森田裕之の独立自営のコラム 2009年
技術コンサルタントの世界 2009.12.26
今年は、私にとって如何なる歳であったのか、1972-3年の第一次石油ショックによる社会の変動に匹敵するチェンジが始まったのかもしれない、私は自分史を考えると、何時も言うが、満州で8歳まで「お坊ちゃま生活」から「難民生活」への変動、大学卒業が1960年安保の歳など、ある種の「時代の子」が爺さんになったと言う意識がある、このまま安楽な「ご隠居さん」として死ぬはずないなあ、と何時の間にか、「乱世を待望」している。
最近気に入っているのは、後輩の田原 譲君のメールで、その一部を彼に無断でコピペする、
貼り付けー
不躾ですが、この場をお借りして1年のお礼を申し上げます.
4月に退職し独立・自営に踏み切りました.
それまでは漠然と定年後人生を想定していましたが技術士協同組合に参加するようになって気持ちが守りから攻め変わってきました.
会社組織を離れると無力であることを再認識しましたが独立・自営の主体的人生というイメージが希望を抱かせ日々楽しい気分です.
先輩の方々への一番の尊敬は実績からくる説得力です.
自分も将来何かひとつでも人に語れる実績を作りたいと思います.
今後ともよろしくお願いいたします.
この1年のご指導ありがとうございました.
貼り付け終わりー
今年のceaの三つの研究会は、それぞれ先端技術ガラミで軌道に乗ってきた、「イヤシロチを科学する研究会」は、先達が居る奥の深いテーマで、我々の役割は、最近の先端技術に関係付けて、特に「人間に関わる仮説」を世の中に提案することにある。
我々の研究会は、講演会・見学会・本の出版がセットになっており、仲間と組んで仕事のできる人は新人でもクワイト ウェルカムである。
30日は我が家の餅つきの日です、20KG搗くが、大勢来るので食べつくしてしまうとおもいます、ceaの諸君は、遠慮なく顔を出してください、北浦和駅を降りて、浦和高等学校の正門前で電話してくれれば、案内します。
技術コンサルタントの世界 2009.12.20.
16日には、イヤシロチ研の有志7名で、信州・中央アルプスにある「文杭峠」http://bungui.fineup.net/
にでかけてきた、会員内に写真が載せてあります、マイナス7度で雪の降った後と言う悪条件でした、午後4時ごろで日没まじかだったので、じっくりと「気を感じる間もなく」帰路につきました。
静電気とか磁気とか見えないものが人体や精神に影響を与えているだろう、と言うくらいの、軽い気持ちで勉強会を始めたけど、なかなか奥が深いテーマが色々ありそうで、当分は先達が何処までいっているのかを調べたり、ミニ講演会を開催したりする活動になるだろう。
18日は、大塚君の「両毛生き残り研究会」の5周年記念の講演会がありました、東京から60キロ圏の小規模自治体が、合併をせず、ゆるい連携をしながら、東京の市場を意識しながら、地域資源を活用し、どのように活性化するか、という課題に取り組むという企てです。
200名位集まり、100名位がパーティに出席しました、技術フォーラムの原田理事長が挨拶をしたり、顔見知りの技術士の関係者2-30名が参加して、会話を楽しみました。
技術コンサルタントの世界 2009.12.14.
12月12日は、今年の締めくくりのピークの日でした、9時から新橋で「技術フォーラム」・監査人の月例の会合、24-5名の出席者で、スタート3年目?かな、軌道に乗ったと言っていいだろう。
午後は、千代田プラットフォームで、吉田君の「技術士の論点」、島田君の「サバイバル研」、高堂君の「ニューシビル研」出席者は20-22名位で、盛況である、今回は「イヤシロチを科学する研究会」を発足させる第一回の会合を兼ねた日ということで、盛り上がった。
この分野は、始めに大坪君が解説してくれたが、楢崎皐月さんという先達が居て、イヤシロチという言葉も楢崎さんの造語で、静電三法という大部の著書が、楢崎さんの静電気対策研究の全てが書かれている、大坪君がその要旨を解説してくれました。
私が最近APP・大気圧プラズマ研究会の講演会で聞いたシャープの研究所のプラズマ装置の付いた空調機の効果や、見学した浜松ホトニクスの弱X線による静電気の消滅、日進産業のデモ室でのセラミックのマイクロナノ微粒子の入った塗料の断熱効果等は、最近の先端技術による静電気対策の一環である。
静電気との戦いということでは、味気ないので、私は「人間が心地よく生活する為には、どういう土地に住んで、どういう家を設計して、どういう内装・家電製品を設置したらいいのか」というテーマの追求を「イヤシロチを科学する研究会」という勉強会で、しばらくやってみようと思う。
ということで、流れとして5時ごろに神田駅前で15-6名が一杯飲み、出来あがり帰りかけた時に携帯が鳴り、上智大・清水教授から微粒子問題研究会のステアリング委員の飲み会のお誘いがあり、急遽、根本君に付き添ってもらい、麹町の会場に行き、大久保君以下12-3名居た諸君と、乾杯のダブルヘッダーになりました。
予定ですが、16日には磁場ゼロと言われているイヤシロチ、南アルプスの分杭峠・http://bungui.fineup.net/#koutsu
にでかけてくる予定です。
技術コンサルタントの世界 2009.12.07.
時代の変わり目を実感している、街の食べ物やが変わった、アトランダムに書いてみると、最近のラーメンは50年来食べてきたラーメンとは、似ても似つかぬ食べ物である、マックのコーヒーがうまくなった、うどん屋・ギョーザ屋が激増した、街の店は食べ物や以外は姿を消し、百貨店がなくなり、巨大モールと小さな食品スーパーになってしまった、2-30年前のアメリカと同じだ。
私の付き合っている業界でも、ここ半年は仕事が半分だから一日おきに働いているというような、変則状況でアップアップしている、論理的に考えれば、アメリカが昔やったように、同業者の合併や提携で市場の縮小に対応するしかない。
海外展開も対応策の一つだが、単独では出来ない会社は、グループや同業他社との提携で出て行くしかない、コンサルタントの活躍する時代がやってきたと、思案している。
補助金ネタも昨日の会合で、山本世話人・プラズマ研のテーマで7つのテーマの申請書類を準備することになった、できるだけ新人・比較的若い人は、勉強の為にも「申請書類を書く仕事」をボランティアで、引き受けてください。
統計的には、5つに1つが合格するんだそうです、落ちてもめげずに、提出するつもりですから、参加してください。
前準備が長かったが、12日のニューシビル研で、「イヤシロチを科学する研究会」の第一回のステアリング委員会を開催する運びになった、興味ある人は参加してください。
技術コンサルタントの世界 2009.11.30.
21日(土)は、早稲田の大聖教授主催のモビリティー研究会のシンポジウムの午後の部に出席、自動車会社の諸君が主体だが、パネラー達があまり元気がなく、参加者にシニアが多いのも特徴で、時代の流れを感じさせる。
連休は、プールと東京都内の紅葉を求めてリラックスした、定点観測の三越本店のデパチカ、銀座一周散歩で、中国人ファミリーの激増には驚きだ。
24日は千葉工大でのプラズマ・APP研究会のステアリング委員会があり、旭サナックの伊藤君が、現在のプラスティック塗装に関するショートレクチャーをしてくれた、鐘ヶ江君の強力プラズマが、現在難問とされるPEやテフロンに効力あるかどうか、チェックすることになった。
25日はロボット展見学、26日はSMEの企画の、浜松にあるホトニクスと言う会社の工場見学に出かけた、光を電気に変える部品を作っている会社で、不況を感じさせない売り上げ700億円のグローバル企業でした。
27日は、JETOの講演会で、三技協という1000名くらいの電気通信工事の会社の社長・仙石道泰さんの、ー「見える化」のオプテマイゼーション経営とはー、を聞きました、パソコンをとことん利用して、総務部長が居ない会社になったとの事です。
28日は、午前中は原田敬美くんの技術フォーラムのシンポジウム、セキュリティのテーマで、現職の警察官の中島さんと、建築士の青山さんのミニ講演がありました、今の新しいマンションのセキュリティ状況が良くわかりましたし、警察はしっかりした統計をもとに、方針を決めて犯罪に取り組んでいるんだなと、よくわかりました。
午後には、会場:社会文化会館 三宅坂ホールに出かけ、副島さんの講演会、『民主党新政権と米ドル体制はいつまで続くか(仮題)』講師:副島隆彦+ 植草一秀
に行きました、2人ともブログを読んでいるので、ビックリするような内容ではなかったけど、世界を大きく掴む副島さんに話は、何時の感心しています、菅野君が来ていました。
夜は、私の長年のスポンサー2人と渋谷道玄坂の高級焼き鳥屋で飲み食いをして、夜中の1時半に帰宅しました、いささかくたびれた。
技術コンサルタントの世界 2009.11.22
19-20日には、奥多摩の御嶽駅前にある河鹿園という旅館で、大学の研究室の1960年卒業・同期生が9名集まり、温泉に入り懐旧談をタネに酒を飲みました。
東京に生まれて育った野村君が三菱・長崎に勤めて、長崎に居ついてしまった話が一番面白かった、日本の戦後の一番元気の良かった1960−2000年の、典型的日本の大企業・三菱重工の話は、技術者・経営者と言う側面からは、光の当たった、輝かしい戦後史なんだ、「負けた先進国に追いつき、追い越せ」という単純明快なスローガンで、一生を送ってきた、幸運な世代と言える。
長崎の最近の話題は、歌手の福山雅治
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E5%B1%B1%E9%9B%85%E6%B2%BB
で、同行していた私の妻が現在、追っかけに近いくらい好きな歌手と言うことで、大いに盛り上がっていました。
20日には、今年始めての忘年会がNMB研・千葉工大の尾上研のある津田沼の焼肉屋でありました、NMBの応用は分野が広く、来年はかなり色んなテーマで、仕事が作り出せそうになり、楽しみである。
人を集めると言うこと、人が集まらなくなること、長いこと色々経験してきたけど、なかなかすっきりとは判らない、人生の機微に属することに思えてきた、面白いテーマだ。
技術コンサルタントの世界 2009.11.15.
技術監査人に関して技術士資格者の関心が高まっていることが感じられる今日この頃である、近い将来には、技術士諸君の大きなマーケットになるであろうことは、最近の政治状況を見ていると、誰しも感じていることでしょう。
今週は、13日の金曜日に、技術士会に会議室を借りて、森会計事務所の森さんにお願いして、初歩的な「公会計」のレクチャーをしてもらいました、14名集まり、監査人を志す勉強好きの諸君も、プロの森さんの話は、目からウロコだったでしょう?
