争心が湧かない、逆に可哀想だなあと思ってしまう。勿論若くして独立・自営に踏み切る人は、第一の人生を賭けているわけだから、私はこれらの人たちが後輩としては一番好きだし、応援したい。このあたりの気分を、私は今年からceaを、下記のようにメリハリある運営にしたい。
1.なんたって若くして独立・自営を始める人の役に立つような運営をする。
2.定年後の人は、第二の人生なんだから、それをわきまえて謙虚に、若くしてやっている人を立ててもらう。
3.定年後の人にボランティアを勉強してもらう、生涯現役は趣味の世界に限定してもらって、専門分野についても若い人の補佐的な役割をするように心がけてもらう。
4.今後沢山出てくる、団塊の世代の若い年寄りが、どう行動したらよいのか、「定年技術士懇談会」のような会合を準備したい、誰か年金技術士がリーダーシップを取ってくれないか?
「お金の話」
大方の人は、サラリーマン経験者だから、独立を果たしてからも、月収だとか年収と言うようなお金の話をするのが常識であり、独立を果たした諸先輩も、「ようやく勤めていた時の収入を稼げた」と言う話をする人が多い。 私も10年間勤め人を経験したから、最初はそんなフウに考えていたが、今独立・35年のお金の稼ぎ方を振り返ってみると、何年かおきに4回位どどっと入ってきて、あとはジリ貧の稼ぎだったと記憶している。
長いこと続けていると言うのは素晴らしいことで、ジリ貧の時に諦めたり、病気になったり、死んじゃえば、それでおしまいである。
独立・自営を始めた人は、原則的にはお金の入り方を計画 するのは無駄な努力です、あまり「取らぬタヌキの皮算用」はしないほうが精神衛生上よろしい。
仕事のタネはいくら考えてもいいが、お金は結果として入ってくるだけで、自営業と言うのは本当に明日をも知れない職業だと思います。
面白いことに、同業の仲間内では、あまり稼ぎ高の話題に触れないのが礼儀になっている、多分短期的な収入の波を語り合うことの無意味さを、心得ているからである。 それでも、子供を育て上げ、家を構 え、良い車に乗っているし、会合に出てくる人は、長い目で旨くいっていると考えるのが常識です。 私の年齢になると、本当にそんなにお金は要りません、ずっと若い頃から、お金が欲しい欲しいと思ってきたのですが、バイパス手術する前に計算してみたら、全然いらないことに気がつきました。 真面目に定年まで勤めて、退職金・年金を貰っている若い定年技術士の諸君は、現役の人と張り合ってお金を稼ぐ必要あるんだろうか?森田裕之
技術コンサルタントの世界 2005.01.23.森田裕之 Yuji Morita
私は今度のけいみ会 http://www.cea.or.jp/insp/ によるNPO法人設立に際して、「資格者が公務員の下働きではなく、直接責任者として公共事業にかかわるような制度改正運動」を政治的な主張とする提案をしたい。
その根拠は、公務員には;国家公務員法は、公務員に「国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務すること」を求め、「信用失墜行為の禁止」など倫理観にまで踏み込む規定が設けられている。
資格者にも、技術士法には;(技術士等の公益確保の責務)
第45条の2 技術士又は技術士補は,その業務を行うにあたっては,公共の安全,環境の保全その他の公益を害することのないように努めなければならない。
又倫理要綱も;技術士は、公衆の安全、健康および福利の最優先を念頭に置き、その使命、社会的地位、および職責を自覚し、日頃から専門技術の研鑽に励み、つねに中立・公正を心掛け、選ばれた専門技術者としての自負を持ち、本要綱の実践に努め行動する。
と言う具合に、公務員となんら引けを取るものでないことは、一目瞭然である。
御承知とは思うが、公共物にはPL問題が存在しない(設計責任が無い)、特許権も認められない(と思うが尾崎君に聞いてみましょう)おかしな世界である。
公務員と言うウルトラ無責任になってしまう人たちを、最小限にするためのささやかな運動を始めたい。
技術コンサルタントの世界 2005.01.16.森田裕之 Yuji Morita
「自立していると言うこと」
独立・自営を旗印に技術士協同組合の運営にかかわって来たが、下記の内田樹(たつる)先生の「自立」についてのお話ほど、今の私の琴線に触れる解説は無いので、転載します。
貼り付けー
「自立とは何か」
ということについて、私はこれまで何度もいろいろな機会に語ってきた。
