森田裕之の独立自営のコラム


1973年から現在まで37期に渡って独立自営をしており、本コラムは1990年開始で21年目に入っています
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技術コンサルタントの世界 2012.02.06.
第一土曜日・午後一番には、cea・組合の定例会でもある「独立・支援研究会」を40年近く続けています。
直近の会合には、5名の初めて参加した人、2−3回目の諸君を含めて10数名の参加者がありました。

最近では、独立後数年のベテランの話と、これから独立する人の話を聞く流れになっています、遠いところから出かけてくる諸君もいて、参考になりましたと挨拶をされると、ほっとするが、我々には反省することがある、それはベテランの諸君に話をお願いするときに、「これから独立する諸君の役に立つ話を、良く考えて話してくれ」と依頼しなくてはならない。

独立の話を聞くだけではなく、色々やっている研究会や関連グループの活動に参加を奨めるのも、この独立支援の会の役割である。
世間には沢山の「結果としてシニアの暇つぶし」運動があり、技術士資格者諸君の選択肢は沢山有りそうな錯覚に陥るが、独立・自営の道は案外厳しいことが、私の組合活動での実感である。
技術コンサルタントの世界 2012.01.30.
  26日の周辺技術研究会での機械メーカーS社の見学での、営業の責任者の方のミニレクチャーには「感激」しました。

ユーザーである顧客さんの営業・稼ぎの心配をしているのです、さすがにここ数十年で、世界的な機械メーカーに発展しただけのことがあるね。
工場インフラ・水、空気、電気等の機械・投資とは違って、私の出身・分野の成形機や工作機は稼ぐ機械である、機械のユーザーには当然同業他社との間に、熾烈な稼ぎ高の競争がある。

私の知る欧米の機械メーカーは、「いい機械を作ったから買ったら得だよ」と言う態度が常識だ、日本でも大手の会社に納める機械メーカーの技術者は、ユーザーの生産・保全技術者に色々教えてもらい、機械の改良・開発をするが、ユーザーが中小企業の場合は、ユーザーの商売・お客のことまでが、営業の領域なんです。

実は、私のコンサルタント商売の原点も同じで、私は最初から顧客の技術者に「指導」とか、「張り合う」ことは一切やらないことにしていて、顧客の客先の心配が私のテーマでした。
40年もこの商売やって来れたのも、基本方針が間違っていなかったんだろうな。

60年経たないと、結論がわからなかったことに、最近ドイツの友人のメールで、歯医者の話があり、気がついたのですが、「私は物心ついて以来、歯磨きをしたことがありません」、多分戦後の満州での2年間「8−10歳」の日本人ゲットーでの生活で、習慣を失い、そのまま今日まで来てしまったのでしょう。
結婚した頃は、妻に笑われていましたが、今では私が「親知らず4本抜いた」以外の歯が健全なのに対して、妻は歯医者さんによく出かけています。
技術コンサルタントの世界 2012.01.16.
新年第2週は、新年会のオンパレードで、まずは大学の卒論の仲間とのおしゃべり会、卒後52年の生き残りの爺さんたちは、大いに元気で、相変わらずの病気・薬・サプリメント・旅行・の話ばっかりだが、なにしろ生きて元気であることに意義ある年齢なので、半年後にも相変わらずに顔が見たいところです。

有機野菜の昼飯を食べて、銀座の真ん中のオープンテラスの喫茶店に座って、歩いている人を見ていると、中国人が圧倒的な存在感で通りを闊歩しているのが判る、時代は変わった。

プラ業界のコンペックス研、千葉工大でのMNB研、技術監査人の技術フォ−ラム、早稲田でのニューシビル研の月例会・新年会がスタート、何処へ行っても最年長になりシニアを意識せざるをえない、今年は私が関係した色んな会合の次世代の諸君を、グループに仕立てた会合を企画したので、私自身の世代交代の年にするつもりである。

14日の藤田くん提唱の「発注者のエンジニアリング」の勉強会で、技術士資格とアメリカのPE・ライセンスの違いの問題に、話が進んできたので、次回から「公共の福祉に寄与する・奉仕する仕事」としての技術者資格の勉強をしようという話になりました。

興味ある諸君の参加を期待します。

技術コンサルタントの世界 2012.01.08.
三ヶ日は恒例の親族との交流で過ごし、四日からプールがオープンなのでしばらくぶりに、腹ごなしの2KM泳ぎ、昼寝をしたお陰で、すっきりして年賀状の返事を書きました、年賀状の付き合いというのも、味のある淡い付き合いで、悪くない。

五日は、昨年来のお札や破魔矢を返しに、今年は相模の国の一宮・寒川神社に出かけました、帰りは高速に乗らずに、延々と下の道をドライブしました、途中に気がついて高尾山の近くにある、大正天皇・皇后と昭和天皇・皇后のお墓である多摩御陵に寄りました、がらすきで誰もいない、手入れの行き届いた神式の、四つの「前方後円墳」を見てきました。

六日は、cea・組合に関係する別法人の諸君、大塚・青葉・井戸田・菅野・原田君と私の六人で、交詢社に集まって雑談し、ライオンで一杯飲んでミニ新年会と言う事になりました。

七日は、cea・組合定例の独立・支援研究会があり、四人の新人が参加してくれました、後半はceaの色んな研究会・グループの紹介と、組合ではこれまでなかった、食品関係の研究会の話題が、議論されました。
十四日の午後三時から、早稲田の会議室でのニュウシビル研・高堂君で、私が自宅の風呂と寝床で愛用している「ラジウム・ペレット」を商売している六城君に、今度の原発の放射線にひっかけて、話をしてもらうことにしました、お楽しみです。

技術コンサルタントの世界 2011.12.27.

明けましておめでとうございます、2011年は日本人にとって,あまり良い年じゃなかったですねえ、我が家でも親戚・友人に被災者があり、人生の不条理を見せつけられ、元気が無かったのですが、気分を一新するという意味でも、年末恒例の我が家の餅つき(記憶では1968年12月30日から始めた)はいつものように、一日快晴でぽかぽかした天気に恵まれ、70名を超える人達が次々に現れて、無事に終了しました。

あとで数えてみたら、大雑把に言って私の関係者が25名、妻が15名、親戚が15名、息子達の関係者が20名来てくれました、年々増えてきて、今年は20KG搗いたのですが、ほとんど食べてしまいました。

始めた頃は幼稚園児や赤ん坊だった子供たちの友達連中や、親戚も私の世代から、子供たちが結婚して子供を連れて来たのを見ると、月並みだけど「月日のたつのは早いなあ、世代交代だね、続けてきてよかった」と思いました、一度も休まず出来たのは、天候に恵まれたこともあるけど、家族の健康にも恵まれてきたことや、色んな幸運に恵まれてきたことに、感謝する気分です。

時代の変わり目だなと言う事は、我が町北浦和から本屋が無くなったこと、商店街の半分がチェーンストアの出店に変わり、昔からある店も開けたり閉めたりで、セミシャッター街になってしまった。
世代交代とか、相続に関係有る変化なのかもしれない。

cea・技術士協同組合の活動は、主として内部的な研究会活動や、組合員以外の人達を巻き込んだ別法人のグループ活動、親睦の会合等であるが、設立時の理事長の和田先生に言わせると、「なかなか面白くなってきたねえ」との御託宣である、独立・自営業者としての技術士のグループ活動では、日本でも有数のサイズになってきた。

今年もあまり新しいことを考えるより、これまでやってきたことを、充実させるような世代交代を、進めるように手綱を取りたいと、初詣でお願いしてきた。

技術コンサルタントの世界 2011.12.27.
家の掃除をしたり、買い物に付き合いながら、今年は世の中は大変だったなあ、とは思いつつ、俺は例年のごとく無事に年末を迎えて、良かった良かった、という気分が錯綜しています。

最近、大連(満州)での幼稚園同級生と、銀座で昼ごはんを食べましたが、銀座を闊歩する中国人ファミリーが沢山いるのに驚き、我々の親の世代が元気で生きていたら、面白がるだろうねと、6,70年サイクルという「コンドラチェフの波」なんていうのは、案外こう言う人間の一生と言う間隔のことを、理屈付けしただけなのかもしれない。

「継続が力」なんだということも、今年は色々なことで、思い知らされました、順不同に書くと、私は独立した当初は暇で時間を持て余していたので、近所のプールに泳ぎに出かけ始めたのですが、お陰かどうか、今でもほぼ毎日、元気に午前中は泳いでいます。