このテーマはしばらく続けたいので、希望者は世話人の石川君に連絡して参加してください。
14日(土)には、吉田君の論点シリーズの一環として「シニアの論点」と言うようなテーマで、近日中に鹿児島・国分の故郷に引っ越すことになった、本田尚士先輩の話を聞く会がありました。
82歳にして、引退と言うような雰囲気はまったく感じられない、気迫のこもった仕事や転居の話に、出席者一同ビックリしたでしょう、私は40年来のお付き合いですから、相変わらずの先輩だなーと、別な意味で感無量でした。
同日のニューシビルの会では、「イヤシロチ(を科学する)研究会」世話人・根本君がようやく発足した、私の思いつきを高木君が、このメールの添付にあるように、しっかりと肉付けしてくれた。
私は、日本に存在している、全所帯の数パーセントかも知れない、自宅の設計費用を建築士にちゃんと払える「ユーザー」と、地域に根ざした住宅の設計が出来る建築士及び「メーカー・工務店」の皆さんの「参考書」が、このプロジェクトの一つの成果であることを期待している。
とに角、色んな分野の諸君が参加してくれないと仕上がらないテーマだから、cea・組合というグループでこそやるべき仕事だと、確信している。
技術コンサルタントの世界 2009.11.08。
日本全体の大転換期に入ったと言うような気分になれないところが、幕末の幕藩体制下の侍たちなのか、戦争に行きはぐった敗戦時の若者なのか、後になって見ないと判らないのだとは思うが、それでも、昨日出た副島隆彦さんの「ドル亡き後の世界」や、出井伸之さんの「日本大転換」、山崎養世・竹村真一さんの「環東京湾構想」などの本を読んで、近未来の日本の姿に関しては、非常に気になっています。
気分はともかく、日常生活は相変わらず、2-3日に一度はプールで泳ぎ、日曜日は東京に車で出かけ、土曜日のceaの研究会には出来るだけ顔を出しています、たぶん私が一番出席率がいいでしょう。
研究会のテーマが3-5位になってきて、組み合わせが出てきたら、途端に補助金申請してみたいテーマが少しずつ出てきました、面白いもんです。
後はチームの世話人(ベテラン)が、色んな分野の参加者による情報収集、新人が書類作り等の、自営業者のチームワークを如何に保持してやり遂げるか、大袈裟に言うと,技術士制度始まって以来の伝統が問われる所だ。
技術コンサルタントの世界 2009.11.01
秋らしくなってきました、私は紅葉の山野をドライブするのが好きなので、これからの一週間の間に、出かけます。
さて今週は技術監査人の関係で、我々のグループ以外の諸君に会ったり、新人を勧誘したり、監査について考えることが多かった。
監査と言う仕事の分野は、技術士資格者にとって大きなマーケットであることは、誰でも気がついていることで、あらためてここで述べるつもりは無い。
昨年、会社法が改正されて、会社の監査役に会社に関係ない人が居ること、と決まったが、日本では急に変えられないので、今のところ一部上場会社からということになっているが、グローバルスタンダードでは、auditor=監査人は、会社・役所・学校どんな組織でも「組織外部の人」である、日本も徐々にそうなっていくだろう。
技術士会では、1970年代の始め頃、私が青年技術士会で独立志望の諸君とわいわいやっていた頃から、役所の監査業務を開拓していた、シビルの先輩グループがあり、技術士会の看板を掲げて仕事をやっていた。
今考えてみれば、随分先見の明のあった先輩達で、あれから40年も経ってようやく日本の社会も、auditor=監査人は外部から、と言う制度改革が始まったと言うべきだろう。
今しばらくは、過渡的な時期だから、技術士試験に合格したと言うだけの諸君は、現実の監査人の仕事が出来るわけではない。
私は、数年前に前・港区長の原田敬美君と、こういった社会の状況から、技術士資格者を監査人に仕立てるNPOを作ろうじゃないかと相談して、NPO・地域と行政を支える技術フォーラムを作った。
私は技術士資格者が、自分の住んでいる地元の会社・役所・病院・学校などの組織活動の監査人になると言うのは、素晴らしい「独立・自営業者の地元で看板の出せる仕事」であると信じている。
定年前後の諸君と30年来付き合ってきた経験からも、技術監査人の仕事はお勧めである。
誰でも、会社で監査役をやっていたとか、監査を受けたことがあるとか、何らかの監査に関する薀蓄があることは認めるが、自分が外部からある組織の監査をするということは、それなりの基本的な勉強やプロフェッショナルとしての態度が必要になる。
世話人・石川君の公会計勉強会も会場・技術士会で13日からスタートする、NPO・技術フォーラムでは、先輩が役所で実際の監査をやっている現場を「陪席」できるような、教育的措置もとっている。
技術コンサルタントの世界 2009.10.24.
16日には「塑性加工展」でお台場を久しぶりで歩き回り、小さい小間で面白いことやっているなあ、と感心するような会社を見つけては、一人で勝手に喜んできた。
長年にわたる私の見本市の楽しみ方です、同日上智大で「微粒子問題研」のステアリング委・があり、新しいメンバーの棚橋君から「溶射技術」の話があり、私の知らない分野の機械屋の話で、沢山の眼からウロコの落ちる話があった。
軍や航空機の分野で発展してきたので、いまでもアメリカ追従と言う印象です、まだそういう特殊分野があるんだ。
19日には藤田・掛川君同行で、姉ヶ崎の出光の研究所見学をしてきました、創業者の「お客様は神様です」精神に満々している、気分の良い研究所でした、ceaメンバーの川崎君の居た会社で、今は顔見知りの川崎君が案内してくれました。
来年くらいに補助金申請する計画です。
20日は、千葉工大尾上研で、APP・プラズマ研のステアリング委・がありました、ここでも来年を目指して、補助金にチャレンジしようと言うことになっています。
22日は中村君に誘われて、日立の原子力研究所の中性子ビーム装置の見学に行ってきました、我が家の近所に原研の社宅があり、出来の良い子供が居ることは、私がPTAの会長をしていた頃から評判でしたから、その連中の職場を始めて見たと言うことになります。
私は、油がなくなったら、原子力発電所を作るべし、と言う意見の持ち主として、非常に安心した。
また、いざとなったら、原爆なんか10日位でできるんじゃないか、と、これも大いに安心した。
23日は朝からプールに出かけて、50分・2KMのんびり泳いで、午後からパソコンの前で居眠りをしています
技術コンサルタントの世界 2009.10.17.
今日は、毎年出ている、「2010長谷川慶太郎の大局を読む」を読んで、こりゃ来年はただ事じゃないなと思い、10項目の気になったことをメモして、諸君の仕事の参考にして下さい、勿論自分で本を買って読むことをお勧めします、この長谷川さんは、私が独立した最初の石油ショックの頃に論壇デビューして、以後私は近未来予測はこの人と決めています。
*ベンチャーの時代は終わり、大企業時代が復活する、国際的な大合併連合時代に、世界は突入した。
*ハイブリッド自動車は電気自動車への、ここ数年の場つなぎでしかない。
*日本ガイシのNAS(ナトリウム硫黄電池)、三菱自動車がリード、本田・トヨタは遅れている。
*新幹線技術、地デジ技術、
*鉄鋼・電力の環境技術、
*海水淡水化技術、
*電機業界は重電にシフト、家電・パソコン・携帯・軽薄短小のマーケットはアジアに移転
*アメリカは全ての製造業が消える、農業と金融で生きる、ニューヨークは世界金融の中心。
*中国は、「世界の工場」から、「世界の市場」に方向転換した。
*北朝鮮は崩壊して、特需の風が吹く。
以上です、私は機械のエンジニアとして、自動車のメカ部分・部品が2-3割になるというのを見るに忍びない、でも100万円の軽が出たら、買うことになると思うね。
技術コンサルタントの世界 2009.10.12.
7-9日は第39回日韓技術士会議がインチョン(仁川)で開催され参加してきました、本田尚士先輩が、戦争前は日本人だった韓国側の技術士の先生方と40年も前に作った会合です。
今年は、日本から100名、韓国側から200名参加者がありました、私は今年から委員を引退していますが、イベントには妻を同行して参加しています。
日本語を喋る年輩の韓国側の先生方が激減して、代わりに英語だけで議論する分科会あたりが元気が良いとのことです、私が委員のときに提案した分科会ですが、仕事で韓国に関わっている若い武田君達の日韓の交流の時代に徐々に変わっていくことでしょう。
10日は朝早くから、NPO・技術フォーラム・技術監査人の会合があり、3年も経つと色々解決しないといけない問題が出てきて、大いに気合が入りました、私はグループ立ち上がりのこうした時期が大好きで、うまくいくようになると気が抜けてしまう、悪い癖があります。
10日の午後は、サバイバル(島田)・ニューシビル(高堂)の両研究会を通じて「イヤシロチを科学する」テーマで、高木君の息子の博さん・脳科学者の「気分の良くなる脳の働き」のレクチャーと、高木君のこれまでの、沢山ある日本のイヤシロチに関わる科学的情報の分析・解説があり、大いに盛り上がった。
飲み会で、田原君が「外国にイヤシロチというようなコンセプトはあるのかなあ」、と言ったので、即座の思い出したのは、アメリカの有名なモルモン教の聖地ソルトレイク市である。
私は、イヤシロチという言葉は案外新しい造語で、輸入されたコンセプトのような気がしている。
草津に行くと判るが、ドイツ人ベルツ博士によって開拓されたとあり、箱根・軽井沢などのいわゆる別荘地・気分の良くなる土地の発見は、全部外国人の開拓に由っている。
私は、まったく信心には無関心な男であるが、神社が好きで、散歩も大宮の氷川神社、浦和の氷川女体神社、調(つきのみや)神社に交互に出かけている。
神社には「気分が良くなる装置がある」からではないか、イヤシロチだからではないか、と言う仮説である。
建売ゼネコンの橋本さんからは、本気で「イヤシロチを科学する研究会」の仲間に入れてくれと、頼まれている。
頼りになるような研究会が運営できるかどうか、しばらく様子を見ることにしましょう。
技術コンサルタントの世界 2009.10.07.
3日の独立・開業支援研究会は、2回目以上の参加者ばかりだったので、私は「技術士は当初は世の中の人からは、専門家と見られていて、その期待に答えなくてはなりません。
しかし少しずつでいいから、技術コンサルタント的な仕事も増やしていく必要があります、専門家としても業界の先端的な分野を把握していないといけませんが、cea・組合などの研究会・飲み会の付き合いの中からうまくやっている先輩を見習って、研究会のコーディネーター・世話役なんかを引き受けて、技術コンサルタントにならないと、途中で消えていくことになるよ」
と言うお説教をしました。
独立・自営の業者の基本は「マルチ・クライアント」じゃないかと思う。
形式的に、独立していても、お客が一社では精神的に独立出来ない。
厳しいことを言うようだが、私が長年付き合っている会社は、全部マルチ・クライアントです。
ある会社から下請として独立した会社での、私のコンサルタントとしての仕事は、主として顧客の開拓・マーケッティングと言うことになります。
7-9日は韓国のインチョンでの、日韓技術会議に参加してきます。
技術コンサルタントの世界 2009.10.02.
10月1日、高堂君に先を越されたが、昼飯を食べて直ぐ、新三郷に新しく出来たばかりの「ララポート」見物に出かけた、なにしろウィークデイでなければ、駐車場にたどり着けないという、巨大な消費の現場である。
ゆっくり見物して、朝食用の一斤10枚切りのパンを買って、隣の巨大家具屋のイケヤ(スウェーデン)に移動、ジュウタン一枚と最近急増したネクタイ用のハンガー一個と、スウェーデン料理用のインスタントマッシュポテト・肉団子のセットを買い、帰宅した、半日がかりの見物・買い物ツアーである。
世の年寄りは、地方のシャッター街、子供の居なくなった町角を嘆き、挙句の果てに日本の将来まで憂うのが、流行しているが、金曜日の午後でもララポートやイケヤ、又その隣のコストコ(アメリカ)には、若者達、若い夫婦・子供連れに溢れている。
cea・シニアの諸君、機会を求めて、子供さんや若い人に、日本のこういった消費の現場に連れていってもらい、現実を良く見ることをお勧めします。
たまに故郷に帰ったり、旧知の旅行先の街の寂れた様子を見ると、気がめいってくるのは、判らないでもないが、子供だって居る所には沢山居るのです。
9月30日は、夕方新橋の粋心で、「本田尚士先輩の出版記念・パーティが、日韓技術士会議の諸君中心で開催、25名集まってお祝いをした。」
本田さんは、今年中に故郷の鹿児島(国分だったと思う)に家を建てて、引っ越すと宣言しています、そんなこんなで、我々日本人としては「言霊によって、お別れを言うと本当に別れになってしまうと悲しいので、又何時でも会える」というような、あいまいにして和やかなパーティでした。
「私は本田先輩とは、イデオロギーが違うので、40年近くの付き合いはありましたが、仲良しとはいえないでしょう、ただ稲門の先輩でもあり、日韓技術士会議に入れてもらったり、何よりも独立・自営の技術コンサルタントの先輩として、尊敬しています。」というような挨拶をしました。
今回出版された本は、「配慮の時代から共鳴の時代へ」(配慮と心と技術開発)本田尚士著、です、今日ざっと読了しました、自費出版のようですから、ceaの諸君と回し読みをすることにします。
私がイデオロギーが違うと挨拶をしたら、隣に座っていた宮原君が、その又隣に座っていた、青年技術士委員会の会長で田村裕美さんという、初対面の女性が独立志望ということで、私の信じているイデオロギー「リバータリアニズム」を懸命に説明していた。
本日、私は田村さんに、「田村さん、森田裕之です、昨晩の宮原君が提起した話題を、正確にお伝えしておきます。
水源―The Fountainhead (単行本)
アイン・ランド (著), 藤森 かよこ (翻訳)
彼が強調していた「リバータリアニズム」というイデオロギーは、私がやってきた独立・自営の技術士の生き方を支える考え方で、独立に興味があるのであれば、勉強してください。」というメールを差し上げました。
技術コンサルタントの世界 2009.09.26.