ひとことで言えば、それは「自分がどのような依存関係に含まれているかを俯瞰できる知性を持つ」ということである。
奇妙に聞こえるかも知れないが、「自立」を基礎づけるのは、「自立」という個別的な事実を宣言することではなく、「依存」という包括的な関係を意識することなのである。
「自立していない」存在を考えればすぐにわかる。
幼児は自立していないが、それは自分が「何に依存しているか」をことばにすることができないからだ。
幼児的な大人の場合には、自分が「何に依存しているか」をことばにできる場合もある(「家族」とか「会社」とか「教祖さま」とか「イデオロギー」とか)。
しかし、「幼児的な大人」は、何が「自分に依存しているのか」をことばにしようとする習慣がない。
自分がいることで何が「担保」されているのか、自分は他の人が引き受けないどのような「リスク」を取る用意があるのか、自分は余人を以ては代え難いどのような「よきこと」をこの世界にもたらしうるのか、といった問いを自分に向ける習慣がない。
生きている限り、私たちは無数のものに依存し、同時に無数のものに依存されている。その「絡み合い」の様相を適切に意識できている人のことを私たちは「自立している人」と呼ぶのである。
だから、自立している人は周囲の人々から繰り返し助言を求められ、繰り返し決定権を委ねられ、繰り返しその支援を期待される。
「私は自立している」といくら大声で宣言してみても無意味である。
自立というのは自己評価ではなく、他者からの評価のことだからだ。
部屋代を自分で払っても、自力でご飯をつくっても、パンツを自分で洗っても、助言を求められず、決定権を委ねられず、支援を期待されていない人は、その年齢や社会的立場にかかわらず、「こども」である。
別に私が言っているわけではない。
孔子さまだってそうおっしゃっている。
貼り付け終わりー
付け加えることは何も無い、ただ長いこと、多勢のサラリーマンから独立・自営する人たちと付き合ってきたが、名実ともに「自立」出来るのは3年位の年月を必要とすることだ。
技術コンサルタントの世界 2005.01.10.森田裕之 Yuji Morit
「同義反復」
8日には今年初めての技術士協同組合の恒例イベント、新規開業支援研究会に出席しました、月例会で204回目と言いますから17年もやっている伝統ある会合です。
私は遅刻して途中からでしたが、独立3年経った内田守彦(機械)君がスピーカーで、質疑応答の時間らしく、ISOの仕事に関して議論していました。
A君(サラリーマン)が、ISOの審査員は供給過剰で仕事量も減少しているし、止めたほうがいいんじゃないかと質問したら、独立5年経った前坂君が審査の次のステップでコンサルタントの仕事に結びつける機会があり、まだまだISOの仕事は重要なアプローチであると、論じていた。
私は、両方ともファクトとしては正しいが、A君は矢張りサラリーマンの限界で「耳学問的に技術士の仕事を知っている」が、ゼロベースから顧客を捕まえたことが無いから、プロ5年の前坂君が正しい答えをしたと思っている。
今月も3人の新人が出席していました、この「傾向」は定着しましたね、「対策」は年金組と3−50歳の定年前組を明確に分けることを、それぞれの先輩達(年金組みは年金組みの、若くして始める人には、そうやって来た先輩達)が考えておく必要が出てくるでしょう。
同じような話を続けると、半年前に従業員12名のサプリメント開発会社の社長を引き受けた宇都宮徹君の年賀状に、「サプリメント業界は成長を続けているが、今年6000社が参入、平均売り上げ4000万円(サントリーのような大会社を含む)という大小入り乱れた大変な所です」と書いてあった、比べるのもおかしいが、確か3−4年位前に独立したゴム成形の専門家濱田裕君は年賀状に「仕事が忙しくて忙しくて組合の会合に出られません」とぼやいている。
急成長を遂げるサプリメントと比較するのもおかしいが、多分濱田君のような経験ある人は、簡単に作れないのか、いずれにせよ濱田君のマーケッティングの勝利である。
独立し、しばらくして飯が食えるようになってから考えてみると、始める前に色々心配のあまりに「手を打ったつもりのことが、馬鹿げたことだったのか」良くわかる、特に会社員であると言う立場と、辞めた人は、立場がまったく異なるんだ、と言うことが、会社員には(理屈では判っているつもりでも)実感としてわからない。
役人みたいに、関係会社に会社やめたらコンサルタントとして雇ってくれなどと根回ししておくなど、もってのほかである。