最近見学した、宇部興産の千葉工場で見た、高圧法ポリエチレンのプラントで、1965年に設置したという3000気圧のコンプレッサー(インガソールランド製)が動いていました、世界的には生き残っているプラントが少なくなり、マーケットで十分役を果たしているとのこと、「日本のメンテナンス技術者の凄さ」の象徴と言っていいだろう。

私は1960−61年に川鉄・千葉の圧延部・整備課に居て、機械のユーザーの過酷なメンテナンス環境を骨身にしみて経験しているので、世の中では先端技術・新製品開発しか着目されないが、実は「メンテナンス力」が企業の技術力・競争力であるケースが案外たくさんあるはずだ。

我が家では、長男が幼稚園の頃だから、1969年から年末の30日に「餅つき」をやっている、不思議に何時も晴れで、休まず続けている、最近は子供らが友人を連れてきて手伝ってくれるので、私は号令をかける役割だ。

毎年、今年でお終いかなと思いながら、案外続けられるのも「継続は力」と言うことなんでしょう。
技術コンサルタントの?世界 2011.12.19.
9日のAPP・大気圧プラズマ研の千葉工大での講演会・展示会は、ミニ・見本市みたいで面白かったが、反省としては、「メーカーばかりが集まって、吠えてもしょうないな」と、私がパーティの時に挨拶したが、ユーザーを集める努力が不足していた。

16日は、MPEC・微粒子研のステアリングと忘年会、17日は稲門会・技術フォーラム共催の、大森駅集合で、大田清掃工場の見学会と、忘年会がありました。

車検に出していた車が帰ってきたので、東京の高速をグルグル回って調子を見てきました、免許の書き換えの高齢者の講習会で、認知症のテストをされ気分が滅入っていたのですが、40年来の気晴らしをしたら、さっぱりしました。

正月まで、と言うより、30日の餅つきまで、今しばらく忙しい日が続きます。
技術コンサルタントの?世界 2011.12?.08.
 運転免許の更新の為に、高齢者講習会に行ってきました、運転は日常的にやっているので、意識していなかったけど、老化というのは脳のことなんだと、思い知らされました。

2日の千葉工大でのMNB・講演会は大盛況で、100名位の参加者があり、講演もバラエティ「応用分野が広い」に富んでいて、面白かったが、実は研究と言うか理屈の方があまり進んでいなくて、何故・どうしてそうなるのかということが、判らないテーマがあって、それはそれで展開の仕方も考えなくてはならず、分科会を色々作る段階に来ている。
超臨界をやっている産総研の小野くんも、MNBという隣接領域に興味を持って、参加するようになった。
私は独立以来、ずいぶん色々研究会を作ってきたが、MNBは考えどころに来ている。

3日の独立・支援の会は、シニアの金川君と、これから始める松田君の自己紹介があった、独立・支援ということは、「誰かに教えてもらう・指導してもらうということが出来ない」と言うことを、若い新人もシニアの新人もなるべく早く気が付かなければ駄目だ。

そういった意味で、毎月若くして独立したメンバーと、定年後独立したシニアが、ミニ講演をしてくれることになっている。
新人(若い人もシニアも)は、先輩と付き合いながら、自分で考えて「自分なりの独立・自営をやってみる」しかないのが、技術コンサルタントの業界なのです
技術コンサルタントの世界 2011.11.26.
周辺技術研の見学会で、千葉・五井の宇部興産のポリエチレン・合成ゴムの工場に行って来ました。
50年くらい前に作られた工場で、インガソール
ランドなんていう、私が若い頃の世界的に有名なメーカーの3000KG/CM2と言う超高圧コンプレッサーが元気に稼働していました、感激です。

私が大学卒業して入社した川鉄が、ここの近くにありますが、この頃に設備投資をした日本の基幹産業の経営者の先見の明は素晴らしく、改良を重ねては居ますが、今では世界的に見て、日本の素材メーカーは圧倒的な競争力を保持しており、当分の間日本を支えてくれることでしょう。

昔を思い出したついでに、最近の会合での話題の一つに、子供らの世代が結婚しないとか、離婚して子供と一緒に親の所に同居していると言う話を、良く聞きます。
私は、PTAの会長を6年間やったので、近隣の子供は顔見知りですが、子連れの離婚・実家住み娘を5人も知っています。
私の持論は、結婚も就職もあまり諸条件などを深刻に考えないで、エイヤッと突っ走るのが正解で、大体はうまくいくのが人類の知恵というものです。

独立・自営への展開も、ある種運命的な流れというものがあり、私なんかも振り返って、今と違うコースは想像できないくらいに、必然的な運命だったんだとしか、考えられません、先のことを心配したことはなかったなあ。

技術コンサルタントの世界 2011.11.21.
若いころドイツに移民したS君へのメールです、福島大震災以来、彼は日本の愛国者になり、色々心配してくれます。
私は長男一家がアメリカに移民しており、日本人の海外移民に関しては、大いに関心があります。

以下貼付けー

国論を2分する議論があると、いつも昔のことを思い出す、終戦から2年近く奉天というところの、日本人ゲットーに住んでいた頃、学校は教育機関と言うよりも、近所のお兄さんたちが遊び(麻雀・花札)を教えてくれる楽しい場所だった。

そのお兄さんたちの出来のいい人達の中に、毛沢東の八路軍(共産党の指導者の元の軍隊)に大勢志願して,入隊していなくなっていた人が居ました。

60年安保の時、浦高の同級生で、東大の物理にいた木村くんという友人が、中国に亡命したのも、私には大事件だった、農村の現場に真実があると、北海道に行き、ヤマギシ会と言う団体に入った従兄弟は今何をしているのだろうか?

北朝鮮は天国だと、言い残していなくなった近所の友だちも、思い出すよ。

20年くらい前に、通産省がシルバー・コロンビア計画と称して、定年後の年金生活者を、カナダやオーストラリア・ニュージーランドに補助金をつけて送り出したことがありました。

稲門の知り合いでも、宮島くん(インドネシア)や金属の伊庭くん(ニュージーランド)が移民しましたが、最近帰ってきています、中老人は良いけど、最後のところは日本になるのかねえ?
現地の家を売っても、円安なので損はしていないらしい。

私が、雑誌を海外の知人の送るようになったのは、アルゼンチンで世話になった、マルハの元船長さんの豪邸で1週間泊めてもらったときに、毎朝居間でラジオを聞いていたので、何しているのか質問したら、NHKの相撲の国際放送を聞いていて、ほろっとしていました。
浅草の出身で、アルゼンチン沖で、メルルーサと言う魚を大量にとって政府に寄付して勲章や年金をもらい移住していたのです。

居間には沢山の日本の雑誌が置いてあり、旅行者が置いていく習わしなのだそうです、そのジーさんいわく「日本に行くとアルゼンチンに帰りたくなり、アルゼンチンに暮らしていると、日本に帰りたくなる。
魂がさまよっているんだ」とのことでした。
「それでも、寝る前には必ず日本の雑誌を5分も読むと、寝付きがいいのさ」、と言われたので、私は知り合いの海外移民に「寝付きを良くするために、読み終わった雑誌を2KG以内の船便で、送ることに決めたのです。」

話は変わるけど、日本では急速に本が売れなくなっています、我が町の3軒有った本屋は、この2年で全部無くなりました、寂しいね。

技術コンサルタントの世界 2011.11.14.
7日の午後は、微粒子研究会による、千葉のライオン工場見学会に行きました、洗剤の性能は粉石けんが液体よりいいのだと、技術者に説明され納得、長年の思い込みが間違いで、帰宅したら妻に説明しようという参加者が多数を占めました。

9日のMNB研の見学会も千葉の大網というまちの、鶏をさばいている工場の水処理システムを見学しました、数年前に広島のシャープの山嵜君のやっていたシステムと同じで、マイクロナノバブルの威力・効力は、実際に凄いが、研究者(大学)に分析・理論立てをお願いしてから、市場開拓を考えてみようという結論になりました。

12日(土)はceaの諸君が沢山(50名くらい)参加している、技術フォーラムの定例会がありました、監査の仕事が順調に増え続けていて、組織としてもしっかり結束しないと、これまでの技術士グループの歴史のでの悪しき分裂・内部抗争の徹を踏まないよう、ガバナンスを徹底するのは、シニア・先輩の役割であると自覚する時期になった。