連休に、大学の後輩のM君とお茶を飲みました、M君は65歳で6月に目出度く定年を迎え、本人曰く「奴隷生活から開放されて、楽しくシニア生活のステージを試行錯誤している」状況だとのことです。
M君は、40数年前に私が(当時勤めていた会社から)大学の機械科に射出成形機を寄付して、射出成形の卒論を出した最初の生徒で、以来同じプラスティック業界で飯を食ってきた仲間である。
こういう後輩連中が、続ぞくと定年になってくると、こっちは何時までも定年無しで働いているとはいえ、リタイヤしにゃいかんのかなと、感慨深いものがある。
我が家の巨大冷蔵庫・GE製が20数年経ってスクラップして(今では日本に2台しか使われていないとメーカーの人が教えてくれました)、国産の大型に買い替えました、半日がかりの大仕事で、当分の間は、在庫してあった冷凍食品を消化することになっています。
世の中では、政権交代があって、なにか日本も久しぶりで明るい未来が見えてきたのかなと、気分がいい、普通の人達の気分をよくするのは、政治家の力ですね、民主党というチームは何時の間にか、凄いチームになっていたのですね、小沢さんの若い頃からの試行錯誤が、仕上げの時代に入ったのだと、私もうかうかしておれない気分です。
「技術コンサルタントの世界 2009.09.21.森田裕之 Yuji Morita
菅野君、君にはceaのホームページの編集から、月初め土曜日の「独立・支援をサポートする会」の世話人まで世話になっていて、何時も感謝しています。
独立支援研究会のレクチャラーについて、最近の出席者の傾向から「定年後の2-3年を経て、元気のいい諸君、定年をソフトランディング成功した諸君を主として選抜してください。
人選については、私にも心当たりが何人か居るので、相談に乗ります。
若くから始める人は、十分に「試行錯誤」する時間があるし、その試行錯誤は必ず後々役に立つものです、心配要りません。
定年後の人には、試行錯誤の時間が無いので、うまくやっている先輩の真似をするのが、手っ取り早いというケースを、私は沢山見てきました。
私の連休は、庭に生ゴミの大きな穴を掘ったり、冷蔵庫の買い替えに秋葉原に出かけたり、NMB研究会の臨時会合で、津田沼に出かけたりで、終わりそうです。
技術コンサルタントの世界 2009.09.10. 森田裕之 Yuji Morita
9日浅草に買い物に出かけた帰りに、人形町の日刊工業の鈴木徹編集人と昼ごはんをご一緒して雑談しました。
鈴木さんは技術士との付き合いは多く、良くも悪くも熟知している論客ですから、安心して議論が出来るので、私の生煮えなcea・研究会テーマの相談にも、乗ってもらいました。
私は何しろ、10個の研究会をでっち上げたら、リタイヤするぞ、と宣言しているので、あせっているせいか、テーマが散漫になってきていると自覚しています。
鈴木編集人は商売柄、沢山の技術士の生態を観察してきているが、「技術士は企業の経営は苦手で、技術の専門家から技術のコンサルタントというのが、間違いない生き方じゃないだろうか」と言ってますが、私も実は最近、同じ様な感想を持つに至っています。
技術士資格をもっている人の中で、経営者も出来る人は、案外限られていて、我々の仲間内でも、JETOの大塚政尚君位しか、今までのところ、見当たらない。
7日にはJALの大坪君が、羽田空港のJALのジャンボ飛行機事故の歴史の記録特別展示室、を15人限定だったけど、見せてくれた上に解説してくれました。
あらためて当時の記憶が蘇り、飲み会でも「出席者全員が、私の飛行機体験」というテーマになり、帰る頃には「粛然」とした気分になっていました。
5日の午前中のcea・定例会に、3人の初参加者の内の一人の高橋君は、久しぶりに現れた30歳代の独立半年後の新人と判り、気合を入れたエールを送った。
高橋君は弁理士・技術士だが、ceaには私と同年輩の尾崎光三君が弁理士・技術士の先輩として元気に、色んな会合に出てきているので、高橋君は遠慮なく彼に教えを請うたら良いと思います。
新人は、自分と似たようなキャリアーの先輩を見つけて、真似をするというのが、独立・自営の第一歩ですから、遠慮することはないのです、私の頃は独立希望者が沢山居て、10名くらいで集団を作り、毎月色んな先輩の事務所に押しかける会の、私が世話人をやった記憶があります。
11日には、JETO5周年の大イベントがあります、シニアも元気になる三浦雄一郎さんの講演もあり、私も関係者として楽しみにしています、パーティで会いましょう。
技術コンサルタントの世界 2009.09.05. 森田裕之 Yuji Morita
最近ceaの会合に始めて参加した、韓国在住の武田君が、掲示板で技術士グループでの付き合い方に、コメントを発表している。
私は、ここで武田君に先輩として答えるわけではないが、自分の経験を基にして技術士仲間の付き合いについての、私見を述べておきます。
私は70年に合格以来、青技懇というグループに参加して、若いサラリーマンで「独立志向」のハッキリしている諸君2-30名と、月例会などで2-3年かけて、工場見学や講演会のイベントに参加して、飲食を共にして親交を深めた、特に72年に田中角栄さんが「日本列島改造論」を出版した時には、この本の勉強会で、大いに盛り上がった。
73年には勤めていた会社が会社更生法を申請したので、結果的には36歳で独立・自営を開始することになった、この第一次石油ショック時代は、不景気だったので、青技懇のメンバーでも、10人くらいが、独立や転職をしたと記憶している。
独立以来、技術士会の活動にはまったく興味が湧かず、唯一本田尚士先輩の作った、日韓委員会の委員だけは、参加して地方から出てくる、主としてシビル関連の諸君とは仲良くなり、韓国・日本の各地方で開催した大会には、夫婦で欠かさず参加して、楽しみました。
3年位やってみて、何とか飯を食っていけそうな状況になり、一回り上の先輩方を口説いて、自営の技術士の協同組合を作りましょうよ、とグループ活動に憧れて、先輩に30名ばかり集めてもらって、スタートしました。
グループ活動の基本は「人間関係」に尽きると思います、これは日本も外国もまったく同じで、私はアメリカにお客が居て長年付き合いがありますが、アメリカのPEは日本の技術士とよく似た立場のエンジニアですが、現住所・所属会社などは、何回も変わりますが、専門家として、業界の付き合いは全然変わりなく、エンジニア仲間の付き合いをやっています。
「人間関係」を作るには「時間」がかかります、沢山名刺を配れば出来るもので無いし、飲食を共にすれば出来るものでも無いし、相性なんていうのも案外重要だし、誰も諸君の人間関係を作ることを助けてくれません、先輩が作った色々な会合・研究会は、諸君の人間関係を作るための「インフラストラクチャー」だと思えば、判りやすい。
もう一つ私の独立した頃より進歩しているのは、NPO・技術経営責任者協議会での、「技術経営」の勉強や、NPO・地域と行政を支援する技術フォーラムでの「技術監査人(TM)」の勉強が出来るようになってきたことで、技術コンサルタント業への入り口で試行錯誤してきた我々の後輩への贈り物といえる。
技術コンサルタントの世界 2009.08.26. 森田裕之 Yuji Morita
今回の夏休みのLAの息子宅の滞在中、パソコンと付き合い始めて、初めて2週間近くまったくパソコンを見ない生活を過ごした。
なんと15冊くらい持っていった本を、じっくり集中して読むことが出来た、思いがけなく、老いぼれて集中力がなくなったので、本が読めなくなったのかと、悲観していたが、毎日半日くらいはパソコンとにらめっこしていた生活が、本を読めなくしていたんだと、気がつきました、恐ろしい話だ。
22日に息子一家と、ハリウッドのユニバーサル・スタジオを見学してきました、大阪が技術導入して日本版が出来ているそうです、映画作りの歴史・技術がしっかり展示されているので、私のような子供の頃から60年来のアメリカ映画好きには、目からウロコの技術・展示が沢山あり、楽しい一日でした。
20日にはceaの仲間の窪田夫妻が、たまたまLA滞在中とかで、息子宅にいらして、晩飯を共にしました、窪田さんは今回は奥様のビジネスと砂漠のドライブが目玉の旅行だそうで、楽しそうでした。
私は、何年か前にオレゴン州の山道で崖から落ちて、家族の信用を失い、もう一度くらい国立公園を2−3ドライブで「はしご」してみたい希望はあるのだが、実現は不明です。
帰国してメールをチェックしていたら、SMEの事務局を長いことやってこられた梅沢三造さんの訃報がありました、今日のSMEの落ち目を、あまり見たくは無かったでしょうが、時代・世の中は変わる、という平凡なフレーズが、身に沁みるなあ。
メールの中に、久しぶりに若い人の(CCだったが)シニアに対する激烈な喧嘩を吹っかけるメールがあり、ニヤニヤしてしまった、私はこういうのが好きです。
私が創ったグループ活動が気に食わない若い人は、ドンドン喧嘩して自分でやってみなさいよ、とお勧めしている。
集合・離散は世の常ですが、私が業界最長老のジジイになるとは、あまり予想してこなかったので、私が人格円満に仲間内の付き合いの調停の類は、誰も期待しないだろうと、たかをくくってきた。
若い人達の仲間付き合いは、あまり遠慮なく集合離散をやったらいいのだと、けしかけることにしている、じゃなきゃ会社員辞めて独立する意味が半減するでしょう。
アメリカでは、孫娘が運転できるようになったので、自分で運転しなかったので、気がついたのだが、私は最近「車線変更」でかなり危ない状況をやっていたなと気がついた、帰国後に高堂君に告白したら、彼も気がついていたらしい。
老化現象が「パニック症候群」を生じて、気がついたら直ぐ行動してしまうことになるらしい、当面気をつけてみるが、直りそうもなければ、免許返上だな。
技術コンサルタントの世界 2009.08.13.
7日には、午後から大塚君主催の「両毛生き残り研究会」の大田の会場に出かけた、同年輩の丸橋さんがしばらく振りに出席、食道がんの放射能治療の為に、丸坊主になっているが、元気に開会の挨拶をしていた。
8日のNPO・技術フォーラムでのトピックスは、公会計のBS・PL研究分科会の発足で、役所を経営的に分析することは、技術監査人の職域拡大をバックアップすることになるだろう。
10日の鐘ヶ江君の事務所でのセキュリティロボット研究会は、ようやくメンバーがそろってきたなあ、というステージに来たが、これから当分の間は「使ってもらえそうなユーザーの現場見学」をやって、メンバーの大多数が部品のサプライヤーサイドのエンジニアだから、現場を勉強することにした。
11日は津田沼の千葉工大・尾上研究室で、マイクロ・ナノ・バブル技術のコンクリート製造への応用研究の補助金申請の勉強会に出席した。
化学部門と建設部門の諸君が合同で勉強会をやっていたが、ようやくその成果が出てき始めた。
上記の研究会には、ベテランも新人も居るが、新人は独立・自営のコーディネーターの先輩の行動をよく観察して、自分でも出来るようになって下さい。
私は13-24日アメリカに出かけます、主としてLAの長男一家のところで、孫と遊んできます。
技術コンサルタントの世界 2009.08.05.
技術士仲間の会合では、自己紹介がかなりのパートを占める、仲間内に自分のことを知ってもらいたい、という期待・希望が言わしめるので、やむをえないことではあるが、学校を出てからの職業生活をダラダラと喋られるのは、聞いている方はたまったものではない。
新しく我々の活動に参加してくる諸君は、「自己紹介」をよくよく研究して、自分の過去の説明は、「自分の専門性、今後仲間内のグループ活動に役に立ちそうなことに限定して」むしろ、これから何がやりたいのか、を判りやすく紹介してもらいたい。
産官学のコーディネーターをやっているceaネット会員が急増している、ここでの役割は専門家としての判断力と、大学の研究者、メーカー・ユーザー、投資家・補助金など各界のメンバーを纏め上げるコーディネーターの勉強には、独立・自営の準備期間・(モラトリアム期間)最適な職場であると判断して、新人に奨励している。
多分何処でも1年契約だし、2-3年やればコーディネーターの経験は十分だから、今度は自分が独立・自営の立場でのプロのコーディネーターを始めることになる、注意すべきは「事務局志向」を避けて自分が生きてきた専門分野の「プレイング・マネージャー」が基本である。
シニアになってから、仲間に好かれる人は、専門家の立場を守り、若いコーディネーターに協力する人である。
技術コンサルタントの世界 2009.07.30.
30数年前に、技術士を看板に独立・自営を始めて以来、自分では面白い商売だと、同業者組合の活動でも、色んなことを試行錯誤してきた。
ホームページのアーカイブを調べてみれば、私が若い頃、シニアの会と称して先輩・シニアのお喋りの会をやったことがあるが、誰か今世話人を買って出て再開する人いないかねえ、今やっても面白い会になるだろう。
最近始めた、シビルの技術士グループ諸君による「技術監査は技術士の職域である、」というテーマでは、日刊工業新聞社から、7月末に本が出版できた。
貼り付けー
技術には専門の監査が必要だ!