想像したり、勉強してもわからないのだから、8日の研究会後半に大先輩の畑明さんが言ったように、楽天的に出たとこ勝負でいくしかないのである。
ついでに、同義反復ではあるが(同じテーマを角度を変えて繰り返し述べること、私の好きな副島隆彦さん、橋本治さん、内田樹さんが実施しておられるので、私も安心してマンネリの主張を展開すると、)技術コンサルタントを始めようとする人のオーソドックスな機序(シナリオ)は、第一に「本を出す」、ホームページを作る、技術士協同組合に入り、色んな会合に顔を出し、まずは仲間に「自分は何をやってきたけど、これから何がしたい」と言うことを理解してもらう、ここまでやってみて1−2仕事の話が来なかった人は、どっかが間違っているのだから、もう一度この機序を書き直してやり直すしかないだろう。
技術コンサルタントの世界 2005.01.01.森田裕之 Yuji Morit
「年頭雑感」
明けましておめでとうございます。
ついさっきまでの2004年はなんとまあ説明できない、解釈不能な出来事の多かったことか、無事に生き延びて新年が迎えられるのは、運がいいんだと言うのが実感である。
運がいいといえば、30日の我が家恒例の餅つきは、快晴に恵まれ、20kgのもち米を70名近い参加者で食べつくしました、私は朝の支度で前日に積もった雪かきをしただけでくたびれてしまい、力仕事はヤング・ジェネレーションに任せて、一日中酒・ワインを飲みながら来客の皆さんとお喋りをしていました。
アメリカのLAから我が家の孫達、ラスベガスから名手さん、オランダから吉田君(副島さんの弟子)、野本君のガールフレンドの中国人等の外国在住の皆さんには、こういうイベントはことのほか興味があるようだ、私は別に日本の伝統を絶やさないようにやっているわけじゃなくて、単に楽しいから止められなくなって35年もやってしまったと言うことである。
考えてみれば、一家が健康に恵まれ、毎年続けることが出来た上で参加者が増えてくると言うのは有り難い事で、息子供の世代もこういうことは嫌いじゃないらしい。
昨日からコタツの中で年末に買いだめした2005年を予想した本を読んでいる、いわゆる寝正月である。
私自身は物心ついた頃から、自分のことに関してはケセラセラの楽観主義者だから、あまり計画を立てるような趣味は無い、出たとこ勝負一本やりである。
昨年には次男の洋平が広告会社を辞めて(グラフィック・デザイナー)自営業を開始した、元居た会社から仕事を貰って自宅でパソコンを睨めっこしている。
私は彼の仕事の内容は良く知らないが、デザイナーなんていうのは常識的には飯を食っていくのに大変な業界だし、商売だと思うが、そんなこと言ったら、我々のような技術コンサルタント商売だって、常識的には難しい商売だと世間では思うだろう。
私の持論だが、世の中には業種として儲かる、良い業種と言うのは無い、どんな業界だって旨くいく人と駄目な人がいるだけだ、資本主義社会というのは、そういう社会なのです。
日本のことについては、これまた楽観的で、外国在住の諸君が里帰りをして、如何に日本は良い国であるかに気がついたと本音を言ってくれる、ただ長い目で見ると役人の世界は縮小圧力が続いて半減するまで行くだろう(副島さんの餅つきの時の立ち話)、これは仕事が無いのだからしょうがないね。
事大主義者(強い人についていく人達)には生き難い世の中になってと思う、何しろ強い人は沢山いるのだが、賞味期限が短くなってきている、カリスマとか独占企業とか勝ち組とか言っても、明日をも知れないということが露骨にハッキリしてきました、これも資本主義社会というのはそういう社会なのだろう。
世界の理解に関しては、正直な所判りません、ただ副島さんの言うところの政治と経済は車の両輪、バランスを取って世の中は動いていると言う仮説は、信じるに足る物の見方だと思っている。
それから2004年がそうだったように、2005年も考えてもいなかった、あっと驚くような出来事(サプライズ)があるでしょう、不条理な事件・出来事が発生し、何年かたって実はこういうことだったんだ、と暴露されるに違いありません、なぜなら人間は計画・戦略・陰謀・喧嘩が大好きだからです。
2004年に兆候が現れ、2005年にはもっと顕在化しそうなことに、若くして独立・自営に踏み切るエンジニアが増えてくることがあります、失業率統計を見ても、ceaの各種会合でも明らかです。
我々この道の先輩として、精神的だけじゃなく、実際に役に立つグループになるよう試行錯誤を続けましょう、面白そうなことは躊躇無くやってみようと言うスローガンは如何ですか?