12日の午後のニューシビルの会は、高堂君のキャラクターのお陰で、毎回多彩な分野のスピーカーが面白い話を聞かせてくれる、今回も若いITベンチャーの上津原さん、u-style.coの話、藁科君のMRI・強力磁場のビデオ、福本君のガスパイプラインの話がありました。
29日には、ガスパイプライン関連のイヤシロチ見学会で、高崎のゴミ発電所見学があります、10数名集まり締め切りになりました。

10日には、石巻の後輩浅野君夫妻が来宅、家が流されちゃたが元気で、仙台の奥さんの実家で暮らしています、私のオープン・クラブハウス・サンドを食べて、本田のハイブリットの新車に乗って、さっそうと帰って行きました。
技術コンサルタントの世界 2011.11.06.
季節の変わり目は、出かけるときの服装が難しい、たいていは着すぎて汗をかいてしまう、肉付きの良い若者は、寒くないのかねえと、不思議に思うことがあります。

31日には、藤田くんのアレンジで信州上田の機械加工メーカーの見学と相談に出かけました、私の車の燃費が15KM/L
ということがわかり、まんざら悪くないんだと、ご機嫌で帰宅しました。

3日には、奥多摩・御嶽駅前の河鹿園と言う割烹旅館で、42歳の厄年で死んだ卒論仲間の33回忌ということで7名集まり、墓参りをしました。

4日のコンペクス(高分子材料の勉強会)では、廃プラ団体に在籍しているメンバーが、プラスティック廃棄物処理の日本の現状をレクチャーしてくれました、役所の技術監査の仕事をやっているNPO・技術フォーラムでも、喋ってもらおうと頼みました。

5日の独立支援研究会と研究会インキュベーションの会は、独立をサポートするグループの作り方や、実際に活動中の研究会の状況報告をやっています、私はなるべく全部の研究会のステアリングには参加して、状況を把握するようにしているが、別々にやっている研究会に接点が生まれたり、応用・市場開拓先が共通していたり、面白い複合効果が生まれてくる予感がして、私自身大いに楽しんでいる。

独立に興味のある技術士諸君は、準備期間が必要だから、早めに色んな研究会に野次馬として参加して、準備期間を十分に取ることをアドバイスしたい。

技術コンサルタントの世界 2011.10.27.
紅葉のタータンチェックが見たくなり、ついでに福島の親戚・三瓶君一家を励ましてやろうと、差し入れのパン・2斤を焼いて、24日(月)早起きして、東北自動車道を北上しました。

稲門の後輩でもある三瓶君は、去年までは県の役人だったのですが、昨年末に定年で富岡町と言う原発に近い町に、副町長で再就職しました、今は郡山のビック・パレットhttp://www.big-palette.jp/という、コンベンションセンターに、町ごと避難して半年以上たっています。

久し振りで会ったら、15KG痩せたとひょろひょろしていましたが、責任感の強い、人の良い奴ですから、「これからさだまさしが、寄付を持ってきてくれるので、セレモニーやるんだ」と、すぐどっかへ行ってしまいました。
奥さんによると、毎朝「森田のおやじのパンはうまいなあ」と、私が送料600円払って、毎週2斤送っているパンを朝飯にして、車で1時間かけてビックパレットの富岡町避難対策本部に通っているそうです。

そこから裏磐梯にある「諸橋近代美術館」・http://dali.jp/に出かけました、ここは2度目ですが、株式を上場した諸橋さんと言う実業家が、ダリの世界的なコレクターでもあったそうで、沢山の面白い作品が展示されています、美術館同士は作品の貸し借りをやっているらしく、前に来た時と違う展示があり、何しろ国立公園の中にあるので、窓から見える借景も素晴らしくて、夕方までのんびり過ごしました。

25−29日はIPF・3年に一度のプラスティック見本市が幕張メッセで始まり、3−40年来の付き合いの親しい連中と、銀座で晩飯を食べたり、会場で立ち話をしたり、何しろ私が飯を食ってきた業界のイベントなものだから、色々忙しくてくたびれる日が続きます。

技術コンサルタントの世界 2011.10.19.
このところ、営業コンサルタントの河北くんには、色んな所で世話になっている、昔プラスティックの表面前処理の機械屋さんの営業マンだと思っていたら、我が家の餅つきには来るし、ceaの研究会(APP研や周辺技術研)にも顔を出して、適切なアドバイスもしてくれるので、有難い。

13−16日は、イタリアから里帰りの妻の友人の湯崎さん(粘土アニメの世界的作家・NHKの子供番組)達を連れて、出雲大社に行って来ました。

松江は、日韓会議で地元の藤井さんご夫妻に、何回もご案内いただいているので、お城のお堀巡りや武家屋敷歩きを一日楽しみ、出雲大社と近くの岬の神社を一日、プリウスのレンタカーで廻り、玉造温泉で泊まりました。

帰路は、博多に行く彼女らと別れて、岡山に途中下車して、又レンタカーを借りて、後楽園・お城と、備中・備前・備後の吉備津(彦)神社(3つもあるのです)を廻りました、何しろ神社好きですから、面白いねえ。

17日は上智大でのCFRP研究会、18日は周辺技術研究会の大島電気(太田市)の見学会と、大忙しの日々が戻って来ました。

技術コンサルタントの世界 2011.10.13.
 衣替えの季節になり、空気の透明感を感じる気分のいい日が続く、最近の研究会APPから、何十年も続いているコンペックス、世話人の高堂君のキャラクター通り、中身が変幻自在なニューシビル研究会と、忙しい月の初めの週が過ぎて、3連休は東京盛り場の定点観測と、近所の孫と遊び暮らしました。

今週はイタリア在住の妻の友人・湯崎さん(アニメ作家)が来日するので、出雲大社に連れていく予定です。
恐山に行く予定だったのですが、寒くて交通不便なので、来年時期を選んでいくことにしています。
イヤシロチ研究会も、先日の諏訪大社、分杭峠のツアーに参加した諸君から、「面白かったですねえ」と話しかけられ、気を良くしている、世話人の金谷君が私の趣旨を完全に理解してくれ、次回も上野一宮(こうずけ)・貫前神社と、高浜発電所のツアーを考えてくれています。

私が中学一年から住んでいる北浦和には、ここ数年前まで3軒の本屋がありました、近くに浦和高校・埼玉大学のある文教都市と言われたこともあります、昨年来全部潰れてしまいました、ショックです。
本屋のない街は情けないね、日本人は本を読まなくなってしまったのだろうか?

私は朝の6時半頃、TVー2でやっているラジオ体操を体の目覚ましにしています、その前の番組で「日本文学」をテーマにしているスピーカーで、東京大学の教授のロバート・キャンベルさんの話に引きつけられています。
いまは、太宰治の解説をやっています、私は嫌いで読んだことがなかったけど、キャンベル先生に日本人の本質的なところを、目からウロコの解説で教えてもらいました。

文学がわからないと、政治も経済も判らないというのが、副島さんを見ていて気がついてはいたけど、遅かりしという気がしないわけではないが、ボチボチと勉強してみよう。

今週は、組合の弁護士・大治さんの仲間の弁護士からの依頼で、訴訟の鑑定書の仕事で頭が一杯です、我ながら技術屋の頭は単純だなあと、情けなくなります。
訴訟なんかになる前に、コンサルタントの仕事で受けたかったなあと、ブツブツ独り言を言っています。
技術コンサルタントの世界 2011.10.02.
技術士と言う資格を看板にして飯を食っている先輩として、後輩・業界の育成に関心がある。
独立して3年くらいたったとき、なんとかやっていけると自信がついた頃に、仲間と組合をつくろうと話し合って、独立・自営の諸先輩を口説いて、組合を作った。

後輩に出来ることは、大きく分けて「受験の勧めと対策」と「独立・自営の勧めと対策」である、受験に関しては最近では大学OB・技術士グループや企業内の技術士グループで活発に後輩に呼びかけているので、我々のような資格取得の古いシニアの出る幕は無いと判断している。

独立・自営に関しては、我々の組合が日本では最大のグループだろう、専門・経験の違いや分野の違いがあり、あまり一般的な独立・自営の経験則は無いと言っていいだろう、経験者が居るだけだから、経験者の話を聞くしか後輩としては勉強の方法はない。

組合発足以来、第一土曜日には独立している先輩の話を聞く会を運営している、会議室の確保が難しい時代になり、世話人は大いに苦労しているが、感心なことに、一度も欠かさずスピーカーを確保して、新人の参加を待っている。