<技術監査人と業務監査>監査信頼回復への提言
NPO法人 地域と行政を支える技術フォーラム 編著
2009/07発刊 7月中旬頃出来予定 定価\1995(税込)
◆読者対象 技術士、技術者、監査関連業務の人、会計監査人、企業経営者など
http://form.nikkan.co.jp/r/c.do?3Jz_oyu_5y_aes
貼り付け終わりー
を出版しました。
このNPO・技術フォーラムの理事長・原田敬美君が、この本をクライアントを含めて、何人かに配ったら、下記のごとき反響があったと、メールしてきました。
貼り付けー
原田 敬美です。
辛口のコメントがありました。
謙虚に耳を傾けたいと思います。
昨日私に建築設計を依頼したクライアントに監査本を贈呈しに行きました。
私費の分です。社長と専務と2人に献本しました。
社長は元大手銀行マン。現在は家業の中小企業の社長です。
2年前その会社のショウルームを私が設計しました。
氏の発言です。
「技術士は存在感が薄い。何をやっているのかよくわからない。(資格が業務独占でない)
中小企業診断士と同様。」
謙虚に聞く必要があります。
政治的なアッピールが必要でしょう。
社会にアッピールが必要でしょう。
貼り付け終わりー
私は長年技術士資格者と付き合ってきたが、会社では経営者にも管理者にも沢山いるし、業務独占なんかが少ないのは、むしろ奥ゆかしくて好ましく感じている。
原田君の言う「政治的な社会へのアッピールなんかは、上記の技術監査人の分野の仕事」を通じて、時間をかけて浸透していくような気がします。
技術コンサルタントの世界 2009.07.24.
先週あたりのマスコミの論調は、まるで民主党に政権が移る事が決まったような自民党・麻生たたきをやっている、40日先の選挙の頃には、自民党の評判が復活して、良い勝負になるかもしれない、我々民衆なんてのは、気まぐれなんだ、小泉郵政選挙の時のぶれ方は、我が日本国民の恐ろしい一面だったんだという反省は無いのかねえ。
連休の20日には、姪の結婚式がありました、近所の一度入ってみたかった、フレンチレストランで豪華にやってくれました、お婿さんはお薬・外資の会社のセールスマン、姪はソフトの会社勤務のOLで、典型的な会社員エリート?のカップルなんでしょう、今を感じさせる美味しい食事と、2人の赤ちゃんの頃からのヒストリーを過不足無く紹介してくれて、久しぶりで良い経験をしました、結婚式も進化しているね。
22日には、藤田君に相談を受けていた「循環水・クーラント」テーマの研究会の立ち上げをどうしようか、東京駅の地下で、色々議論しました、その内ceaの諸君に色々協力してもらいます。
今度は先日ジョイント講演会をやった、上智大・清水教授の機械グループと千葉工大・尾上教授の化学グループとのジョイント研究分科会としてスタートします。
積んどく本は沢山仕入れていますが、暑いせいか、老化のせいか集中力に欠けていて、文庫本くらいしか読めません、「仕事するのにオフィスはいらない」佐々木俊向著、光文社新書、は私が仕事を始めた30数年前に、当時技術士会・機械部門の部会長だった大先輩の新井先生(確か元・海軍大佐)に、「貧乏くさい事務所なんかに入っちゃ駄目だよ、人に会うなら「銀座の交恂社」に入れてやるから、そこで優雅に会いなさい」と説教されました。
このやり方は、私には成功したので、何人かの後輩には、同じ様なアドバイスをしています、確か根本君あたりは、良いですねえ、と報告してくれた記憶がある。
「日本の治安」後藤啓二著、新潮新書、を読んでいます、これはセキュリティロボット研究の副読本です、日本は何しろこれまでは「良い国」だったんだ、ということだね。
警察OBの著者は、これからの日本の治安に、相当な危機感を持っています。
技術コンサルタントの世界 2009.07.15.
半年位前から、機械部門で生産技術出身の仲原・勝部・五十嵐の諸君による「ロボット研究会」が始まり、断続的に講演会・工場見学・学会に参加したりして時間が経過していたが、私が「動く監視カメラの開発するには、駆動装置・動力供給・情報伝達などの個別の部品の開発が、補助金によるceaの専門家の開発テーマになる」という仮説を立てて、あちこちに相談してみた。
面白いことに、「動く監視カメラ」というテーマが、当初のロボット研究会のテーマである「工場での生産技術におけるロボット応用」から、セキュリティーロボットとして「街場・野外スペース・工事現場・温室・倉庫・等など」への応用を考える研究会に変身してしまった。
現在のステアリングメンバーは、部品の開発テーマで参加を私から頼んだ、2焦点カメラの鐘ヶ江・藤田君、熱画像の田澤君、メカ屋の関君、パワー・情報伝達の河面君、である、供給者側のグループといってもいいだろう。
セキュリティに関しては、どうやら日本は後進国らしいので(良い国なんです)、TPAの浅生君には、今後色々教えてもらわなけりゃいけないでしょう。
日刊工業の鈴木編集人の意見も聞いています、プロジェクト進行・補助金申請と本の出版が、同時進行できそうです。
補助金のグループ編成には、これから大学・産学連携・会社(メーカーとユーザー)の仲間を呼び込まなければいけません。
せっかくceaも100人のネット会員が参加しているので、セキュリティロボット研究会の現状を報告したので、興味ある人は、私か勝部君・ステアリングメンバーに連絡して協力してください。
今度のお盆あたりに、お昼頃に成田空港の近くにある「成田洋ラン」・佐々木好文社長見学に行く予定です。
技術コンサルタントの世界2009.07.07.
先進諸国でのengineering auditor,technical auditorの翻訳である、日本での技術監査人(TM)という職域を確立しようと、グループ活動を始めて3年目になる、今週には日刊工業新聞社から、「技術には専門の監査が必要だ!<技術監査人と業務監査>監査信頼回復への提言」・<著者>NPO法人地域と行政を支える技術フォーラム
編著・が出版になる、又11日には後輩育成の研修会がある、
貼り付けー
技術監査人」は技術士が技術監査をするため、当NPOが認定・授与する資格です。(商標登録出願中)
本研修は技術監査に従事するため、必要な知識を学ぶ資格取得研修です。
日時:平成21年7月11日(土)10:00〜18:00 受講費用:28,000円(昼食・懇親会費含)
場所:〒101-0054 東京都千代田区神田錦町3‐21 ちよだプラットフォームスクウェア 501会議室
http://yamori.jp/modules/tinyd2/index.php?id=10
当NPOは、地方自治体・企業に対する「技術監査」を行う組織で、技術監査は資格認定された「技術監査人」が実施します。技術監査の重要な視点は次の3つです。
@第三者による監査 A監査実務に精通 B組織として対応
申込は次のホームページから http://www.cea.or.jp/efsca/
貼り付け終わりー
ここ半年位、ロボットの研究会を作ろうと、勝部君と一緒に試行錯誤・苦労している、学会に出席して大手の技術者や大学の先生方にもお会いして、議論してきたが、どうも我々のような「独立・自営の技術者」の立ち位置、アイデンティティが作れない。
そこで、思いつきだがセキュリティ分野でのロボット開発のアイデアが出たので、これを軸に補助金の申請を企画して、6日に秋葉原の鐘ヶ江君のリバーベル社の会議室に、何人か集まってもらった、鐘ヶ江・藤田の2焦点カメラグループ、超改造技術と称する面白い介護監視システムを提案してくれた池田君、熱画像の田澤君、河面(電気)・大久保・藤田・関(機械)が出席してくれた。
次回は8月10日(10時ー)リバーベル会議室でやるので、関心あるceaネット会員は、事務局か勝部君に連絡して参加下さい。
6日のロボット研究がセキュリティ分野に特化しようと決めたので、お昼にTAPAの日本支部の浅生君にきてもらって、世界のセキュリティ事情をレクチャーしてもらいました。
そこで判ったことは、平和で性善説の日本のセキュリティーというのが、世界的には最も遅れていて、TAPAには、44の分野のセキュリティ研究会があり、日本もグローバルな付き合いを必要とする分野の技術者は、国の内外の違いを含めた勉強が必要だね、ただ眼からうろこの発見は、上段に論じたengineering
auditorが、securityに大いに関わっているという事実であり、auditorが指摘した問題点の解決にconsultantがあたることが、先進国の常識らしい。
ceaの活動でも、ようやく具体的に成ってきたが、シビル関係の諸君と普通のメーカー関係の諸君が、同じ土俵で付き合う研究会のテーマが出てきたなと、喜んでいる。
技術コンサルタントの世界 2009.07.01.
色々な理由、とはいっても主として定年から、独立・自営に踏み切る人の数は絶えない、これが私が長年ceaの月初めの土曜日午前中の定例会・独立支援の会を主催してきた実感です。
最近は、自己紹介と今後の抱負などを喋ってもらうのですが、岸田秀という精神分析の先生が、30年以上前から唱えている「自閉的共同体」に関わる沢山の本を読むことを、お勧めしたい。
長いこと「自閉的共同体」に居た諸君は、少なくとも3-5年は、そこに居た体臭が抜けず、私なんかにはプンプンと匂うので、独立・初心者はかなり謙虚に振舞っても、先輩からあまり好かれていないことを、自覚した方が良い。
我々としては、近い将来に独立・自営の仲間入りをしてくれるものと、期待をし、長い間月例会を大切に運営している。
出来れば自分の独立・自営のビジネスプラン・夢を開陳して、先輩方のコメントを貰いたいなんていう新人は、大歓迎である。
cea・組合だって、組合員以外の人からは「自閉的共同体」だと見られているでしょうが、参加してみれば判るけど、全然違うんです、長年独立・自営を意識して生き延びてきた先輩が、沢山居るだけなんです。
cea組合は、日本の独立・自営の技術コンサルタントのグループとしては、legitimacy=正統性(=旗印)をもっていると、私は自負しています。
技術コンサルタントの世界 2009.06.26.
今日はしばらく振りに「散歩コース・西方向」で、競馬場ー調神社(つきのみやじんじゃ)−別所沼ー自宅で15,000歩で、汗をかき、本屋で副島隆彦さんの最新作・「売国者たちの末路」を買い求め、一気に読みました。
夕方は、JETOの定例会(木曜4時ー)で大塚君と「技術士はどうやら会社の経営には、まったく興味が無いらしい」というような、JETO発足以来3年目になるが、情けないような結論に、議論が収束した。
私は、元々へそ曲がりだから、JETOは自分たち仲間の為というよりは、投資家やM&Aの役に立てば良いので、気分的にはヘッチャラです。
私は、昔から技術士は研究会が好きだ、と考えていたので、昨年来の決意である「10個の研究会」を作ってから死ぬことにしたのは、今のところ間違っていなかったようです。
そこに「補助金を取る」というサブテーマを立てれば、技術士がエキスパート(専門家)とコーディネーター(世話人)の両方の経験が出来るので、新人の実践教育にもってこいだ。
最近の飲み会では、私よりも一回りくらい若い諸君が「病気自慢の世代」に突入らしく、ノンアルコールの人が急に増えてきた、親の介護や奥さんの病気なども、この世代の通過儀礼(事件)で、淘汰完了までに時間がかかります。
技術コンサルタントの世界 2009.06.19.
17日JETO・技術経営責任者協議会の理事長である野田先生の多摩大学20周年記念講演会に行ってきました、5代目の新学長・寺島実郎さんの講演がメーンでしたが、私は初代の野田先生、3代目のグレゴリー・クラークさん、5代目の寺島さんの多摩大学経営の20年をふり返る歴史鼎談が、とても面白かった、年齢が一回りずつ違うんです。
小さくてユニークな塾のよう学校を作ろうと言う理想を、野田先生が最初にしっかり確立してスタートしているというのが、良いのですね。
15日には、浦和駅のそばに出来たパルコの9階のパブリックスペースで、第一回のセキュリティロボットのステアリングをやりました、ロボットの研究会をやりたくて、四苦八苦していたのですが、関・勝部・河面・大久保・田澤の諸君が集まってくれたので、何とかスタート出来そうです、興味ある諸君はメンバーの誰かにコンタクト下さい、次回は7月6日10時ーに秋葉原の鐘ヶ江君の事務所(リバーベル)で、彼の開発した小型カメラを解説してもらいます。
まだまだ今後どう変化していくかわかりません。
会員内のヤリトリに載せましたが、田澤君がこれまで独立以来の専門家からコーディネーターにもチャレンジしてみようと、私にある意味で挑戦的なメールをくれました。
私は、長年専門家は表示してきたけど、会社を辞めて直ぐに、専門家としての自信の無さから、コーディネータめいた仕事しかしてこなかったので、人それぞれだなあと、楽しみにしています。
技術コンサルタントの世界 2009.06.10.
誰でも、何時の時代も、幾つになっても、「それで食っていけるのか?」と言うテーマから逃げ出すわけに行かない。
30数年cea・協同組合始まって以来、第一土曜日の午前中に、先輩の話を聞く会・独立支援研究会に出てくる諸君の疑問である。
話をしてくれる先輩諸君も、私を含めて、「自分はそんな心配を卒業して、高みの見物です」などという人は、これまでに唯の一人もいなかった、私はいま思い返して、非常に爽やかな気分になっている。
そういった意味で、3年位前から私は独立・自営という個人のプロと言う生き方と、組合と言うグループ活動をどう具体的にやっていくか、という難しいテーマに、「研究会・勉強会を10個作る」と宣言しました。
グループが3-4出来てきました、グループのステアリングメンバーがダブっていることが、相乗効果を生んでいることとか、専門分野の分類では、関係ないようなテーマでも、積極的に出てきて突っ込んでみると、面白い展開があることを、実感しています。
私自身は年齢的にはそろそろ、私の先輩方の仕事の辞め方・閉め方を教えてもらわにゃいけないと、思っている、自分の性格から言うと、何しろ新し物・大好き人間なので、難問である。
技術コンサルタントの世界 2009.06.05.
所属団体や自分の会社の通信簿のことで、5月一杯はなにかとせわしない日々を送りました、一段落してホッとしています。
バイパス手術をして10年経ったので、カテーテル検査もやってもらい、今しばらくは心臓の心配は無さそうで,これもホッとしています。
今週は、若くして独立した鐘ヶ江君や平田君とゆっくり話が出来たので、大いに先輩風を吹かさせてもらいました、私の不景気な時の過ごし方は、自分の専門分野の周辺に興味を持って、見学したり、話を聞いたりします、あまりマクロなテーマ(今で言えば自動車業界のGM・トヨタの話等)の勉強には興味がわきません、活字情報というかジャーナリズムに基本的な不信感があり、工場の現場見学なんていうのが一番面白く、出来るだけ、参加しています。
さてこれからの私は、いよいよ先輩の居ない世界に突入です、新しくこの独立・自営の世界に参入してくる、新しい諸君にとって私は、業界の最長老ということで、若干の「逆ハンディ」を持って過大な評価をするような気がしますが、普通の世間では、見たところは元気そうだけど、世間的には現役を卒業した、暢気なシニアという役どころでしょうね。
私は、自分自身が「指図されることが、大嫌い」という困った性格を持ちつつ、年寄りになってしまったせいか、似たような性格の後輩諸君が、あちこちで人間関係をギグシャクさせているのを見ると、切なくなってきます。
これからは、先輩が居なくなったという立場上、私は仲間同士の人間関係のギクシャクを調整する役割を負わなければいけないのでしょう、まったく人生、皮肉なものです。
技術コンサルタントの世界 2009.06.01.
30日5時半から、田町のCICで組合・ceaの総会がありました、50名くらいの出席者で盛会だったと思います。
初代の理事長の和田忠太さん始め、33年前の設立時のメンバーの顔が6-7名あり、最近入ってきたネット会員の諸君と話し合っているのを見て、私は感動しました、懸命にやってきた甲斐があったというものです。
総会にしか出てこない顔見知りがたくさん来てくれましたが、全員とは話が出来ず、時間切れになりました、年末にはなにか理屈をつけて、シニア諸君の為に、お喋りのパーティを企画します、その時まで元気で居てください。
実は、29日に10年前に手術した心臓バイパスのカテーテルチェックをするということで、川崎の病院に一泊入院してきましたが、立派に機能しているということが判り、心配事が一つ減ったと、ご機嫌な総会でした。
ceaベースの研究会も、微粒子問題・MNBバブル・APPプラズマ・セキュリティロボットとようやく4つが動き始めましたが、29日夜にはチェックが終わっていましたが、病院でなかなか眠れずに、暇なものだから妄想をたくましくしていたら、「日本中古機株式会社」というアイデアが出てきました、早速総会で大坪君にぶっつけて見たのですが、真面目に受け止めてくれたようで、5つ目の研究会になると嬉しいです。
技術コンサルタントの世界 2009.05.26.
22日には上智大学で、「微粒子問題研」・大久保世話人と「MNB(マイクロナノバブル)研」佐々木世話人の協同講演会がありました、始めての共同開催でしたが50名前後の人が集まり、盛会でした。
テーマもジョイントするようになりそうだし、明らかに相乗効果があるね、今後も色々考えようぜ。
24日はロボット学会の集会が福岡にあり、勝部君と一泊で行ってきました、どちらかというと、ロボットのメーカー・大学の先生方・研究者の集まりで、ユーザーが居ないという印象の会合でした、多分ユーザーは会社では「生産技術部門」と呼ばれる職場の人が多いので、ロボット専門家の職場は無いのかもしれません?。
トップメーカーの安川電機の地元なのか、元気のいい若い部長さんが、私なんかには非常に面白い講演をしました、メーカーとユーザーの間にコンサルタントが必要だとのことです。
私達がceaで、生産技術研究会を作ろうと始めてみたけれど、しばらくはロボットに集中してみようかと迷っているのは、どうやらこの現実の業界でのメーカーとユーザーの技術者のコミュニケーションが、うまくいっていないことに、関係が有りそうな気がしてきました。
私は具体的には、ユーザーで散々ロボットを使った経験有る技術者が、コンサルタントとしてメーカーのロボット販売・サービスの最先端で、活躍するというのが、最強のビジネスモデルじゃないかと思います。
今度機会があって、あの小川部長さんにお会いしたら、提案してやろうと思います。
25日には夜の7時ー9時群馬県の太田市の駅前で、両毛生き残り研究会のステアリング委員会がありました、この時代に元気のいい会社について、大塚君から色々と教えてもらいました。
いやあ、世の中広いし、面白いことが起きているんだねえ、うかうかしていられませんね。
補助金のテーマについて議論がありました。
技術コンサルタントの世界2009.05.16.
連休ボケである、ただNPO・技術フォーラムが日刊工業新聞社から7月に出す「技術監査人」の本の原稿を読んで校正に協力し、後書きを書くことに苦心している。
本のタイトルは、
「技術には専門の監査が必要だ!
<技術監査人と業務監査>監査信頼回復への提言」
<著者>
NPO法人地域と行政を支える技術フォーラム 編著
である、なかなか良いでしょう?
さて後書きである、私が書きたいことは、
*一人前の技術者の職域として、技術監査という分野があるということを、世間の人達に知って欲しい、その前に技術者に監査とは何かを勉強して欲しい。
そういった意味では、役所、企業、学校等色々な組織での技術者としての監査の経験者が、その薀蓄を語っている。
*現在日本で行なわれている色々な組織での監査制度を批判する本ではない、技術監査の重要性を訴えるあまりに、監査制度の不備を唱えるのは、筋違いというものだろう。
不祥事が明らかになった場合に、技術者が事前にチェック(当事者と専門を同じくする技術者のチェックをピアチェックと言う)していたらというケーススタディが、色々記述されている。
専門技術者が事件の顛末を知って、切歯扼腕していることを、読んでいただきたい。
*「技術監査人」は特許庁に「トレードマーク」を申請してある、ただこれは資格者ではないし、NPOとしては資格者の創成を目指しては居ない、資格者は技術士で必要十分であると考えている、NPOは技術士資格者に研修と先輩の監査の現場の陪席を提供して、「技術監査人」という名称に相応しい後輩を育成して世の中に提供するのが目的である。
*私のように「独立・自営」の技術コンサルタントを業としてやっている技術士は、役所・企業のいわゆる外部監査を一つの職域と捉えて、NPO・技術フォーラムと言うグループ活動を2年前からやっている、ようやく世の中に知られてきたところです。
技術コンサルタントの世界 2009.05.05.
お休みの日々である、義姉の一周忌があり親族が集まり、割と明るく語り合う。
決算書類の準備の日々でもある、TVで道路の状況を見ていると、何処にも出かける気にもならない。
積んでおいた本の山を、パラパラと読む日々でもある、副島隆彦さんは「日米振り込め詐欺・大恐慌」と、なんともどぎつい題名の本を出した、中身は真面目な警告と憂国の書である。
2日には、大久保世話人の会合で、十数人集まって3つの研究会から出てきた、新らしいテーマを議論しました、矢張り技術者は研究開発の話が好きですね、私の役割は、研究開発の仲間になってくれる、会社を見つけて来ることのようです、産学連携の法人に行っている諸君が、頼りになります。
車で東京に出かけると、がらすきです、この位の人口が東京の街に相応しいと思うね。
技術コンサルタントの世界 2009.04.26
21,22日には、妻の友人・湯崎芙沙子さんhttp://www.excite.co.jp/ism/concierge/rid_4806/が、ミラノから来日していて、イベントの合間を見て、青梅線の御嶽駅の前にある、河鹿園http://www.kajikaen.co.jp/top.htmlに一泊、近くに住む書家で、亡くなった私の友人の奥さん・村木享子さん http://wakko.blog.so-net.ne.jp/2008-05-18 を交えて、旧交を温めました。
自宅の仕事場で村木さんは、直径25CMある巨大な筆を使って、大きな字を書いていました、現場は始めてみたのですが、圧倒されました。
村木さんは、毎年夏にはドイツの芸術大学に一ヶ月呼ばれて、ワークショップをやっており、10年続いているそうです。
湯崎さんは世界に活躍する日本人100人に選ばれて、NHKに何回も取材を受けて、そのイタリアでの活躍ぶりは、なんかいもTV で放映されており、24日の講演会では、昼700名、夜700名の聴衆が集まったと聞いています、凄いですね。
24日千葉工大・尾上研でのMNB研究会では、化学・平野、佐々木グループと土木建設・高堂、根本、岡、福島グループの諸君による合同研究テーマが纏まりつつあり、二つのテーマの補助金申請が出来そうである。
25日は技術監査人のNPO・技術フォーラムの総会があり、27-8名集まり盛況だった、今年7月には「技術監査人」と言うトレードマーク由来の本が、日刊工業から出版される予定だし、仕事も多角化していくだろう、大いに楽しみである。
独立・自営の技術士のグループ活動はかくあるべしと言うのが、私の主張である。
技術コンサルタントの世界 2009.04.20.
ようやく花粉の季節が去ったと天気予報のお嬢さんが喋っている、私の妻の父親は営林署出身の最初の世代の林業技術士で、戦後役所が杉を植林した時のイデオローグだったのが、今更懐かしい、世の中は変わるんだ。
14日には小川町の星野結子さんの農園に、ceaの8名が見学に出かけました、何事も現場を見るのが一番だね、農業をやってやろうと決心した星野さんの元気のいいこと、オーラが出ていました。
「街場の中国論」・内田樹著を読みました、内田先生の本は大抵読んでますが、中国に関しては、私自身に強烈な偏見があるので、パスしていたのですが、この先生の「街場のーーー」シリーズが面白いので、とうとう読んでしまいました。
結論は、私はこの歳になって、60年来の偏見・中国嫌いを放棄することにしました、好きになったわけではありません。
私の親父は上海の同文書院という日本の国策学校の卒業生で、満州中央銀行の社員として敗戦、2年間の難民生活の後で、日本に帰国しました。
同年輩の満州帰りの友人の伊澤君(中国大好き)や、私の満州生活を知る唯一の友人Kさんに会って、私のコンバージョン経験を論ずるのが楽しみです。
技術コンサルタントの世界 2009.04.13.
技術士資格を取って独立・自営を開始する前段階に、国策である「産学官連携」という構造を研究して、数年間そういった組織に身をおくことは、悪くない方針です、ただし独立へのモラトリアム期間であることを、自覚していることが前提です。
土曜日は、午前中は技術監査人・NPO・技術フォーラム、午後はceaの色々な勉強会があり、述べにして25,6名の諸君が参加する盛況です。
11日には、梶君が茨城県の中小企業振興公社に行くことになったと、挨拶されました、JSTの岸君、本庄早稲田の財団の久重君、群馬県の研究機関の山本君等、気がつくと大学の先生になっている仲間もたくさん居ます。
私から見ると、肩書きは色々ですが、彼等の仕事の本質は「技術コンサルタント」にあると見ています、給料は肩書き上の組織から戴いているんでしょうが、仕事の相手はたぶん複数の企業でしょう、ここでサラリーマン時代の垢を落として、複数の仕事を同時にこなす、マルチクライアントに慣れる必要があります。
独立したceaメンバーの諸君は、まだ4つしか出来ていないのですが、研究会に顔を出して、最先端のテーマをコーディネートすることを、お勧めします、掛川・勝部・高堂の若い諸君が、それぞれAPP,ロボット、MNBの研究会から、補助事業になりそうなテーマを提案すべく、活動を始めています。
自分の専門分野のテーマを一人でこつこつ仕上げると言うのも、一つの方法ですが、ceaのネットワークもかなり使い勝手がよくなってきました、30年の試行錯誤のお陰だと思います、専門の違う技術士仲間に、自分のテーマを理解してもらうなんてことが、思わぬ展開・発展を呼ぶ時代です、面白い時代になってきました。
古くからのceaのメンバーの荻野さん(化学)が久しぶりに出てきて、活発な状況に刺激されて、新しい諸君を援助したいと電話して来ました、同じくシニアの近藤君も、さいきんのceaの展開は面白くなってきたと、言ってくれました。
今一番困っているのは、会合の場所が容易に取れないと言うことです、安くて便利な会合場所の情報を求めます、よろしく。
技術コンサルタントの世界 2009.04.08.