技術コンサルタントの世界 2011.09.27.
3連休が2回あり、私は何時もの、休日の定点観測・東京散歩をまとめていろんな所に、車で出かけました。

私が車を駐車するのは、日本橋あたりは東京駅地下、銀座は数寄屋橋の地下、アメ横は最近出来た上野の公共駐車場、六本木ー麻布十番は公共駐車場、新宿は南口に近い東急ホテル、浅草は道路のパーキング、お茶の水は山の上ホテル、です。

私は、消費の最先端に興味があり、ここ10年の日本の消費デフレを実感してきた、床屋、寿司屋は明らかに技術革新で値下げに対応している、銀座の昼飯も1000円から、最近は500円に移行してきている、サービス業も大変だなと感じています。

首相も変わったということで、巷には災害対策の提案が満ちあふれています、私の経験では自分に降り掛かった災難は、自分でなんとかするしか復活の道はないと思います、知り合いや後輩達の健気な話を色々聞いていて、日本は大丈夫だと確信するに至っています。

技術コンサルタントの世界 2011.09.19
「暑さ寒さも彼岸まで」とは言え日差しの厳しい連休です、私には100歳の母方の叔母が健在なので、気分は最長老ではありません、でもこのところのトピックスは、アメリカ在住の孫(女)が大学生になったり、アメリカの下の孫(男)が遊びに来たり、近所の赤ん坊の孫(男)が晩飯を食いに来たり、家庭ではほとんど「爺さん生活」をしています。

13,14日には「ナノ構造ポリマー研究協会」の合宿が、逗子の(会社の)保養所であり、目玉の講演は東北大の西先生の「免震装置(ゴムと鉄板を複数重ねる)の話」でした。
このグループも発足当時のメンバーはほぼ居なくなり、企業の若い人が増えて、交流会的な役割が強くてなかなか感じのいいグループ活動になってきました、世話人の田代くんのキャラクターのおかげでしょう。

長年技術士のグループ活動に関して見てきた私の意見は、テーマはあまり最近の話題や、大きなテーマに挑戦するより、気心の知れた3−4名の専門の違う諸君の、自然発生的なテーマで始めたら良いと思う。
ミニ講演とか、見学が毎月続けられるようになれば、学会とか業界団体に参加することになるだろう。
あとは続けることです、これには執念・習慣・付き合い・人柄が重要で、おかしな人や嫌われる人を、おん出す荒業も必要な時があります。

10月の末には、プラ業界の見本市があります、業界での古くからの付き合いは、この期間中に一気に会うことにしています、去年作った「周辺技術研究会」の諸君とネタの仕入れと、私の新ネタの披露と、忙しいけど楽しいイベントです。

技術コンサルタントの世界 2011.09.11.
5日のコンペックス(高分子の技術者のグループ)の講演は、メンバーの定年後の趣味の「日本刀・出雲大社」の話でした、世界の歴史・ヒッタイト族から始まる、鉄の歴史や首狩り族・日本人の話は、薀蓄があり面白かった。

7日の周辺技術研究会は、品川にある松浦機械(福井が本社)のショウルームに、見学に行きました、マシニングセンターと光造形機械を組み合わせた、8000万円もする機械の紹介でした、プラスティック成形金型の冷却水孔を曲線で作るというのが売りの、優れものでした。

9日の千葉工大でのMNB(マイクロナノバブル)研究会のステアリングでは、この暮の講演会企画の議論をやりました、私はあらためて水耕栽培の勉強を始めるグループ構想を提案しました、梶君が世話人をやってくれます。

10日は、朝の9時から監査人の技術フォーラムの定例会、1時から藤田世話人提案の、発注者エンジニアリングの議論、3時からは高堂世話人のニューシビルのテーマの数々・分杭峠ドライブ計画・省エネパイプライン計画などで、一日中会合でした。


技術コンサルタントの世界 2011.09.04.
T君、森田裕之です、微粒子問題研の見学旅行で、9月2日に角館の武家屋敷のオプショナルツアーに参加して8000歩くらい歩きまわってきました。

車や電車のない昔の僻地に、結構立派な街作り、町人街と武家街が息が詰まるくらい身分差による細目に作られているのを見て、私の性は合わないけど、日本人の不思議な秩序感・細目のこだわり・美的感覚に満ちあふれていました。(見学先のガラスの研磨工場の内部も、角館の街づくりと、まったく相似形なんだ)

ガイドさんを頼んだのは正解で、平安時代から後の、どこの誰に支配されていたかの複雑な話は「もうすっかり忘れちゃったけど)すごく面白い話でした、支配者がどんどん変わるけど、街は変わらなかったようです。
笑ったのは、勘定奉行の家が一番立派だったことです、今で言う経理担当重役ですね、町人街では材木商、酒屋、味噌醤油メーカーなんかが、立派な蔵を作って威勢を誇っていました。

現代で言うと、大企業の地方工場の趣があり、最先端の文化・京都から仕入れてきて、沢山の文化の香りが今でも、お祭りなんかに残っているようです。

閑話休題、私は色んな研究会での工場見学会が好きで、最優先で参加していますが、地方の工場見学では、その前後に自分でオプショナルツアーをすることにしています。
見学会では、乾杯の音頭を頼まれますが、最近は「年をとると工場見学が好きになります、若い人には、技術者の成れの果ての爺が、元気に見学して楽しんでいる姿を見せて、自分も年取ったら、ああいう趣味も悪くないなあ」と思ってもらえば良いんじゃないかと自負しています。

今日は独立支援の会と、研究会・インキュベーションの会があり、20人近い出席者がありました、研究会に関しては「私は一貫して多産多死でOK」と言う方針です、今ある研究会は生き延びて参加者が数十人から100名近い会もありますが、参加者が集まらない会を後講釈して何かのせいにしても、意味がありません、分科会が沢山出てきているので、研究会の種は心配していません。

君は体を壊したけど、頭の方はしっかりしているようだから、提案をまとめて、メールして下さい、私が人集めやグループ運営を考えてみます。
技術コンサルタントの世界 2011.08.25.
アメリカの息子・孫が里帰りで滞在してあちこちに顔見せに出かけているので、賑やかな日々を送っている、
今の日本は、消費の世界でも最先端をいっているので、面白いらしい、新宿・四谷・秋葉原、銀座・新橋・品川、上野・浅草、渋谷・神宮・六本木、を歩きまわる。

息子・孫が、私の焼くパンの作りたてを食べさせたら、非常にうまいと感激している、お土産にこの松下の機械を買ってやろうと思う、粉も日本では、日清製粉の粉の技術が、多分かなり細かい微粒子が分級されて入っているらしく、美味いんです。
微粒子研究会・MPECで、研究者を呼んで話が聞いてみたい。

私が今取り組んでいるcea・組合の研究会は、メーカー・ユーザー・研究者のグループ化を原則にしているので、いろいろ面白いテーマが派生しつつある、一年ぐらい経つと顕在化してくると、楽しみにしている。

私は、今で言うと、震災とかエネルギーとか危機管理といった流行りのテーマにあまり興味がない、「誰も言わないが、私は興味がある」という提案は、良いと思う。

我が家の近所は、何故か建築ブームで、すぐ近くに4本のビルが建設中で80世帯の賃貸マンションもできるし、幼稚園や老人ホームがどんどん出来つつあります。
新聞が、人口減・ゴーストタウンの話をよく記事にしますが、こういう地区もあるんです、日本は広いよ。

技術コンサルタントの世界 2011.08.14.

技術フォーラムの月例会のあとで、イヤシロチ研究会のステアリング委員会を、銀座の交詢社で議論しました。

再開一回目の31日(日)の両毛3悪人コース(佐野薬師・栗田美術館・大塚水耕園)が好評で、16人も来てしまったので、次回の分杭峠にいろいろな意見が出ました。

私は、文化の匂いのする美術館や神社仏閣を入れた一日コースを、イヤシロチ研究会の骨子にしたいと考えています。

12日に上野を高堂君と歩いていたら、秋葉神社がありました、秋葉神社・本山はイヤシロチ研究会でも行ってみたい候補地だったので、ビックリしました。
上野の秋葉神社は、あまり本山の火の神様とは関係なく、秋葉原の語源のローカルな神様のようです。

分杭峠は、パワースポットで有名ですが、我々はどうしても地学的な理解をしっかりしてから、現地に行きたいので、世話人の金谷君がコースを考えてくれることになっています、お楽しみです。

年配は問わず、独立・自営に踏み切った新人の諸君は、先輩の活動ぶりをよく観察して、早く「専門家からコンサルタントへ」と志向して下さい、自分の得意のテーマで「ユーザー・メーカー・研究者」のセットを作って月例会まで出来るようになれば、もうすぐ一人前です、私もできるだけ、相談に乗ってやろうと、思っています。
技術コンサルタントの世界 2011.08.03.