日曜日に例年のイベントになっている、SME http://www.sme.org/cgi-bin/getsmepg.pl?/new-sme.html&&&SME& の年間イベントプログラムを決める、プログラム委員会があり、箱根の金型荘に一泊してきました。
車で出かけたのですが、途中の桜の満開でしぶとく散っていない美しさには、しばしば車を止めて、花見の気分になりました、今年は2週間ばかり寒かったので、花がしっかり咲いていて、なかなか散らない、という印象です。
委員は10年来の友人ばかりで、楽しい会合です、今年は大学の先生方には具合の悪い日程だったらしく、何時もの人数が集まらず、12人でした。
先生ばかりか、会社の人も景気が悪いらしく、集まりが悪いので、どうしてもリタイヤ・シニアが多くて、SMEが元気が良かった昔話に花が咲いてしまい、アメリカ本部の団体としての危機的状況などが、断片的には聞こえてきても、本当の所が判りません。
今年は、東京支部は http://www.sme-tokyo.org/ 事務局体制を一新したので、デトロイト・ディアボーンにある本部に、何人かで視察・交渉に出かけることになりました。
我々が今ceaの関連でやっている、勉強会・見学会・講演会などのモデルは、なんと言ってもSMEですから、私もSME本部の今日的危機状況を、よく観察して来たいと、多分6月ごろには、行って見るつもりです。
第一土曜日のcea定例の独立支援研究会に、最近独立したばかりの梶・国井の両君が話してくれました、よくよく考えて独立しているという意味では、我々の世代と比べて、隔世の進歩と言っていいでしょう、無茶苦茶な所がひとつも無い、論理的には隙の無いのが、最近の新人達の特徴です。感心しました。
私は今、私が去年やった補助事業をモデルに、3テーマ(ceaの研究会から発生したものだ)での思考実験をして、新人諸君にコーディネーターの役割を実習してもらっている、技術コンサルタントは専門分野は勿論飯の種だが、自分の専門分野を核にして、仲間を巻込んだコーディネーターの仕事をして、始めて一人前になる、というのが私の実感である。
技術コンサルタントの世界 2009.04.03.
世の中3月の期末で動いていることが身に沁みる昨今だったが、まあ無事にやり過ごし、ほっとしている。
それでも、世相はただならぬ経済不況を先取りして、いらついているのか、昨日は電車の隣に座っていた酔っ払い?にからまれ、「ぶっ殺すぞ」などとほざくものだから、逆手を取って駅員に突き出しました、危なっかしいことをやったもんだと、反省しています。
4月から始まったcea・組合の活動は、新人に技術コーディネーターの実技教育を主としてやっていこうと思います、同じ専門分野でも、どうやったらはっとするような魅力的な切り口を、提案できるか、「私・森田の試行錯誤を観察して、あんな程度のことなら、俺でも出来らあ、と考えたら自分のテーマを考えて、仲間に協力を求めてください」
研究会で言うと、微粒子ゴミで一つ、MNBで二つ、APPで一つ、ロボットで一つ、コーディネーターのインキュベーションがスタートしそうになって来ました。
興味ある人はそれぞれの研究会か、大久保君・技術問題研か、島田君・サバイバル研に顔を出して参加ください。
技術コンサルタントの世界 2009.03.27.
独立・自営業者の時間の使い方を知らない新人が、沢山居ることに気がついたので、教えておきます。
私も人並みにスケジュール表は作ったり、利用はしていますが、実際の行動は、その日に決めることにしています。
単に、何日も何ヶ月も前から決めていると言う下らないスケジュールに、自分では重要だと思う今日の行動が左右される位馬鹿な話は無い。
新人の悲しさは、上司の居る生活から抜け出して、ようやく自分で全部決められる生活になっていることが、理解されていない、馬鹿ですねえ。
私は最近なんだか忙しい、妻を含め他人から見ると、毎日午前中は泳ぎに行っているし、晩御飯も家で食べている、歳相応の爺さんである。
2年前に決心した、10個の研究会を作るぞ、と決めた4つが目途がつきつつあるが、これが相互作用が生まれるとは、気がつかなかった、技術と言うのは組み合わせとかデリバティーブとでも言うような波及効果で、新しいテーマが出てくるんですね。
そういった意味で、最近の会合で、平野君(化学)が「ゴミか宝か」と言うキャッチフレーズをひねり出してくれたが、最初の微粒子ゴミという切り口から色々なテーマが生まれてきた。
MNBの効用は判って来たが、MNBの消去を研究している先生もいるそうです、「さび(微粒子)の発生」に対して「プラズマによるバリ(微粒子)の気化(消去)」と言う対象的な現象も面白い。
JFEテクノと言う会社の藤川君が発表した、アルミの研削屑を、プラスティックに混ぜて、導電性のプラスティックが出来た、という話を聞いた、工作機械の専門の先生が、良い話だと絶賛していました。
思い付きから始まったセキュリティ・ロボットという名前をつけた実体は「電線上を動くカメラ」の設計には、機械屋、電気屋、ITエンジニアそれぞれに、発明的な試作のテーマが出てきました。
ceaのスケジュールの中で、大久保君の技術問題研と、サバイバル研で色んな専門の諸君の参加・批判を仰ぐことにしています。
技術コンサルタントの世界 2009.03.23.
最近の日曜日は、桜区のプールで9時から50分間泳ぐ、25Mを40往復だからのんびりしたものだ、元気な若者は、私の足に近ずくと、レーンを変えてUターンしている、申し訳ないとは思うが、悠々とペースは変われない。
帰宅してパソコンの前に座るが、何時の間にか、気分のいい居眠りをしている、積んどいた本をパラパラと読む、悲観論一色のジャーナリズム世界に、日下公人・長谷川慶太郎といった、私より一回り上の先輩方が、元気一杯の日本大丈夫論を出版している、1970年代の石油ショックの頃から、結局この人達は評論家として、生き延びていると言うことは、当ててきたと言うことなんでしょう。
午後は、東京へドライブに出かける、麻布十番のスーパー・ニッシンが最近のお気に入りである、私が一年10ヶ月毎朝作り続けているクラブハウスサンドの材料は、一週間分をここで仕入れてくる。
先週、ここから六本木の方へ坂を上がった所の、国際文化会館で、原田敬美さんのお嬢さんが結婚式を挙げたと、聞いたので、様子を見てやろうと出かけてみたのですが、庭に面したテラスレストランがあったので、クラブハウスサンドを食べてみました、これがうまかった。
最近、何処に行っても,機会があれば試みているけど、私のより美味いのは巡り合えなかったけど、ここのクラブハウスサンドには参りました。
聞いてみると、最近スタッフを一新して、その中にサンドウィッチにこだわりのあるシェフが居るんだそうです、世の中は広いね。
来週は、期末の週です、何事も初めがあれば終わりがある、メンター和田忠太先輩の所に、遊びに行ってきます。
技術コンサルタントの世界 2009.03.18.
17日(火)は、日韓技術士会議の運営委員会が、技術士会でありました、韓国との討論の基調テーマを議論しました、私は「両国共に経済的には大ピンチ状況にある、これまでのような炭素社会とか、持続可能なグリーン社会といった、奇麗事を論ずるよりも、「田中角栄再び出でよ」と言うような、「日本を超先進国にする救国のインフラ投資は、一体なんだ。」を論じたら如何なものか、主張しました。
16日の微粒子ゴミ研の見学先は、協和発酵キリンの富士工場で、薬の工場なのでガラス越しの見学ということと、着替えてスポット的に見せてもらう所は、人数限定だったのでパスしたこともあり、迫力は少なかったが、この不景気の世の中に、全然そんな気配のない業界の話は、羨ましかったし勉強になった。
工場見学と現場の人達の話を聞かなければわからないことが、沢山あることは、この会社でも例外でなく、
*本当の薬の部分は、本当にちょっぴりしかなくて、薬九層倍とはよく言ったものだ、と実感した、外注の小さな会社で合成しているのか、抽出しているのか、どっちにしろ粉末の状態でラインに入ってきていた。
*一般の販売は無しで、お客はお医者さんに限られているから、国内では規制だらけで保護されているから安定しているが、自由化の進み具合に対応する外国の巨大メーカーが競争相手らしい。
*もともとが協和発酵の工場だった(08年10月まで)そうで、それ以前はアサヒビールと仲良くやっていたらしく、キリンとの合併は社員もビックリの出来事だった様子でした、強い会社同士の合併は、社員も明るく元気でいいね。
*こういう近代的な薬の作り方を見ると、あまり薬と言うものは、長いこと続けては、飲まないほうが良いのじゃないかという、日頃の考えがさらに強くなってきた。
そうは言うものの、私も毎朝サプリメントを何種類か飲んでいる。
お医者さんと言えば、12日には女子医大と早稲田大学が共同で作った、早稲田大学先端生命医科学センターの見学に行ってきました。
心臓バイパス手術のトレーニング冶具があり、手動のミシンで3MMの血管をY字型に繋ぐのですが、私は10年前に8時間かけて、人工心臓に繋がれて4本バイパスしてもらっているので、非常に印象的でした。
今では、動いている心臓のままで、針の先端を同期させる技術が開発されていて、回復が早くなっているとのことです。
技術コンサルタントの世界 2009.03.11.
9日(月)の技術監査の本の編集会議で、日刊工業の編集者の鈴木さんが「おのれの立ち位置をはっきりさせない言論は、本に載せられない」と言いましたが、さすがはプロ、良いこと言うねえ、と感心しています。
本屋さんの想定する読者と、我々NPO・技術フォーラムが読んで欲しい読者には,明らかに違いがあります、私は最初からこのことを鈴木さんとは議論していて、これから集まった原稿が十二分に量があり、想定ページ数まで削る作業があるので、お互いの主張をし合う事になります。
こういった大勢で書く本に関しては、これから本になるまでの過程で、誰よりも先輩である私や、技術フォーラム主催の原田敬美君が、自分の原稿を没にされたり、削られたりしても、文句を言わないと言う、ルールでやらないとならないでしょう。
私は、後書きを書かせてもらったので、コラムを25個も出したけど、載せなくても文句は言いません。
漸くと言おうか、やっとと言おうか、若い沖津君、掛川君の2人から、新しい研究会をやりたいという提案が出てきました、それぞれ微粒子ゴミ研やプラズマ応用研からの派生したテーマとしてスタートします、マイクロ・ナノバブル研からも、山嵜・高堂君が応用テーマのフィージビリティ・スタディを開始しています。
私も若い連中に負けないぞと、私なりのセキュリティ・ロボットと言うコンセプトを固めて提案したいと、あちこちに電話を掛けまくっています。
新しくcea・技術協同組合の活動に興味を持って、様子を見に来る諸君は、まずはネット会員になって、ホームページの中に堆積している先輩の活動を、良く知った上で、研究会に参加することです。
会社や愛好会の類との違いは、上下関係が有りませんから、面倒見はよくないと思います、私は理事長ですが、言っときますけど、私は諸君の上司ではありません。
ついでに、私は長年組合の為にお金は使いましたが、組合からお金を貰ったことはありません。
10日には、私の満州時代をしる知人と、麻布十番で飯を食いつつ雑談しました、私の当時の記憶と思われることは、死んだ両親の話とこの知人の話です、こういう人が居ると言うだけで、私はしばしハッピーな気分になります、長生きして欲しい人です。
技術コンサルタントの世界 2009.03.03.
サバイバル時代を生き抜く技術者を議論しようとスタートした「サバイバル研究会」の第2回・個人が生かす産学連携システムは、28日(土)に人形町の大塚政尚君のJETOの会議室で、早稲田の本庄に行っている久重君の経験談を聞きました。
14-5人参加者があり、大企業定年前後の団塊の世代の諸君が多く、私のような古狸から言うと、割りと危機感が感じられず、前途多難だなあと、思いました。
私は産学連携というシステムに関しては、それなりの所感を持っていますが、ここを上手に利用して、独立・自営に転身しているcea・組合関係の諸君が最近増えているので、新人諸君に産学連携のマップと、それぞれに関係している先輩諸氏の名前を書いた情報を、参加者に説明しました。
改めて言うことでもないが、独立・自営というのは、要は「何でもあり」で、別に何をやってはいけないということは、何も無い、私の見た所、看板としては「ある技術分野の専門家」、実体はどちらかと言うとコーディネーターと言うのが、長いこと生き延びている技術コンサルタントの正体だと踏んでいる。
新人が間違いやすいのは、看板は「何でも幅広いコンサルタント」と言いたくなるが、世間の評価は逆に振れるのである、こういう微妙なことは、先輩から学ぶしか、勉強する手段は無い。
プールメイトの田澤君が、一念発起して、cea・組合の7日の定例会で、新規の研究会テーマを喋りたいと、菅野・世話人に言ってきました。
貼り付けー
お話したい内容は
1.センサ・ネットワーク
2.超小型・安価な熱画像装置(サーモトレーサー)
です。
興味ある人は、聞きに来てください。
私は、たまたま「仮設現場での泥棒対策・安全対策としての仮設式・セキュリティ・ロボットシステム」と言うアイデアの研究会を始めたいので、是非彼の話を聞いてみようと思います。
技術コンサルタントの世界 2009.02.23.