7月31日(日)の イヤシロチ研究会の再開・第一回は、栗田美術館・佐野の薬師・大塚くんの水耕栽培を一日で回りましたが、大好評で16名参加して、4人から楽しかったという感謝のメールを貰いました。

次回の計画は、1. 分杭峠・駒ヶ根高原美術館・秋葉神社

          2.東京富士美術館(創価学会系)・高麗神社・サイボクハム

を、金谷・世話人に提案しています、ホームページを見ている諸君の参加と提案を、待っています。

28日のセキュリティ・ロボット研は、参加者10名、29日のMNB/APP研は12名の参加者でした、ステアリング委員と世話人のチームが、それぞれの会でうまく回り始めたと、私は喜んでいます。

30日には、技術監査人の認定講習会が朝から晩まで千代田プラットフォームで開催、13人の参加者が全国から集まりました、出来れば全員、今後はNPOに参加して、役所の監査の仕事をやってもらえればいいなあと、挨拶をしました。
技術コンサルタントの世界。2011.07.30.ー稲門技術士会・会報の巻頭言ー

私は、1937年に満州で生まれ、1947年に帰国、1960年に機械科を卒業、1970年に技術士に合格、1973年に独立・自営を開始しました。

当時の技術士会には、旧軍人の先生方が沢山いて、確か「暁に祈る」というタイトルの著書のある、有名な化学の辻薦先生や、機械部門の部会長は、新井政太郎先生という左官級の方で、銀座の交詢社で部会をやっていました。

この頃の先輩方は、10数名家庭訪問をやりましたが、皆さん余裕があって、親切に若造だった我々独立希望者に、色々教えてくれました、私は独立してから、交詢社に入れてもらったり、3年後に組合を作りたいと協力をお願いしたら、30数名の先輩方が出資金を出してくれました。

独立の先輩で、一番年齢が近いのが、稲門の先輩の本田尚士さんで、私は特に教えを乞うたことはありませんが、反面教師という面も含めて、一番影響を受けました。

私は早稲田大学には特に思い入れはありません、それどころか最近私の卒業した研究室の後輩の、橋詰教授が筑波市に風車発電機の件で、早稲田が訴訟に負け、9000万円支払うことになったという新聞記事を読み、腸が煮えくり返る思いです、周辺から聞こえてくる言い訳の風評が又しゃくにさわるのですが、あまり考えないことにしました。

私が独立した40年近い前の諸先輩に比べると、今の私を含めた年配者(シニア)達は、余裕が無いせいか、あまり後輩に親切じゃないですね。
後輩にも問題があり、独立・自営をやってみたいという若い諸君に、最近めぐり合うことがありません、私はどうして皆そんなに会社が好きなのか?、不思議でたまりません。

技術コンサルタントの世界 2011.07.19.
先週は健康チェックの週で、白内障オペ以降の目のチェック、10数年前のバイパス以降の心臓チェック、歯の歯石落とし等で今しばらく、体はいけるらしいので、一安心です。

14日には、周辺技術研究会の油研工業(綾瀬市)見学に参加しました、古い友人の大場くんが役員になっていて、案内してくれました。
油圧機器は、インジェクション成形機を2分する要素技術で、新しい電動式(ボールねじ)に対抗して、ユーザーにしぶとい需要を持っている、面白い技術です、電気自動車に対抗するガソリンエンジンみたいな立場で、私は勿論油圧式のフアンであり、エンジン自動車に乗り続ける覚悟をしています。

15日は、上智大清水研でのCFRPと工作機械の回転・可動部分の応用に関する打ち合わせ、ユーザーの技術士仲間がほしい。

17日には、副島隆彦さんの学問道場の年中行事の講演会がありました、福島の災害がテーマで、我々のセキュリティロボット研究会に参加している、石井くんが学問道場の福島支部が決まるまでの、弟子たちと副島さんの現地での行動を、レポートしていました。

副島さんは、今流行の「放射能怖い怖い運動」を批判して、実測値をもとに、冷静な・自己判断で、住みたいところに住むと良いと、リバタリアン振りを発揮していました。

31日(日)には、久しぶりにイヤシロチ研究会の見学会をやります、足利の栗田美術館・佐野の薬師・大塚くんの水耕栽培を見学します、それぞれに関する、私の薀蓄を披露します、金谷君が世話人をするので、いける人は連絡してください。
技術コンサルタントの世界 2011.07.06.
 今回始めて羽田からのデルタ航空のLA便、22日の深夜=23日の早朝発に乗りました、満席でした、なんとなく夜行といった雰囲気です。
私の息子夫婦は、ニューポートというLAでも一番先端的な市に住んでいて、ゴルフで有名なペリカンヒルに歩いていけるところに居ます。
今回は、孫娘がハイスクールを卒業するので、式を見たいということや、9月から入る大学・UCLAも見てみたいので、2週間ばかりLAの中をうろうろしてきました、その印象を書きます。

日本の落ち目がはっきり見えてきたという感じです、車が韓国勢に、電気品が韓国・中国製に圧倒されています、息子夫婦はそれぞれ大手の日系メーカーの現地採用ですが、かなりの危機感を持って自体をハラハラしてみている様子です。

反面、孫娘が最近始めたがってん寿司のバイト先に食べに行きましたが、なかなかの繁盛ぶりで、これからの日本のホープは、日本の食文化絡みかなあ、などと考えてしまいます。
大学キャンパス周辺の中華料理の店も、インド料理の店も、有機野菜や「トーフによる肉もどき」を売りにしていて、強敵です。

我が家の私が始めた伝統は、プールで泳ぐことです、今回も近くのプールに毎朝歩いて出かけ、50分かけて2000M泳いでいました、塩水プールのせいか、体が軽く感じられて、疲れないのが不思議です。

息子も、数年前の失業中も毎日泳いでいたし、嫁さんもよく泳いでいます。
10歳の男の孫はクラブに属していて,3日間大会がありバタフライで優勝しました、17歳の孫娘は水球選手で、今年から車を持って、あちこち連れていってくれます、私は今回は運転しませんでした、すこし悔しいけど、いまさらながらアメリカ人は車をビュンビュン飛ばすねえ。

LACMA・美術館で、TIM BURTON
という水木しげるみたいな芸術家の展覧会があり、見てきました、ハリウッド映画に怪奇映画のジャンルがありますが、今はこの人が一世を風靡していて、「不思議な国のアリス」という映画も、この人にかかると、「おっかな可愛い」というような映画になっていました。

今回は、人間は老人になったらーー、という関連の識者の本を10冊買い込んで、毎日読んできました、孫の成長を見ていると、俺達は年寄りなんだねえと、妻と話すことはありますが、あまり今までは自覚してこなかったけど、そろそろ自覚しなきゃいけないんでしょうね。

技術コンサルタントの世界 2011.06.22.
多分34回目だと思うが、役所に提出する組合の決算報告書を、青葉さんと打ち合わせた後、よもやま話になりました。

我々が年をとったということは、お互い自覚していますが、「技術者の独立・自営」というテーマに関しては、設立以来しつこくやってきたよなあ、という自信と感慨があります。

人数も、案外増えていないし、日本社会の構造というのは、変わらないと言っていいのでしょう、会社の定年も実質的には、大幅に延長されているんです。

22日からLAの孫娘の高校卒業式に出席するため、7月5日まで出かけてきます、さっき土浦の叔母(99歳)から突然の電話があり、何事かと思ったら、どうやら暫く振りに、私の顔が見たい、ということのようでした。

早稲田・本庄の産学連携の仕事を紹介した久重君が、従兄弟の堀越明と同級生という縁があり、叔母も久重君の奥さんと同じ合唱グループだと言っていました。

私は立場上もあり、ceaの研究会にはすべて出席しています、最近ようやく研究会同士の相互の関わりあるテーマが生まれつつあります、ずいぶん時間がかかったけど、私の構想が実現しつつあります。
ceaの関係者諸君も、なるべく複数の研究会に顔を出して、面白いテーマを見つけてください、自分の仕事に結びつけるのが、お楽しみになります。
技術コンサルタントの世界 2011.06.15.