花粉症がやってきた、老いぼれてきた身体も、結構生き生きとくしゃみを始めている、うっとうしいねえ。
今週は、千駄ヶ谷のプールでも泳いだが、若い運動部の筋肉マン達がたくさんきている、最近テレビで、パワートレーニングをしている筋肉マンが、鏡を見ながら、自分の筋肉に「語りかけながら」鍛えているのを見て、噴出してしまった、こういう連中は究極の「自己愛・ナルシスト」なんだねえ、少々気持ち悪い、そんな気分でプールのムキムキマンを見ると、身体に似合わず、幼い・かわいい・気の弱そうな顔をしている。
さて、第3週の午後やっている、世話人・大久保君の技術問題研究会(ceaの各研究会の小委員会)は、早速2−3の複合テーマが出てきて面白くなってきた。
プラズマとかカメラとか言う要素技術は、ロボットの諸君と組んだら結構面白そうなテーマが出てきたし、空調・水処理の諸君と、微粒子ゴミ・生物工学の諸君の組み合わせも、期待できる。
専門家からコーディネーターへ、ceaM/Lの諸君、技術者のグループ活動の成果を見せてやろうじゃないか。
参考の為に、独立数年たったT君からのメールを貼り付けます。
貼り付けー
技術コンサルタントの本来あるべき姿はコーディネータとしての役であり、森田大先輩が言われる通りだと思います。
しかし、私の場合、2000年に独立し、サラリーマン時代ではなかなか出来なかった満足(自己満足)できる技術開発を行うことを目的に当初、活動しました。
良いクライアントにも恵まれ、大企業の中でもなかなか実現しない自己満足できる仕事ができ、且つ、経営的にも比較的順調でした。
ところが、ここ数年、研究開発をやるぞと粋がっていないで、コーディネータとしての役に変えていかなければと考えていたところでした。しかし、私を要素技術者、研究者としての利用価値を認めてくれるクライアントがいてくれているため、また、私もものづくりや実験などが好きでしようがないため、コーディネータとして必要な幅広い分野の方々との交流に時間をなかなかさけないできたのが現状です。
しかし、森田大先輩の言われる通り、年を重ねながら要素技術者、研究者として活動するには
@頭脳の低下(ボケ)
A体力の低下
B精神力の低下
が大問題であると痛感しています。
今後、出来れば好きで好きでたまらないものづくりや実験はビジネスとは関係ないアマチュアとして細々として活動し、本業はコーディネータにシフトしたいと思っています。
とは言いましても、現状はそう甘くありませんので、ご指導ご鞭撻賜りますように、切にお願い申し上げます。
技術コンサルタントの世界 2009.02.18.
日韓技術士会議のステアリング委員会が、新潟の月岡温泉で「雪見の会」と合わせて15日(日)に開催されました、何時もの14-5名のメンバーが首都圏ばかりでなく、北海道・出雲・名古屋・からも元気に集まりました、私は30年来の最古参のシニアで、隔年開かれる韓国主要都市と日本の都市でのシンポジウムを楽しんできました。
今回、青葉君が教えてくれたのですが、この会議は技術士会の催し物のなかで「唯一の会員の為だけでなく、公共の福祉に寄与する事業である」という、試験事業と並んで、今後の技術士会の社団法人としての行き方を支える重要な事業であるらしい、委員のメンバーはあまり自覚してこなかったことです。
14日(土)は、原田敬美君主催の技術監査人のNPOの小委員会があり(14名に増えて、あまり小委員会とはいえないけどね)、その後は6月ごろには出版出来るであろう「技術監査人の本の原稿が大方集まった」とか、午後には「独立・自営を始める前に、産学連携関連の色々な窓口があるから、半分就職するようになるが、中小企業との付き合う機会があるので、コンタクトしたら良いと思う」という、私の意見をサポートしてもらうべく、野尻君に話してもらいました。
14日の午後は、吉田君の技術士の論点の議論と、島田君のサンセット研究会、高堂君のニューシビル研究会とびっしり講演・討論会がありました、途中で参加者がかなり入れ替わっては居ますが、終わりに勘定したら17名になっていました、新人も野口(重電)・田原(自動車)・森永(ゼネコン)君と増えてきて、バラエティに富んできたような気がします。
私は、最近グループ活動は、なるべく色んな専門の諸君が参加してくれるとありがたいと思っている、段々仕事が増えてきた技術監査人のグループ活動も、これからは当方の層を厚くすることに注力したい。
私の大好きな技術開発のテーマが、ceaの研究会から3−4つ出てきたことは、今年の楽しみの一つである、明らかに異分野の専門家の複合効果と言える思いがけないテーマの浮上で、私が何年か前から理屈で狙ってきたことが、実現するかも知れず、このところわくわくしている。
言葉で表現してみると「大気圧プラズマの応用で、空気・水の殺菌装置の開発」「工場・倉庫などの移動式のセキュリティ・監視ロボットの試作」「生活廃水処理設備にMNBを追加することで、廃棄・活性汚泥を減少・ゼロになることを目的にした研究」と言うことになる。
興味ある人は、名乗りを上げて、研究会に参加してください。
技術コンサルタントの世界 2009.02.13.
子供の頃に、自動車やロボット・アニメが好きで機械屋になったと言う人は多いが、ロボット業界・メーカーというのは、売り上げ一兆円に満たない、案外小さな業界である。
勿論ユーザーは全ての産業界に広くいきわたっており、メーカーは、ロボットの基本部品は供給しているが、眼とか手・指に当たる部分は、ユーザーの生産技術者や、ユーザー周辺のメンテナンス業者・代理店(レップ)・コンサルタントが、技術的な仕上げに責任執っているケースが多い。
大手会社のH金属の生産技術者の勝部君達が、ロボット・省力化研究会を作りたいと、私に提案して半年くらいになるが、なかなかスタートが出来ない。
もう少し色んな業界のロボットユーザーの技術者が、集まってこないと、面白い切り口が作れないのが原因である。
突破口になるかどうか判らないが、勝部君のコンタクトしている、大手メーカーのロボット関係者、東芝・IHI・産総研・横浜国大・芝浦工大のそうそうたる諸君とも知り合った。
5月ごろ、福岡で大きなイベントをやるので、ceaサイドでも、福崎君に協力を求めて、参加しようと計画している。
もう一つのアプローチは、最近JTTASから独立した、浅生君のTAPAに、セキュリティロボットと言うコンセプトがあるんじゃないかと、期待している。
TAPA先進国の情報を、研究・勉強して、日本の得意なロボットをセキュリティに使う提案を、考えてみたい。
もう一つ、私の頭を占めているのは、サバイバルと言うテーマです、これは「会社・部門・個人」に関する生き残り作戦を、考えると言うことです。
3つとも「業界」が関わっています、アメリカ人の知り合いは、不況慣れしているらしく、大抵業界に就職したような行動をしています、学会や工業会的な集会では、夜はそんな話ばかりです、右肩下がりの世界に突入した日本のエンジニアも、勉強会・研究会の仲間とは、そういった意味での付き合いも、大切にした方が良いと思います。
技術コンサルタントの世界 2009.02.06
今日・5日は久しぶりで、桜区のプールで50分間泳ぎ、バブルのお風呂でリラックスして、帰ろうとしたらプールメイトの田澤君にバッタリ会いました。
ひとしきりお互いの業界の「急激な不景気状況」を嘆きあったあとで、私は先輩として持論をひとくさり喋って、田澤君を励ましました。
彼は半導体業界の計測分野のコンサルタントです、半導体なんてのは食べ物並の消耗品だから、私のような機械関係業界より、復活が早いと思うから、あまりじたばたしないで、暇があったらプールに来て泳いで、身体を鍛えて、エネルギーを消耗して、お金を使わないのが一番良いよ、と笑って別れました。
今週の前半は、燕三条と福山へ新幹線の日帰りをしました、4-5冊あったパソコンの横に積んであった本を、全部読むことが出来ました、新幹線の効用は「読書に集中できる」ことだね。
若い人は、車内でパソコンを見ているけど、私のようなオジンは本がいいね。
今月末の28日(土)3-5時予定している「サバイバル研究会」の今月は、「個人のサバイバル」と言う観点・テーマで議論してやろうと、考えています。
私自身も、2年前にはリタイヤ生活に憧れて、今の2階の仕事部屋を息子に渡して、1階のバリヤフリー環境に移ることを含めた計画を実行しようと考えていたのですが、昨年来の危機到来の予感に、気がついてから以降の自分の行動をふり返って、現在どういう対応をしているか、後輩諸君にあからさまに喋ってやろうと思っています。
我が家に同居している次男・洋平はアメリカの友人達とCOGという写真のフリーペーパー(雑誌風の自転車がらみの写真集)を2-3ヶ月に一回発行して、広告を取ったり、特殊自転車関係業者と付き合っている様子です、我が家の暮れの餅つきに彼の仲間が現れてから、段々彼のやっていることが判ってきました。
アメリカによく出かけますが、特殊自転車業者が昨年来2-3倍に増えたと言っています。
いわゆる街中では、自動車は無くならないでしょうが、少なくとも1-2レーンは、近い将来は自転車専用になるでしょうね。
技術コンサルタントの世界 2009.01.31.
なんだか判らないが、私は最近忙しい、私は今年年男である、神社に行っても、私の年齢は記述が無いので、運勢は超越したんだと解釈していたが、実質的に独立したのも年男の歳だったんだと気がつきました。
最近、独立・自営を開始して、元気に飛び回っている諸君が猛烈に増えてきていることを実感しています、顔を見せないH君(工作機械)の携帯に電話したら、関西を回っていて忙しそうでした、元気な諸君の共通点は「面白いテーマ・物語」を持っていることです。
当面何処のメーカーも雌伏の時ですが、生き残っていれば、必ず次の時代の仕込みが必要なことは、誰だって判る話です。
昨年来、ceaのメンバー数名の協力で始まった「金型内塗装」のプロジェクトは、順調に進んでいて、実験装置が今年の前半には準備できるので、後半はお楽しみです。
このテーマはプラスティック業界で飯を食っている人なら、誰でも判る面白いテーマで、うまくいくと面白い物語が展開される可能性を秘めているのです。
今年は、3つある研究会から、面白いテーマが2-3出てきたので、ceaのグループ活動も、いよいよ本格的になってきた。
会社員の諸君も、こういう研究グループに顔を出して、先輩の手伝いをしている内に、独立のチャンスが出てくることは、沢山の実例があります、グループ活動の議事録をよく読んで、機会を見て顔を出してみることを、お勧めします。
埼玉県の技術士会の世話役・渡辺君が、27,28日に新都心・アリーナでのイベントに会として小間を出し、私の全然売れない本5冊を売ってくれました、仲間って有難いねえ。
技術コンサルタントの世界 2009.01.26.
専門分野を深堀りする3つの研究会が軌道に乗ってきました、期待していた複合効果もボチボチ顕在化してきて、今年は環境や省エネのテーマでグループの仕事が纏まりそうです。
独立・自営の準備には、ぜひ自分の専門分野をおさらいして、今の時代の専門家に相応しい技術者にリフレッシュしていてもらいたいものです。
特に定年近くまで、会社に居た人は、管理職で現場から離れた仕事が多かった人は、次の仕事先での評価が低くなるのが定評です。
今週は、昨年末から色々考えてきた「サバイバル研究会」
の第一回の会合がありました。
森田裕之です、24日のサバイバル研究会は、なかなか面白かった。
岸本君は、冷凍・空調工業会の専務理事だから「業界」を把握していて、関係会社のサバイバル対応については、「べきだ論」も「現実の動き」も判っているから、良い立場に居るねえ。
そこで、こういうところに出てきた諸君は、同じ業界の技術者とは、特に親密な付き合いを心がけるのが、右肩下がりの世界でのサバイバルの真髄である。
さて、次回以降のサバイバル研究会の運営世話人は、しばらくの間は菅野・島田君にお願いします、議事録・M/L・場所取りをよろしく。
テーマに関しては、業界・会社・個人のサバイバル問題を、論じていく予定です。(オープンな出版はできるとは思えないが、本にすることも視野に入れておきます)
次回は、個人のサバイバルに関して、「産学連携」というテーマ・情報に関して、菅野君がマクロな展望と情報、久重君が現実の本庄・早稲田での話し、をしてください。
小林君の油圧業界の話、橋本君のプラスティック成形機械の話は、その次位にお願いします。
今回出席して、様子が判った参加者諸君は、趣旨・テーマに合いそうな「外部の講師候補」が居たら是非、つれてきてください。
技術コンサルタントの世界 2009.01.20.