 「技術監査人」のグループを運営しているメンバーとして、老朽化する道路・橋、学校、水道管などなど、を指摘する本「朽ちるインフラ」根本祐二著を読んでいます、いやあこの分野は、技術者がやることたくさんあるなあ。
第2土曜日・11日は、朝から晩まで監査人の会合、藤田くんの発注者のエンジニアリング、高堂君のニューシビル研究会、とフルのお勉強です。

私が最近、繰り返し若い諸君に言うように、「メーカー・ユーザー・研究者・コンサルタント」というセットが出来ないうちは、研究会として認めないよ、と言うことが、まだまだ理解されていない。
分かりやすいダメな例は、テーマをネットで調べ上げて、2次情報だけで纏めようとする安易な態度である。

研究会は、レクチャーだけではダメで、見学会が必須なのは、現場感覚が重要だからだし、メンバーが仲良くなるのも、同じ講義を聞いただけではなく、一緒に飯を食ったり、酒を飲んだりすることが大切です。

イヤシロチ研究会は、これまで単発的に高堂君のニューシビルの中でやって来ましたが、若い金谷君に世話人をやってもらい、森田・高木・高堂・岡・根本の諸君がステアリングメンバーで援助しようということになりました、とりあえずは、もう一度磁場ゼロという、分杭峠に出かけようと、提案しています。

六城君のラジウムペレット(放射線)の効用の話も聞いてみたい。


技術コンサルタントの世界 2011.06.08.
時間のたつのが加速しているような気がしてならない、6月1日には、右目も白内障手術で1.2になり、良く見える、有難いことです。

3日には、MPEC(微粒子問題研)の講演・筑波産総研があり、久しぶりで筑波の町を歩きました、昔の西部劇まがいの街だった頃を知る爺とすれば、街路樹も大通りのビルも貫禄が出てきていて、立派な街になっているのが、印象的でした。

私は、水耕の研究会を始めます、宇都宮・沖津・根本・高堂・野本・星野・田原の諸君からとりあえず情報を得て、月例見学会をスタート出来れば良いなと思っています。

私は、素人が漢方薬や薬膳料理の野菜や、ハーブやブルベリー(これは私が作りたい)、宇都宮くんならにんにくとかゴマというような、あまり汎用性のあることには関わらない研究会にしようと思っています。

興味ある人は、連絡下さい、見学先が決まったら連絡します。

技術コンサルタントの世界 2011.05.30.
土曜日はcea・組合の総会でした、早稲田の55号館・竹内ラウンジで、30名くらい参加して、楽しいひとときを過ごしました。

何しろ35年前の初代の和田忠太理事長が出席されて、乾杯の音頭をとってくれるし、最近独立を希望して、様子を見に色々な研究会に顔を出している伊藤君のような初心者まで、立食パーティーで色んな人と立ち話をしていました。

毎月やっている、独立・支援の研究会も、3月に一度くらいは、竹内ラウンジで立食パーティの形式でやってみようぜと、菅野くんと相談しています、先輩・後輩が交流するには、講演会ばかりじゃなく、立食パーティーが、効果的なんじゃないだろうか。

私の今年の楽しみは、APP、MNB、MPEC、セキュリティロボット等の技術の研究会、少し広い分野のイヤシロチ研究会、それらにまつわる見学会です。

6月の後半には、アメリカの孫と遊ぶために出かけることになりました。
技術コンサルタントの世界 2011.05.19.

この季節は忙しい、団体も自分の会社も決算の時期である、つつがなく例年並みであることが、嬉しい。

3.11以来の月例会合が、復活して平常通りになってきたことも、喜ばしい、被災地の皆さんのご苦労ぶりをTVで見ていて、何時ものような生活が、いかに大切で貴重なものか、しみじみと判ったような気がしている。

車の冷却水システムがいかれて、修理屋さんに入っている、12万キロ乗っているので、取り替えたほうがいいというのが常識かもしれないが、私は今の車がすごく気に入っている、最近はトコトン部品を替えてでも、出来る限り乗ってやろうという気分である。

午前中のプールは、ほぼ毎日欠かしていない、我ながらしつこい性格だとは思うが、朝のクラブハウスサンドもやめられない朝飯になっている、去年からはパンを自分で焼くことになっている。
このパンを、被災地の2家族に、週一回、送ることにしているが、最近ナッツやクランベリー類を入れるのに工夫を凝らしている。

近所に住む孫が晩飯に来るのも楽しみである、8KGもあるので、だっこして一回り散歩してくると、良いトレーニングになっている。
6月には、L.A の孫が高校卒業するので、そのセレモニーに参加するために、出かけてきます。

技術コンサルタントの世界 2011.05.09.

7日は、一日中「独立養成講座」があり、講師・独立している先輩、生徒・独立希望者,
合わせて20名くらいの諸君と、自己紹介や議論をやりました、しっかりお金を払ったうえに、遠い所からやってきた人もいて、元がとれた気分で帰ったかどうか心配です。

我々としては、本気で独立・自営を始めたい後輩どもには、一日で詰め込めるだけの情報発信はしたと、自負している、あとは、個々の諸君が以後、cea・組合とどう付き合うかにかかっている。

独立・自営業というジャンルは、誠に千差万別である、あまりパターン化していないことが特徴で、個性がむき出しになる。

横文字のISOだとか、supply chainとかいう看板で始めた諸君は、いつの間にか消えている。
外国のコンサルタント会社の社員が独立して、続いているという人は,会ったことがありません。

私は、cea・組合のスケジュールを最優先にしていますから、他に用があって欠席することは、まず有りませんが、これでもまだ何件かのお客があり、ちゃんとコンサルタント・サービスを果たしていると、自負しています。


技術コンサルタントの世界 2011.04.11.
一ヶ月たちました、停電も無く、会合も予定できるようになり、有り難いかぎりです。
福島の親戚や石巻の友人に、私の焼いたパン・チーズ・ジャムなどを、送っています。

6日には、秋葉原の鐘ヶ江君の事務所で、山本君のAPP・大気圧プラズマ研究会のステアリングをやりました、我々組合・ceaの原則にしている、「メーカー・ユーザー・研究者・コンサルタント」のメンバーの内のユーザーがまだ定まっていないので、私としてはメンバー諸君を、叱咤激励しました。

9日は午前中は、原田敬美君の技術フォーラムの月例会があり、監査の仕事は頭打ちなので、コンサルタントの仕事への展開を、色々考えなくてはならない時期にさしかかっている、ベテランの我々がリーダーシップを発揮しなきゃいけない。

人数だけは大分増えてきたが、初心者が多いわりには、マーケットが小さいので、当分苦労するね。
市場の開発と言うテーマでの能力発揮が、技術コンサルタントが、独立・自営を続けられる大きな要素ですから、新人は先輩のやり方を十分観察して、身につけて欲しい。

9日の午後には、高堂君のニューシビル研究会がありました、ここでWeb Knowledge Xpo(WKX)"と言う、U−TUBEの技術者版のデモがあり、読売広告の人に、私の技術士協同組合のPRと、高堂君の土壌汚染ネットワークのPRを撮って貰いました。

これが出来たら、ceaのHPにアップしますから、組合の諸君は、自分のPRを作って、投稿してください。

ニューシビル研は,今月は臨時のイベントで時間切れだったので、高木君提案のイヤシロチ研究会の提案は、来月になりました。

私は、今度また分杭峠に行こうということになっていますが、近くの高遠の桜見物や、火の神・秋葉神社(竈の神=料理人の守り神)への参詣もスケジュールに入れて欲しいと思います。

私は、今度の大地震でも出てきているが、イヤシロチと神社・仏閣、歴史・伝説(人間の想い)の関係なんかも、突っ込んでみると、面白いんじゃないかと、提案したい。

それにしても、この歳になって、毎日何時もの生活が続けられるということが、こんなに素晴らしい、ありがたいことなんだと、忘れていました。

技術コンサルタントの世界 2011.04.04.
「年度始めに」

4月2日(土)は、月例第一土曜日・278回目の新規開業支援の会が、早稲田大学の55号館でありました。

組合・ceaは発足当時から、若いころから独立・自営をしている技術士の先輩方がリーダーシップを握ってきたで、技術士資格者の沢山あるグループ活動の中では、多分日本では唯一定年技術者に占拠されていない珍しい存在である。

5月7日には、年に一度の拡大・独立支援の会を開催します、この時には個別の志望者に、先輩どもが話を聞いて、アドバイスすることになっています。
これまでの統計では、参加者の30%が独立して組合・ceaに参加して活動しています。

2日の午後には、研究会のインキュベーション・育成の提案をしている会・大久保世話人があり、APP・大気圧プラズマ研究会、MPEC・微粒子問題研究会、MNB・マイクロナノバブル研究会、セキュリティロボット研究会などに関して、私の知る限りの情報を説明しました。

初心者は、こういう先輩の活動に参加して、先輩に協力した上で、テーマに対応したメーカー・ユーザー・研究者の集め方・運営の仕方を勉強して、出来れば自前のテーマにより研究会を主催することを、目指してください、これが出来れば一人前の技術コンサルタントと言えるでしょう。

技術コンサルタントの世界 2011.03.30.
微粒子問題研究会(MPEC)で知り合った、ニュースダイジェスト社の堀井・編集長からインタビューの提案があり、29日に銀座・交詢社で、名古屋から来た堀井さんと、菅野君に立ち会ってもらい、お喋りをしました。

話題は東日本大災害から逃げるわけにいかず、ジャーナリストの堀井さんに、技術者としての私見だが、この災害を克服した暁には、日本の原子力関係技術は世界のトップに位置することになり、国内の設備投資はしばらく無くなるであろうが、世界は日本の技術を必要とすることになるだろうと、言いました。
最近の実例では、メキシコでの海底油田での油漏れ災害に見舞われたBPに、ロシアの海底油田開発が発注されたと言うニュースがあった。

次に、堀井さんから、日本の匠の技術の世界が今後生き延びていけるのか、と言う疑問・質問があり、私は、技術と言うのは、企画・設計・製造(施工)・営業技術(マーケッティング)・メンテナンスの各部門に必要とされているので、あまりジャーナリストがスポットを当てた部分だけの技術は、長い目で見て意味あることとは思っていない、と返事をしました。

最近技術フォーラムと言うグループで、役所の業務監査の仕事を始めたが、近年役所では、企画からメンテナンスまで、全部外部に委託していることが判った。
私は、お金を出す発注者のエンジニアリング、という技術者の分野があるのじゃないかという仮説をたてて、勉強会を始めた所です。
ゼネコンや大手メーカーのOB諸君も、若干の危機感を持っていることがわかりました。

私の経験では、市場開拓・マーケッティングに関する技術コンサルタントの役割は非常に大きく、独立・自営のスタートは、技術の専門家・エキスパートのパートタイマーとして始まるが、業界での「メーカー・ユーザー・研究者」のグループ活動を主導出来るようになって、一人前の技術コンサルタントと言える。
技術コンサルタントの世界 2011.03.19.
突然襲ってきた国難に、闘っている当事者の皆さんに感謝と励ましのエールを送りたい。

私は、満州からの引揚者で、2年近い難民生活や、帰国後のどん底生活を経験しているが、今回は平穏で暢気な日常生活を過ごしていて、TVで状況をはらはら見ているものの、傍観者に過ぎない、ガソリンや食べ物の買占めや停電なんていうのは、どうってことない些細なことである。

と言うわけで、ここしばらくは、出かけることをセーブして、溜まっている本を読むこと、街中散歩と、孫と遊ぶことに専念することにします。

「追記」
暇に任せてパソコンの前に座り込んでいる、こういうときに人間は本性を現すなあ、と感心する、世の中には「裏読み」の好きな人が沢山いるんだねえ、66年前より情報が溢れているようで、人間には変わりが無いことが、良くわかる。

私が出来ることは何だろう、間違っても流言飛語の類をバラマキたくはない。あるいは不満を述べたり、誰かを罵ったりもしたくない。

そういえば、満州引き揚げ時に、日本に帰らず八路軍(共産党)に参加した元気な若者達、現地に残った人達はどういう生涯を送ったのかなあ、北朝鮮が良い国だと移民した人達のことも、思い出す。

交通インフラさえ回復すれば、cea・組合の関係している技術士仲間の、研究会・勉強会を中断することなく継続することが、私の役割だろう。

状況判断が分かれるので、仲良くやっていける人と、そうで無い人のことが「顕在化」するのも、こういう国家的な危機状況に良くあることだ。
技術コンサルタントの世界 2011.03.16.
突然襲ってきた国難に、闘っている当事者の皆さんに感謝と励ましのエールを送りたい。

私は、満州からの引揚者で、2年近い難民生活や、帰国後のどん底生活を経験しているが、今回は平穏で暢気な日常生活を過ごしていて、TVで状況をはらはら見ているものの、傍観者に過ぎない、ガソリンや食べ物の買占めや停電なんていうのは、どうってことない些細なことである。

と言うわけで、ここしばらくは、出かけることをセーブして、溜まっている本を読むこと、街中散歩と、孫と遊ぶことに専念することにします。

技術コンサルタントの世界 2011.03.06
同じ保険や車を売る人で沢山売る人は、どういう人かと興味を持ったことがある。
今の私の車は3台目のBMWだが、最初の時にワーゲンゴルフから乗り換えた時のセールスは女性で、あまり買うつもりも無かった出会いから、2度目に会った時には、契約していた。
この方は、故郷に戻って独立して、実業家として成功している。

保険も担当は女性の方で、ここ数十年同じ人にお世話になっている。

こういう営業力抜群と言う人の特徴は、コンサルタント能力が抜群なんじゃないかと、思っている。
会計士でも弁護士でも、本来の業務は、案外そっけない淡々としたものだが、流行っている人とそうで無い人の差は、矢張りコンサルタント能力だろう、人柄と言ってもいいかもしれない。

コンサルタントの仕事は、信頼されないと出てこない、人間が出会いから、信頼し信頼されるまでの期間・時間は、それこそケースバイケースで、一般論というのは無いのかもしれない。

営業とかマーケッティングに関して、勉強すれば能力がつくとか、ツールがあるかのごとき意見があるが、私は賛成できない。

我々の独立技術者の仕事で言えば、専門家のパート仕事は技術コンサルタントの仕事の入り口である。
技術コンサルタントの世界 2011.02.25.
右目の白内障の手術が無事に終わり、両目が1.2になり気分が良い、21日には卒業以来50年ぶりに早稲田のイモ研こと材料研の見学に出かけました。
金属・無機材料の先端研究所に変身していました、研究者はテーマ選択というのが、一番重要なことなんだな、と当たり前のことを確認したしだいです、我々の仕事でもテーマの選定が肝心であることは、判っちゃいるんだが、難しい。

22日に、突然昔の知り合いの畔上さんから電話がありました、畔上さんは80−90年代には分別式のごみ処理方法の主導者として、文芸春秋に論文が寄稿されたのを、凄いシビルの技術士が居るんだなあ、と大いに感心した想い出があります。
数年前に脳梗塞で倒れた、という話を伝え聞いていたのですが、電話では復活・復帰されたとのことでした。

23日には、これまた昔の知り合いの井戸田さんに会いました、井戸田さんは先代のJTTASの専務理事で、一時代を画したJTTASの全盛時代を経営した人です。
私が、今ceaで色々な研究会を運営していますが、基本は井戸田さんに教えてもらったのです、勿論時代が違って、日本が発展途上国で、諸外国に勉強に出かけた頃の研究会でした。
相変わらず元気で、話題は共通の知人の消息が主でしたが、又会いましょうとわかれました。

ニュージーランドの地震のニュースは驚きです、友人の伊庭君は09年の暮れに10年近くクライストチャーチに家を買って住んでいましたが、日本に引き揚げてきました。
ceaのホームページも最初の頃、伊庭君のニュージーランド便りを、連載した記録があります。
お見舞いをメールしたら、返事が来たので、ヤリトリに載せておきます。
技術コンサルタントの世界 2011.02.16.
久しぶりの大雪で、車で動けないのは情けない、雪見の温泉旅行なんていうのは、贅沢な都会の連中の楽しみなんだなあと、反省気分に浸っています。

世の中変わったんだなあと思うことに、政治では、エジプトのムバラクさんの顛末が、革命と言うには案外穏やかに、チャウセスクの頃と違うし、小沢一郎さんの件も田中角栄さんのケースと違うことになりそうだ。

技術フォーラムの主な仕事である、自治体のインフラ・施設の技術監査は、事前に発注エンジニアリング資料を借り出して調査した上で、一日かけて、書類上と現場での担当者・責任者と質疑応答をした上で、後日レポートを提出すると言う業務である。

私はこの業務の形式は、技術士業界の先輩達が創り上げた、優れたグループ活動の一つであると気がついたので、技術士資格を取って、「独立・自営を始める諸君の市場開拓のやり方」として試みてみます。

スタートは、「専門分野の一日監査」「専門分野の一日コンサルタント」の営業資料・A-4一枚を作ってみることです、前もって役所・企業からは技術資料を借り出すことが前提の話です。
この前提が成り立つには、相手から信用されなければ始まりません。
技術士資格には、厳しい機密保持が付加されているお陰で、この点は簡単にクリアーできます。

役所の部門別の一日監査の対象を、環境・情報でやってみようと、それぞれの部門の諸君と、話し合いを始めました。
続けて、公会計・BS/PLのグループの成果を利用しての、監査・コンサルタントの仕事のマーケッティングを始めます、この場合は役所も企業も、我々の専門家グループの力さえつけば、仕事を作り出すことになると信じています。
技術コンサルタントの世界 2011.02.05.