「独立・自営を希望する諸君へ、再び」
昨年来、稲門技術士会の副会長になったのを機会に、早稲田の先生方と、仲良くなって、何か面白いこと考えて見ようや、と色々考えていたのですが、途端につくば市からの風車・訴訟事件や、最近の学生の劣化状況を、稲門の先輩・後輩から色々聞くものだから、億劫になっていました。
19日には、会の顧問就任を内々承諾いただいていた、理工学術院長の橋本周司教授に岡君と一緒にご挨拶にうかがいました。
先生は、ceaの大久保君や河面君と何か仕事らしきことをしたこともあるらしく、独立・技術士には、好奇心をお持ちのようでした、そして最近の学生達の中にも、コンサルタントという商売に、興味を持つ連中が居るんだ、と教えてくれました。
私は、私のあまり売れない本を贈呈しつつ、技術コンサルタントは「専門と言う立ての深耕」が不可欠ですから、企業での10年が最小限必要です、私は学生に説明しても意味無いと思います、とお答えしておきました。
続けて、10年経った技術者のうちの独立志望の諸君は、経営者、弁理士、技術コンサルタント・監査人等の道があるでしょう、技術士の場合は、土木以外の部門には定型業務がありませんから、自分で工夫して自分のビジネス・モデルを創り出すしか独立の方法はありません。
うまくやっている先輩を見つけて、メンターと見立てて、「試行錯誤」するしか無いのです、と言うようなことを縷々説明してきました。
私はceaをベースに30数年来、毎月の第一土曜日の午前中欠かさずに、独立・自営している先輩に、話を聞く会を催してきています、最近は3-5人必ず新人が様子を見に来るようになっています。
ここの関門を卒業して、独立して飯を食っている諸君は、多分100人やそこらは居るでしょう、挫折して来なくなった人も同じくらい居ます、他人の懐に興味は無いけど、今年は大きな会社の重役並に稼ぎましたと、年末の我が家の餅つきのときに、嬉しそうに報告してくれた後輩が居ます。
どんな業界でも、ピンからキリで格差が生ずるのは、致し方ないことです、私は専門性に関しては技術士資格を持っている諸君は、無条件で信用できると思いますが、常識とか人間性とか、その人の持つ人間関係ネットワークに関しては、しばらく時間をかけて付き合ってみないと、信頼できるかどうか判断できません。
世の中の人は、私のような目であんたを見ているんだよ、と新人には話すことにしています。
独立・自営の予備軍は、毎度の不況時に出てきます、昨年来若い30,40歳代の諸君がポツポツ独立し始めました、今度は100年来の不況と言われています。
日本もようやく成熟・先進国に仲間入りして、右肩下がりの時代を生きていかねばなりません、息子達の世代の元気の良い諸君が、我々の後を継いでくれると、有り難いですね。
技術コンサルタントの世界 2009.01.14
現役会社員諸君は急に元気がなくなった、出張が制限されているらしい、我々の会合は会社員に気を使って、大抵土曜日とか夕方やっているんだから、独立・自営に興味があるんだったら、出て来い、と説教したい所である、不況と言うのは人間の心も貧しくするなあ。
12日は、目黒通りから少し入った、林試の森公園(昔、農林省の林業試験所があったところ、妻の父親が日本林業技術協会の役員だった関係で、懐かしいエリアなんです)に面した所のアパートに引っ越した、我が家の三男・三朗夫婦が、友人を呼んでオープンハウスをするということなので、物資を補給したその脚で、東名高速に乗り、沼津で降り、JR・由比の駅前にある「寿司屋の銀太」に2時に到着、桜えびのかき揚げや鯵の鮨を堪能して、西富士通り・139号線を北上して、朝霧高原、夕日を受けた快晴の富士を右手に見ながら、河口湖から中央高速に乗り、八王子から圏央道で飯能で降り、浦和の我が家に9時に到着、気分の良い一日でした。
5,6,7,8、9日は年末年始が少々運動不足だったので、連日朝は桜区のパブリック・プールに出かけて2KM泳ぎました、プールメイトの田澤君にも会いましたが、あまり話をする時間が無くて、お互いに元気そうだね、と声をかけて別かれました。
新年会は、5日に古くからの友人夫婦4組と銀座・交恂社で、9日にはプラスティック技術者グループのコンペックスの諸君と、10日は技術監査人・ニュウシビルの諸君と、乾杯しました。
4日(日)は、今しばらく乗ることになったBMWが、年末に整備から上がってきたこともあり、天気も良かったので、しばらく振りに内房を一回りしてきました、道路の整備が進んでいて、あっという間に館山に着き、千倉、鴨川、勝浦、大原まで海岸線とお花畑を楽しみ、房総半島を突っ切って、晩飯前に帰宅しました。
日本の道路は、素晴らしい(ー過ぎるかな?)、私のようにただ車で走るだけの男には、文句なしだ。
技術コンサルタントの世界 2009.01.07.
天気に恵まれて、のんびりした良い正月です、5日は千駄ヶ谷、6日は桜区のプールで泳いだので、体調も平常に戻り、快適です。
それにしても、年賀状と言うコミュニケーションは素晴らしい、私は今年は「独立支援の会」に来た新人諸君には、自分自身が問いかけるつもりで、賀状を出しました、あとは賀状を戴いた諸君に、当人の顔を思い出しながら、全部コメントを書いて、賀状を出しました。
大半が、年に一度のお付き合いです、それでも何十年も年に一度でも話をした気分になる、と言うのは、凄いことですね、同時代を生きて家族が出来、育って出て行き、又夫婦2人に戻り、片方が欠け、と言うようなドラマが、何十年もかけて、ゆっくりとお互いに知らせ合い、正月の一週間くらいが、そういう思いが、ハガキ一枚にこもっている、いいもんだねえ。
さて正月も、私が編集長代理として入れ込んでいる「技術監査人」の本が、頭から離れません、色んな人に意見を聞いています、監査人の資格は、「組織と利益相反=profit reciprocityの無い人・外側の人」だ、これに尽きる、つまり独立した専門家・技術士ということなのです。
日本の会社・役所では、監査役は会社・役所のOBの定席である、と百科事典・ウィキペディアに書いてある、形式的には会社・役所を離れているが、ご本人や周りの人は「内側の人」としか見ていない。
もう一つの監査人の資格は「業務の専門家であること」である、そういった意味では「監査の専門家」と言う人は居ない、と言っても良いだろう。
私がこういったことが判ってきたのは、ごく最近のことで、監査に経験も一家言もある、私の周辺の技術士仲間にも判らない奴が多い、会社員を長いことやってきた諸君が必ず言う事は、「会社にも社長にも役に立てば良いんじゃないですか?」とか、「株主が金を払ってくれれば、株主の為に監査します、そのほうが正しい監査役の立場だと思います」てなことで終わりそうな時期もあった。
誰がやるんだと言うことと、何処からも独立していることが、一番重要なことなのです。
本当の編集者である鈴木さんは、「明治維新時の論客のような様相を感じます。言葉を刀の代わりに使っているような印象です。おそらく、「身に疚しいところがない」からできるのでしょう。さすがです。」
と言うコメントをしてくれた、身に余るコンプリメント・賞賛だね。
この本が出て、何十年かしたら、世の中の監査役・監査人の半分くらいは、独立した技術士の職域ななるでしょう、2009年の正月の夢と言うことにしておきましょう。
技術コンサルタントの世界 2009.01.03.
技術士協同組合・ceaネット会員の諸君、明けましておめでとう、森田裕之です。
三十一日は、餅つきのあとかたずけが少々、年賀状の内、08年に始めて会った諸君の内で、独立・自営の興味を表明した皆さんを,名刺を見ながら思い起こして50名にメッセージをメモ書きして、送りました。
一日は戴いた年賀状の内、150枚に返事を書き、送りました、午後には妻と大宮の氷川神社まで散歩がてら(1万5千歩、歩きます)参詣してきました、
120万人の人出と言うことですが、例年のお楽しみ行事で、人ごみを楽しみました。
年賀状の内容は、3パターンで、「何時の間にか、会合で先輩が消えて「挨拶・中締め・乾杯」を頼まれる、いよいよ私もラストステージに入りました」と言うのと、
「100年に一度の大恐慌が襲うと言うことだが、私は7-9歳に「満州生まれの日本人難民」の生活を経験しているので、「血が騒ぎ出し」て、定年延長して、もうひと働きしてやろう、と思っています」、
もう一つは稲門関係者専用ですが「機械の後輩のH教授が、風力発電機のことで、つくば市から訴えられている事件は、早稲田のブランドを著しく傷つけた、先輩として情けないが、どうしたらいいのか判らない」、と言うものです。
それにしても、技術士の諸先輩方の元気のいい賀状には、驚かされます、会合には出てこなくなっても、やはり只者ではない爺さん達です。
今の所一番気になっている、研究会のテーマですが、少しずつceaの諸君からの提案が出始めました、沖津君が「さびと言うテーマを、機械・化学・物理・電気など色んな部門の専門家で議論したい」と言う提案を、してくれたのを皮切りに、餅つきの日に、河面君が「故障を自分で直す機械の研究」というテーマの研究会を、提案してくれました。
今年は、本田先輩に、技術士稲門会の副会長にしてもらったこともあり、良い方の早稲田の先生もいることだろうから、同窓の諸君に協力してもらって、コンタクトを始めることにしました。
ceaネット会員の諸君の技術監査(ISO、会社の監査役、情報システム監査、なんでも結構)に関わる経験談のエッセイ・コラムを、募集しています。
高堂・岡・根本君が集めています。
技術コンサルタントの世界 2008.12.31.
08年の締めくくりの「我が家の餅つき」は、三十日に無事に終わりました、一日中晴天で風も無く、絶好の日和で、70名を越す人の出入りがあり、20KGの餅を、半分以上アンコ・大根おろし・納豆・等と一緒にたべました、用意した自家製のキンピラ・煮物・豆・漬物類も、みんな好きなんですね、無くなっています。
私は2-3回搗いたり、捏ねたりしましたが、後は世代交代で、息子たちがやってくれました、1972年からやっています、何時まで続けられるかわかりませんが、我が家の最大のイベントですから、私が元気な内はやることになるでしょう。
始めて現れた上智の坂本さんは、若いし凄い筋肉マンで、楽しそうに2-3臼搗いてくれました、セールスレップの河北君、若い独立・自営を始めたばかりの森・掛川君も始めて我が家に現れました。
今年一年を呆然とふり返っています、忙しくなっちゃったなあ、と言うのが実感です、全部身から出たさびですから、誰にも文句は言えません、それから会合に出て「先輩が居なくなっている」と言うのも今年の変化・印象です、挨拶や乾杯の音頭の要員になってきた実感があり、私もいよいよ人生のラストステージに突入です。
餅つきでの話題は、矢張り100年に一度の大不況来襲と言う話です、今の所実感が無い暢気な雰囲気ですが、1972年に石油ショックで勤めていた会社が潰れた時は、さすがに我が家も緊張感が漂っていた事を思い出します。
私は何しろ原点は「満州国日本人難民家族」の出身ですから、サバイバル(生き残り)の時代が来るぞ、と思っただけで、「血湧き肉踊る」ようなハイな気分になります、半年前には車を超小型のトヨタのIQに取り替えて、老人省エネ生活を始める計画でしたが、キャンセルして計画を一年延ばすことにしました。
岡君が絵描きの息子さんを連れてきました、我が家のアメリカ在住の長男一家は、今年は正月には帰国しないとのことです、10月にはこっちが出かけていますが、子供等も学校が忙しいらしいのです。
次男も三男も、それぞれが付き合っている、若者グループを沢山餅つきに、つれてきましたが、元気の良い、気分よく働く連中で、気に入っています。
こういうときに、てきぱきと自分の判断で、身体の動く奴と、呆然と見ているだけ食べているだけの奴に、分かれるのですが、独立・自営で成功したかったら、日常の行動を上司やクライアントは、そんな風に見ているのよ、と説教したい所です。
本人が付き合っている周辺の連中を観察すれば、かなりのことが判るというのは、古来人物の判定に欠かせない要素で、私は重要視しています。
そういった意味で、最近ceaの研究会でお付き合い始めた、上智大の清水先生、千葉工大の尾上先生は、私の最近のお付き合いの大成功例で、太鼓判を押します。
31日は一日中、身辺の整理・廃棄をして反省を終えて、新年を迎えます、皆さんも良いお年を。