昨年故郷の鹿児島に転居した本田尚士先輩に、霧島噴火のお見舞いメールを出したら、

「霧島連峰の新燃岳は300年の夢から覚めて大活躍です。一日に数回「神の怒りと覚しき」ドーンという底力ある響きを上げ噴煙を数千米に噴き上げています。南西の風に乗って都城・宮崎方面は降灰処理に大変そうです。幸い当地は風向きから外れていますので、助かっています。」

と言う返事と、今後の地元での活動の意気込みを、元気一杯表現した返事を貰いました。

「神の怒りと覚しき」と言う表現は,本田先輩らしい受け止め方で、最近の日本の状況に不甲斐なさを感じているんだろうなと、不肖の後輩は忖度(そんたく)しています。

1日に、河北君に紹介された、館林のART-HIKARI・古川社長の研究所・工場を、溶接専門家・仲原君を連れて、見学してきました。
小型の電源による、性能の高い溶接機を開発したベンチャー企業です。

古川さんは工学博士で、溶接分野の業界にも詳しく、技術分野の協力はあまり必要としていないが、営業・市場開拓をどうやって構築するか、が重要課題だと、私は判断しました。

生産ラインの一部の機械や生産技術の専門家は、メーカーとしても、独立コンサルタントとしても、なかなか独立・自営を続けることが難しいことは、長年技術士の仲間を見てきた経験からも言えることである。

ceaの研究会は、専門分野の技術の追求や、業界の同業者の交流を目的とする活動を心がけているが、上記の古川さんのようなベンチャーの、市場開拓を援助する役割りを担えるように、業界横断的な組織・参加者を意識して活動しましょう。
技術コンサルタントの世界 2011.01.27.
先日、大学の同窓会があり15名集まりました、これまで定例的にはやってきてないのですが、何十年ぶりの出席者もあり、結構面白い会合でした。

多分、50年も昔を懐かしいというよりは、お互いの話し方や所作に、今の老いぼれた自分を鏡で見ているような、不思議な気分にさせてもらったからでしょう。

病気と孫の話は止めようぜ,とスタートしても、自分の健康・病気の話は自己紹介のメーンを占めてしまいます、一番の関心事なんです。

1960年安保騒動の時の就職で、全員大きな企業に就職して、日本の右肩上りの時代を懸命に働いてきた世代ですから、生き残って同窓会に出てくるような連中は、元気な年寄り生活を享受しています。
それでも、100名卒業して20%が死んでいますから、平均的な日本人です。

さて今年の私の関心事は、監査のグループ・技術フォーラムの監査以外の分野への展開、発注エンジニアリングという切り口で、新分野の開拓が可能かどうか?

セキュリティロボット研究会での、中嶋教授の野生動物・河鵜の追い払いロボットのアイデア実現にどの位貢献できるか?
私は、中嶋さんのオリジナリティに惚れ込んでしまいました。

微粒子問題研究会では、研究会テーマになるかどうか判らないが、橋立君提案のカーボンファイバーの成型品の製造方法について、懸命に調べています、アメリカでの武器製造あたりにシステムがありそうなんです。

マイクロ・ナノバブル研と大気圧プラズマ研では、循環水の腐敗防止というテーマが
今年は、何か成果が得られそうです。

グループ活動は、メーカー・ユーザー・研究者・コンサルタントの4グループ編成であることが不可欠であることは、言うまでもありません。

技術コンサルタントの世界 2011.01.17.

おおかたの正月イベントが無事に終わり、少しずつ2011年が始まりました、高校同期の上田君と久しぶりに飯を食いました、上田君は食品分野のブローカー・営業のコンサルタントで、あまり会社に勤めたことが無い、という点では、私と同類の自営業の仲間です。

何時までたっても、働いていると言うことでも、似たものなので、同年輩の連中が集まると、「自分の病気と日本の行く末、元気だった頃の自分と日本の話題」になるのが、面白くないと言う点でも、一致している貴重な友人です。

今年はどうなると言う関係の本を、何冊か読みました、歳とともに楽観的な本が好きになりました、悲観的な説は、これを克服しようと言う力が働きますから、警告としては役に立っているとは思います。

感銘を受けたのは、久しぶりに読んだ渡邊昇一さんの「知的余生の方法」と言う新潮新書の本で、「田舎・故郷に引っ込むのは辞めたほうが良い」論など、共感する話題が沢山ありました。

14日には上智大の清水研究室での、微粒子研究会がありました、2011年の講演会・見学会のラフスケッチが議論されたし、アイデア段階の研究テーマも出てきて、新年会が大いに盛り上がりました、私の「メーカー・ユーザー・研究者・コンサルタントのグループが、どんなテーマにも必須だ」論は、清水・坂本両先生にも、納得いただいたようです。

技術コンサルタントの世界 2011.01.09.
7日(金)8日(土)と、APP・プラズマ研、地域と行政を支える技術フォーラム、新規開業支援研、研究会インキュベーション会議、とたて続けに組合の仲間内の会合です、今年もまだまだ俺がガンバラにゃいかんなあ、と言うのが実感です。

何時の間にか、会合の世話人も。初めて会合に出てくる諸君も、団塊世代に交代していますね、しばらくはここのクラスター世代との付き合いになるでしょう。

正月中に考えた「発注エンジニアリングと、技術士取って役所に就職しよう」と言う研修会・受験セミナーについて、仲間内の反応は悪くないのだが、先進国・欧米のまともな技術コンサルタントは、計画・企画・市場調査・設計・試作と言う、施工・物作り・サービスの技術以前の分野の技術に強いのが特徴で、これを日本語に翻訳すると、私の造語である「発注エンジニアリング」と言うことになる。

藤田君が、今日話していて、森田さんの言っている意味が今日判った、と言うことなので、くどいようだが、書いておきます。

くどいついでに、我々の研究会は、如何なるテーマの研究会でも、「メーカー・ユーザー・研究者・コンサルタント」という4つのグループが必須です、これらを兼ね備える人材は、沢山居ると思うけど、兼ねてはいけません。
立場の問題なのです、立場を主張することで、アウフヘーベン・止揚することが、重要なのです。
くどいついでに、研究会は、如何なるテーマの研究会でも、「メーカー・ユーザー・研究者・コンサルタント」という4つのグループが必須です、これらを兼ね備える人材は、沢山居ると思うけど、兼ねてはいけません。

技術コンサルタントの世界。2011.01.01.

ネット会員・組合員の皆さん、明けましておめでとうございます、今年もよろしく。
先週、後輩の田巻君が、銀座で絵の個展をやっていると連絡もらったので、絵描きの妻を連れて見に行ってきました。
50歳の頃から、先生について始めたとのことで、写実のほのぼの系で、シルクロードやトルコといった外国の風景が多く、なかなかのものでした。
妻の意見は、定年後スタートの人はおおむね挫折して、辞める人が多いが、50歳前のスタートは、死ぬまでの楽しみになる、とのことでした。
独立・自営も似たようなもので、早ければ早いほど良いと、私は思います。
さて今年はどんな年になるんでしょうね、国内はデフレ進行で、右肩下がりでしょうから、稼ぎたい若い人は外国・グローバルな動きをせざるを得ないでしょう、ブラジルから一時帰国している後輩・技術コンサルタントが、ブラジルは日系人が沢山居るし、居心地が良く、発展途上国の醍醐味が味わえる状況だと、これから始めたい技術士・コンサルタントに着目してもらいたい、と言っていました。
私は、もうシニアですから、39回目の餅つきと同様に、昔からやってきたことを、又今年も継続すると言う事になりそうです。
それでも、相変わらずの「新しもの好き」の性格ですから、皆さんの面白い話を聞かせてください。